御者の沈黙
春嵐
第1話
「ようこそ。バーチャル馬車へ」
この現代に、御者をしている。
このご時世なので、現実の人を運ぶ御者ではない。
「すいません。おねがいします」
人が乗ってくる。
「どこまで」
「新しいゲームを探してて。パソコンでできて、簡単で、できれば一人称シューティングで」
「分かりました」
乗った人間を、特定のインターネットサイトまで運ぶ仕事。
「タクシーじゃなくて、馬車なんですね?」
「タクシーにしますか?」
外装の変更は自由。カボチャの馬車から戦車までいける。
「いえ。馬車でおねがいします」
「ヘッドマウントディスプレイをお持ちでしたら、繋ぐと本当の馬車の景色を体感できますよ」
「ほんとですか。やってみようかな」
VRの接続を確認し、画像を変更する。
「ほんとだ。ここは」
「実在の街です」
実際の街のカメラ映像を使い、画像処理で人の姿を置き換えて安全なものにして投影。
「すごい。本当に馬車に乗っているみたい」
客。たのしそうだ。
無言で、ゆっくりと、走る。
その間にも、たくさんのゲーム情報が乗客に届けられていく。なかなか、お気に召すものがないようだった。
「あ」
客。何かに思いつくような声。
「外ばっかり見ててゲーム探してなかった」
どうやら、馬車の景色を気に入ったらしい。
「あの」
「はい」
基本的に、行き先や細かい情報を得る以外は喋らない。沈黙こそ、御者の務め。
「ゲームはいいので。こんな感じで、もうすこし。走っていただけませんか?」
「分かりました」
ゲームの検索に使っていた方のエンジンを、画像処理に回す。
「上をご覧ください」
馬車の上。
エンジンで夜空を再現。
「うわあ」
星空。街の景色。
この街には、特殊なネオンが使われている。夜空に投影されない灯りで、この街の夜は、いつも済んでいた。晴れれば、星もよく見える。
「きれい」
楽しんでいただけているらしい。
なるべく、ゆっくり。景色を楽しめるように、走った。
街を一周していく。そして、最初の場所へ。戻る。
それを把握したように、客がヘッドマウントディスプレイの接続を切った。
「ありがとうございました。まさか、こんなにきれいな景色が見られるなんて」
「いえ。よろこんでいただけたのなら、それでかまいません」
「また。来ても、いいですか」
「ええ。お待ちしております」
「今度は、わたしも。何か、持ってきます」
「それには及びません」
客の笑顔。
これが見られるだけでいい。
「では」
去り
「ふう」
人には、なるべく惚れないようにしていた。
それでも。ああやって、笑顔を向けられると。どきっとする。
「ばかだな」
自分は、
この綺麗な景色も。街の中にも。行くことができない。そんな存在。
夜空を見上げる。綺麗な空だった。
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