イカれたメリークリスマス

藍依青糸

イカレたメリークリスマス

 12月24日。

 今年5歳になる息子へのクリスマスプレゼントを持って、そっと子供部屋へと入った。妻が息子が寝ている事を確認し、俺は忍び足で枕元にラッピングされた箱を置く。大人気の戦隊モノの変身ベルトは、2件おもちゃ屋を回った末ネット注文した。危うくクリスマスに間に合わないかというところで、配達員の若者が息を切らせて時間外に届けに来てくれた。絶対今日中に届けたいと思った、と言って鼻を赤くして笑った彼にノーベル平和賞をあげたい。なんだか泣きそうになってしまった。


「私達も寝ましょう」


「ああ」


 寝る前にビールでも、と1人寝室へ向かった妻を見ながら冷蔵庫を開けた。

 冷えたビールの缶を開ける前に。


「あ、どもっす」


「ああ、どうも」


 真っ赤な服に、真っ白な袋。

 うっすら隈のある目元に、真っ黒な短髪。赤いサンタ帽は右手に握られており、背は高いのにすらっとしていると言うより猫背が目立つ。

 どこの誰とも知らない男。


「プレゼント間に合ったんすね、いやー、おめでとうございます」


 気だるげに手を叩きながら、男はなんでもないようにリビングのソファに座った。


「テレビいいっすか」


 返事を待たずにテレビをつけて、虚ろな目でニュースを見はじめた男。誰だこいつ。


「う、動くな! 警察! 警察!!」


 手に持った缶ビールを投げ捨てて、子供部屋と寝室へ繋がる廊下の前に立ち、何とか携帯を掴んだ。男は、驚いたように目を見開いて。


「え.......マジっすか? 俺、サンタっすけど」


「あ、頭がおかしい強盗だ.......!!」


「いや、サンタっす。めりくり的な」


「イカれてやがる!!」


「他人に無償でプレゼント配る奴なんてイカれてるに決まってるじゃないっすか。なんすか、文句あるんすかサンタに」


 男は立ち上がって、ゴソゴソと肩に担いでいた袋に手を入れ探り始めた。まさか刃物か、それか鈍器か。絶対に後ろには通さない、そう思って赤い男を睨みつけると。


「お疲れ様っす。はい、めりくり」


 缶ビールを2本、こちらへ差し出してきた。


「は.......?」


「サンタからプレゼントっす。1杯どおっすか」


 男はまさかのその場で缶を開けて、グビっとビールを煽った。


「イカれてやがる!!」


「仕事とかこんぐらいの緩さでやるぐらいがちょうど良くないっすか? 真面目にサンタとかやってられないっすわ」


「本当にイカれてやがる!!」


「コンプライアンスなどクソくらえっすね」


 イカれてやがるぞこの男。なかなか警察に繋がらない電話を握りつつ、男を観察する。冷静になれ、お前がダメならこの家はどうなる。妻も子供も、俺が守らなければ。


「タバコいいっすか」


「だ、ダメだ.......子供に影響する」


「あ、すんません気が利かなくて。どうもヤニ足んないとしまんなくて」


 またグビっとビールを煽った赤い男は、じっと俺を見つめてくる。そして、スタスタ俺に近づいてきた。俺は情けないが、ガクガク震える膝と鼓動に動けなくなっていた。


「お父さん、お疲れ様っす。いい子の元にサンタが来ましたよ」


「.......」


「まあ、あのお父さんの会社の上司? ありゃ来年にはパワハラセクハラその他悪事がバレて消えるんで。今までお疲れっした」


「な、なにを.......」


「え? お父さん、後輩と女子の為に1人でめちゃくちゃいじめられてたじゃないですか」


 なぜ、そんな事を。


「いい子のとこにはサンタが来る。常識でしょう」


 自称サンタの赤い男は、ぽんっと俺の肩に手を置いた。ふわっとタバコの匂いがした。


「奥さんと最近上手くいかないって思ってるかもしれないっすけど、そりゃあそうっすよ。お父さん会社じゃいじめられてるし、奥さん今つわりだし」


「つわり!?」


「ハッピークリスマス。幸せ増えたっすね」


 妻は2人目が出来たなんて言っていなかった。なのになぜこの男はそんな事を知っているんだ。なぜこんなに嬉しそうに親指を立てるんだ。


「で、プレゼントの話なんですけど」


「.......さっきの缶ビール、貰っていいか」


 先程俺が開ける前に放り投げてしまったビールがソファの下に転がっていた。


「すんません俺開けちゃいました」


 2本目の缶ビールに口をつけたサンタは、タバコ吸いてぇ、と呟きながら遠くを見ていた。イカれてやがる。


「.......」


「え、マジでプレゼントビールがいいんすか? サンタに頼むのそれっすか? えー.......まあ、個人の自由なんでいいんですけどね。今からコンビニ行くのかー.......」


「サンタのプレゼントはコンビニで調達されてるのか.......」


 何となくショックだ。もうこの男をサンタと信じている自分にもショックを受けている。俺も大概イカれているらしい。


「お父さん、本当にいい子ですね。調子狂うな.......」


「こっちも調子狂ってるよ.......」


「.......俺、サンタやめよっかな.......FXとかで生きていきたい」


「嘘だろ!? サンタに誇りをもてよ!! 立派だよサンタ!! 全国の子供のヒーローだよ!!」


「やべ、お父さんいい人すぎて泣ける.......」


 目頭を押さえてさらにビールを煽ったサンタは、はぁっと酒臭いため息をついた。


「.......お父さん。サンタはプレゼントを用意しています」


「今飲んでるじゃないかそのビール.......」


「いえ。これは仲良くなるための餌です」


「餌って言うな!! 手土産と言え!!」


「サンタが用意しているプレゼントは、2つ。そのうち1つを選んでください」


 サンタは、ビールの空き缶をぐしゃっと潰した。そして、猫背を若干伸ばして。


「1つ目。あなたの会社の上司が、これから一生悲惨な目にあうプレゼント」


「ぶっ」


 思わず噎せた。仮にもその赤い服を着て悲惨と言う言葉を使わないで欲しかった。いや、そもそもビールもタバコもやめて欲しかった。白髪や髭がないのはまだ許せるが、態度面は気をつけてほしい。


「2つ目。これから先、お金でも地位でもなんでも好きなだけ手に入れられるプレゼント」


「.......」


「.......どっちを選びますか? いい子のお父さんは、どっちを選びますか」


 何故かサンタは、真剣な顔で俺を見ていた。ぎゅっとその白い袋を握りしめて、先程まで生気のなかった瞳に光を灯して。


「.......俺は」


「.......」


 ギリッとサンタの歯が鳴った。殺さんばかりの眼光を受けながら。


「缶ビールでいいや。金は自分で働くし、上司はもう知らね」


「.......お父さん」


 サンタは、しゅんっと猫背に戻って。


「メリークリスマス!! 最高っすよお父さん!!」


 バンバンと俺の背中を叩いてきた。最高に嬉しそうに、飛び跳ねそうな勢いで。


「マジ最高!! あんた本当にいい子だな!! そりゃああんな美人な奥さんも惚れるわ!!」


「そりゃどうも」


 急に馴れ馴れしくなったサンタは、ずっと笑っている。


「ふはは!! なあお父さん!! サンタ個人からのプレゼントだ!!」


「本当にコンビニで缶ビール買って来るのか?」


「明日、絶対病院行けよ! 特にここ、ここ見てもらえ!」


 サンタは俺の腹を指さして、くつくつと笑っていた。


「急になんだよ。怖いこと言うなよ」


「絶対行けよ。サンタとの約束だ」


「うーん.......」


 そうは言っても、明日はクリスマスだ。そのあとも年末年始でゴタゴタしているし、病院に行く暇など。


「奥さんの病院のついでにでも行ってこい。隣町の総合病院がいいな。奥さん、前行ってた産婦人科嫌いだし」


「そ、そうなのか!?」


「看護師の距離が近過ぎるってよ。奥さんにはちょっと合わないみたいだな」


 知らなかった。息子を妊娠して通っていた時にはそんな事1度も言っていなかった。


「じゃあ、お邪魔しましたお父さん。めりくりー」


「は!?」


 サンタは、袋を担いで玄関へ歩いて行った。そのまま玄関の扉を開けて出ていって、何故か外から鍵が閉まった。何となく流してしまったがサンタ鍵持ってるのか。


「.......はぁ」


 疲れた。クソ上司のせいで会社の居心地は最悪だし、最近妻とは喧嘩ばかり。息子とは残業ばかりでほとんど会えていない。

  実は、ちょっと参っていたのだ。


 次の日、妻と病院に行った。妻はそこで初めて妊娠を知ったようで、俺が先に気がついた事に驚いていた。

 一方俺は、胃の検査で引っかかった。なんと初期の胃ガンが見つかったのだ。しかし、初期なので内視鏡での治療だけで対応可能だったようだ。妻は泣いていた。


 新年の初出勤で会社へ行くと、クソ上司は降格と部署替えとなっていた。

 クリスマスの朝に俺のスーツのポケットに無理やり突っ込まれていた缶ビールは、未だに飲めないでいる。

















 12月25日の夜。どこかのアパートで。


「禁煙してください、サンタでしょ」


「ニコチンがないとやってらんねぇよ」


「嫌ですよヤニ臭いサンタ」


 黒髪に、タバコをくわえた男は。赤い服を脱ぎ捨てて、真っ黒なインナーだけを着てソファに座っていた。

 外から帰ってきたもう1人の青年は、寒さからか鼻が赤かった。


「.......お前、あのお父さんにプレゼント届けただろ。間に合わないはずだったのに」


「なんの事ですか。酔っ払いもいい加減にしてください」


 黒い男は急にへらっと笑って、んまっと投げキッスを放った。


「ほーんとお前と組んで良かったよ。ほら、サンタのプレゼントやるから来い」


「急にキモいです.......」


 心底嫌そうな顔で、鼻の赤い青年はソファへ近寄る。


「.......人に無償でプレゼントやる奴なんて、イカれてんだよ」


 男はふうっと青年の顔にタバコの煙を吹きかけた。青年はぎゃあっと悲鳴をあげて窓を開けに走った。


「最低!! 最低だ!! 未成年に何してくれてんだこの悪魔!!」


「残念悪魔じゃなーい。サンタでぇーす」


 べぇっと舌をだして手を振る男。汚く笑いながら、タバコと酒を含む。


「.......でももうクリスマス終わりますよ。サンタ営業終了じゃないですか」


「.......俺サンタやってる方が好きだなー」


「へえ。意外です。嫌いなのかと」


「.......いつもの仕事と比べたらマシだからな」


 青年は、脇腹にある大きな傷跡を撫でて。





「サンタの正体が死神っていうのも、嫌ですよね」





 黒い男は、ふうっと煙をはいた。

 死しか待っていない2つのプレゼントを選ばせるのは、サンタの仕事。


「しかも、普段は生きた人間とペア組んで仕事してるってのは.......極悪過ぎるよな」


 死に近い人間の命を最後に奪うのは、死神の仕事。その仕事の手伝いとして、死に近い人を見つけ死への恐怖を減らすよう話をするのがペアの人間の仕事。


「.......あなたは、人間に産まれたら良かったのに」


「あぁ? バカにしてんのか。人間が仮想通貨で儲けたって話を聞いたことがねぇ」


「人間をなんだと思ってるんですか? .......あなたは、生きずらそうです。死神が俺らと同じように生きているかは別として.......死を望まない死神なんて」


 青年にまっすぐ見つめられた男は、タバコを消して。



「イカれてるだろ?」




 喫煙者にしては白い歯を見せて、ニヤッと笑った。

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イカれたメリークリスマス 藍依青糸 @aonanishio

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