第12話:猫カフェたいむ

「ただいまー」


 家に帰る。

 数秒して、トテトテと床を早歩きする小気味よい音がして、現れたのは最愛の妻。


「おかえりですにゃん♡」

「……ねこねこもーど?」

「はい♡ 久しぶりのねこです!」


 両手を頭に乗っけて。

 にゃんにゃんと甘えた声を上げるのは僕の妻、西真野花にしまのか。今日は僕が朝から本屋に行ってあまりイチャイチャ出来なかったので、どうやら寂しかったようだ。


「ねこなの?」

「はい、ねこです♡」

「じゃあ、なでなでしないとね」

「♡」


 僕はゆっくりと手を伸ばし。

 真野花ちゃんのサラサラヘアーに触れる。

 髪の一本一本が余すこと無く手入れされており、触れる度に天使の羽衣の香りがふわふわと香り、僕の鼻腔を刺激してくる。

 彼女は目をキュッと細め、ただひたすらに幸せを噛み締めたような表情になっていた。あまりにも可愛すぎる。


「にゃんにゃん♡」

「可愛なぁ」

「にゃ? 可愛い、ですか……?」

「可愛いよ、すごく」


 イタズラな笑みを浮かべる妻。

 上目遣いで、彼女は一言。


「本物のねこさんと、どっちが可愛いですか?」

「そりゃ真野花ちゃんのほうだよ」

「ホントですか? ホントにそう言えますか?」

「うーん、そう言われると……」


 確かに真野花ちゃんは可愛い。

 でも単純な『可愛さ』だけで言えば、本物の猫だって十分高い。正直一瞬迷ってしまった。その表情を彼女は見逃さなかったようで、


「じゃあ、見に行きませんか……?」

「見に行く?」

「はい……実際のねこさんを見に行って、どちらが可愛いかを確かめるんです」 

「それって……」


※※※


 にゃーにゃーと耳朶を打つ愛玩動物の声。

 ここは猫カフェ。辺りには様々な猫がいる。


「にゃごろ」


 今鳴いたのは真っ白な毛色のペルシャ猫。

 ムスッとした顔が特徴的で、フサフサと体毛は、つい触れたくなってしまう。


「ふにゃん」「にゃぁ」 


 鋭い目と折れ耳が特徴的なのは二匹のスコティッシュ・フォールド。歩く姿には何だかふてぶてしさがあり、世界の怖いことを何も知らないご様子だ。


「色んなねこさんがいますねー」

「そうだね……おっ、膝に乗ってきた」

「わわっ、私にもです」


 僕のほうにペルシャ猫が、真野花ちゃんのほうにスコティッシュ・フォールドが乗ってきた。甘えているというよりは、温かさを求めてきているようだ。……猫ってマジで小悪魔だなぁ。


「触っていいだろうか」

「さ、先に触ってくださいよ」

「おーけー……」


 ペルシャ猫に触れてみる。

 「なんだお前、撫でるのか」と、さほど驚いた様子もなく受け入れてくれる。

 もふっと柔らかい毛並みだ。

 温かい内部からは、意識して触れていると「ドクドク……」と心臓の鼓動が聴こえ、このクシャ顔の天使が生き物だと改めて認識してしまう。まあ簡単に言えば、滅茶苦茶可愛いのだ。


「ヤバい、ちっちゃい……可愛い」

「なんか変態みたいですね、ふふ」

「いやっ、だってマジでもふもふだから」


 このもふもふ感は人工物では出せない。

 まさに女神が作り出したもふもふだ。

 我々はこのもふもふに抗えない。勝てないのである。だから堕落する。だから飼育して、飼っているうちに魅了され、ただひたすらに衣食住を提供する奴隷になる。


「まれすけさん」

「わっ、真野花ちゃん」


 真野花ちゃんも膝に頭を乗っけてきた。

 今、僕の膝の上には猫と、猫のように可愛い妻がいる。そうしてその妻はにゃんにゃんと甘えた声を上げ、擦り寄ってくる。


「選んでくださいにゃん」

「う、やっぱりか」

「はい♡ 私とねこさん、どっちが可愛いですか?」


 運命の分かれ道だ。

 とは言っても、僕自身もう答えは決まっていた。考える必要なんて本なかったんだ。


「真野花ちゃんのほうが……」

「私のほうが?」


 上目遣いで真野花ちゃんが微笑む。

 もう勝利を確信している顔だ。

 蠱惑的な笑みを浮かべる彼女に心を捧げている僕は、妙な恥ずかしさと戦いながら言う。


「真野花ちゃんのほうが可愛い、です」

「〜〜〜っ♡ ふ、ふふ……稀助さん、好きですよ……」

「うん、真野花ちゃん」


 猫より可愛い妻を持ったことを誇りに思う今日であった。

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小説家の西稀助と元清楚系ビッチ西真野花は夫婦である まちだ きい(旧神邪エリス) @omura_eas

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