第11話:お魚釣り
「秋だねー」
と僕が言うと、
「秋ですねー」
と真野花ちゃんが返す。
8月が終わり、9月も半ばのこの日。僕と真野花ちゃんは家にいた。この時期は微妙に寒いけど暖房器具を付けるってほどでもない。そんな微妙な季節の中真野花ちゃんは僕の肩に寄り添って本を読んでいる。
「何の本読んでるの?」
「主人公が釣り人探偵で、色々な犯人を捕まえていく話です」
「釣り人探偵」
「はい。決めゼリフの『俺のルアーに引っかかったようだな』という一言で犯人が次々自白していく様が痛快で……面白いんですよ?」
「へぇ。推理物か……小説の参考になるがな。今度読んでみよう」
「はい! 是非読んでくださいっ」
そう言いながら真野花ちゃんが僕に擦り寄ってくる。にゃんにゃんと甘えた声も出して、まるで子猫のようだ。
「にゃんにゃん♡」
「ねこまのかちゃんだ。可愛い」
「にゃーん♡ お魚好きにゃー」
「お魚、か……そうだ。じゃあ釣りに行くのはどう?」
「にゃ? 釣りですか……?」
「うん、この前ファンの人から釣具をもらったんだ。真野花ちゃんがいいならだけど」
女の子って釣りとか好きじゃない人が多いんだよな。ひょとして真野花ちゃんも嫌だろうか。そう思っていた僕であったが、彼女の反応は意外なものだった。
「行きます! 稀助さんと釣り、行きたいです!」
「そ、そぉ? じゃあ行くかぁ」
「はい……! では週末に……」
真野花ちゃんはニコニコ微笑む。
そんなわけで僕らは週末釣りに行くことになった。ちなみに海釣りである。
※※※
爽やかな海風。
カモメの鳴く声。
海水が波打つ音、そして隣にはピンクのライフジャケットを羽織った最愛の妻。
「何を釣るんですか?」
「色々調べたんだけど、サビキ釣りにしようと思って」
「サビキ釣り?」
「コマセっていうまき餌で小魚を集めてアジやイワシを釣る釣り方だよ。ほら、やってご覧」
釣り糸の先には人差し指サイズの小さなカゴがあり、その中には小さなまき餌が収納されている。仕掛けを落とすと海中にばらまかれ、下の小さな針に魚が引っかかるという仕組みだ。竿を勢いよく上に引く、いわゆる『アワセ』などは必要ではなく、初心者で簡単に釣ることができる釣り方だ。
「わっ、お魚集まって来ました!」
「竿が引いてるの分かる?」
「は、はいっ、引いてます……ピクピクしてます♡」
「よし、そのままゆっくり糸を巻いてみようか」
カリカリと真野花ちゃんが糸を巻くと、綺麗な色のイワシが釣れた。キチンと五本の針全てに食いついており、太陽の光に反射してキラキラと光っているのが何とも美しい。
「わわっ、どうすればいいですかっ」
「取り敢えず竿を立てて、下のオモリを掴むようにして。……あ、少し糸は巻いたほうがいい……そうそう、そんな感じ」
「は、はい……っと……あっ、できました!」
「よしよし、じゃあ安全な位置に移動して、竿を置こうか」
魚が逃げないように海から少し離れた所で竿を置く。地面に置くとピチピチとイワシが跳ね、ウロコが剥がれていく。確かイワシってすぐに身体が傷付くから水族館に運んだりするのが難しいんだよな。
「綺麗な色ですね……わわっ、すっごい跳ねてる♡」
「真野花ちゃんはすぐ語尾に♡《ハート》を付けるな……」
「何かクセで……」
まあそういう所も可愛いけど。
という訳で僕らはサビキ釣りを楽しみ。
そんな中でふと、僕は別の竿を持ってくる。
「何をするんです?」
「底釣りをしようかなと」
「底釣り、ですか」
「うん。小さなお魚狙いじゃなくて、アイナメとかメバルとか、いわゆる底のほうにいる
「おー、いいですね!」
仕掛けを落とし、海の底にオモリが落ちたら、少しだけ浮かせる。そうして竿を上げて、ゆっくり下に下ろす 。根魚は落ちてくる餌に食いついてくるので、この時反応がなければこの辺りにはいないということだ。
「……いないな」
「難しいのですね」
「まあ最初だからなぁ。こういう時は少しだけ場所を移動して……」
また仕掛けを海に沈める。
先程糸に印を付けたので、この海の深さは把握済みだ。だから印を頼りにゆっくり竿を落としていくと……。
ビクビクっ。
「おっ、引いた」
「いい感じですか?」
「少し待ってみよう……もう少し、もう少し……」
頃合いを見て、竿を引きアワセをする。
どうやらヒットしたようだ。ギュルギュルと糸を巻いてみる。
「おっ、アイナメだ」
「わっ、ちょっとグロテスクですね」
「美味しいんだよ、これが」
手のひらサイズのアイナメだった。
大きな口にギョロリと大きい目、エラがパクパクと大袈裟に開閉し、非常に元気が良い。
「あっ、またイワシ釣れました!」
真野花ちゃんはサビキ釣りに夢中で。
もう三桁くらいは釣っているのではないだろうか。……調理のこと考えているのかな。
大体五時間くらい釣りを楽しみ。
家まで戻ると時刻は夕方四時すぎ。
早速僕らは魚をさばいていくことにした。
「イワシはからあげにしよう」
「どうやって調理しますか?」
「エラに指を引っ掛けて一気に頭と内蔵を取って、水で軽く洗ったらザルに入れて」
「はい……わ、簡単に取れますね」
「二人ならすぐ終わるさ」
「取れました。次はどうしますか」
「じゃあ片栗粉とまぶして、油で揚げよう」
片栗粉でコーティングされたイワシを油で揚げ、2分ほど経ったらさい箸で皿に盛り付ける。一気に全部は揚げられないので数回に分け、ようやく完成だ。味付けは塩でいただくとしよう。
「あっ、サクサクです!」
「おーそうか。ほら、アイナメの味噌汁もあるよ」
「どれもこれも美味しそうです」
「今日は豪華だねー」
たまになら釣りも楽しいよね。
でも毎日は無理だなぁ。疲れるもの。
そんなわけで僕らは楽しい夕食タイムを過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます