第10話:羨ましいほどの夫婦

 会社にて。

 私、西真野花はお昼休憩の為社員食堂で昼食を食べていた。今日はあまりお腹が空いていないのでコンビニで買ったサンドウィッチとカロリーメイトだ。……ちょっとオジサン臭いでしょうか。


 スマホを開く。通知が一件来ていた。

 稀助さんからだ。内容はこうだった。


『今日の夕飯何がいい?』


 自然と笑みがこぼれる。

 こういう何でもない会話がたのしい。

 私はニヤニヤしながらこう返す。


『何でもいいです! 稀助さんの好きなもので』


 数秒後。既読が付き、返信が来る。


『おっけー。じゃあスパゲティにするね』

『はい! おねがいします♡』


 あー〜っもう尊い。

 稀助さん可愛すぎます。早く家に帰ってなでなでされたい。早くなでなでされながらギューっされたい。そうしてベッドの上で朝まで……キャーーっ!♡ 考えただけで興奮してきました。


 と、そんな妄想をしていると。


「まのかセンパ〜イ♡ 何してるんですか? そんなニヤニヤしちゃって」

「?!」


 後ろから肩を触られる。

 その声に嫌悪感を感じ、一瞬振り向くのが嫌になったが、無視するわけにもいかないので私はこう返事をする。


「あら、烏間からすまさん。お疲れ様です」

「はい、丁度営業から帰ってきまして〜」


 烏間壱華からすまいちか

 キャピキャピした話口調と長い黒髪が印象的な後輩の女で、社内の男子からは大変可愛がられている。……だがこの女、一見何も分からなそうな顔をしておいて、中身はカラスのようにずる賢い小悪魔系女である。

 どのようにすれば男が寄ってくるか、どのようにすれば男に好かれるか、どのようにすれば男の人生を崩壊させられるか、全部把握している。そんな最悪最低な女なのだ。


「センパイ、それ旦那さんですか〜?」


 烏間からすまは私のスマホを覗き。

 興味深そうにそう訊いた。


「ええ、まあ」

「ふーん。真野花センパイってご結婚されていたんですね」


 さほど興味なさほうな口調でそう言いながら、烏間は長い黒髪を指でいじるなどする。そして次にこんなことを訊いてくる。


「旦那さんのこと、好きですか?」

「好きですよ」

「……即答ですね。ふーん、そうなんですか……」


 今度は少し思うところがあるのか、眉を少しだけひそめ、鼻を鳴らす烏間。

 その顔に少しばかりの危機感を持った私だったが、やはりどんなに警戒していても避けられない出来事というのはあって。


※※※


「おじゃましまーす♡」


 次の日。

 烏間は私達の家に上がり込んできた。

 営業先でもらったお菓子があるから家に持っていくという話だった。私はそれだけでも嫌だったけど、玄関までならまあ百億歩譲っていいかと思って上がらせた。上がらせてしまった。だけど稀助さんが「せっかくだし一緒に食べませんか?」なんて言うもんだから、あの女も外面スマイルを発動させて、私は我が家への侵入をこの女に許してしまった。


「お菓子ありがとうございます。今お湯を沸かしてるので、ちょっと待っててください」

「はい♡ お気遣い感謝しま〜す!」


 私の稀助さんに猫なで声で接するだなんて、許せない。ああもう、ウチの夫は優しすぎる……。私が管理してあげなきゃ今頃悪い女に捕まって酷い目にあっていたはずだ。やはり私がしっかりしなきゃ。……うん、今日は早いところ彼女を帰らせて、いっぱいえっちして、私以外の女に目移りしないようにしなければ。


「旦那さんって何のお仕事してるんですか〜?」

「え、っ……まあ、小説家というか、なんというか……」

「ええ〜っ、小説家さんなんですか〜? すっごーい! ってことは〜、印税ガッポガッポなんですか〜?」

「いや、一応収入はWEB小説の広告料と有償依頼とかがほとんどなので印税はガポガポではないですね……」

「わー☆ 私小説家さんとか初めてですぅ〜! お友達になりませんかー?♡」

「お友達? 別に構いませんが」

「っ! ぷんすか」


 稀助さんのお友達だなんて。ああっ、そんな気軽に触って……もぉ、稀助さんのバカぁ……私もなりたい……稀助さんのお友達♡

 

「ぷんすか」

「真野花ちゃん……?」

「真野花センパイはお疲れみたいですし〜、二人だけでお話しませ〜ん?♡」

「わ、私トイレ行ってきますっ」

「あっ、真野花ちゃん」


 私は堪らずトイレに駆け込み……その後はご想像に任せます。はあっ……♡ 稀助さんのバカ……。


※※※


「旦那さんって〜、真野花センパイのことホントに好きなんですか〜?」


 西真野花。あたしはあの人が嫌いだ。だってあたしとキャラ被ってるし、あたしより『すこーし』可愛いからって社内でチヤホヤされて、ほんっとウザイ。

 だから〜♡ ちょーっとあたしの魅力でアイツの旦那たぶらかして、あたしが奪っちゃおっと♡ ま、別にタイプじゃないんだけどね。


 だけど西稀助は平然とした顔で、


「好きですよ」

「っ……はは、そーですか」


 何平気な顔してクソ寒いこと言ってんのか。あの女も迷いなく言ったし。マジでキモイなその夫婦。はーっ、マジでウザイ。

 そんな中、西稀助があたしにこう訊く。


「妻は社内ではどんな感じですか。いつも疲れて帰ってくるので少し心配で……」

「っ……」


 もやっと。

 何かがあたしの心を曇らせた。

 一瞬で理解する。あたし、嫉妬してるんだ。今までそんな風にマジであたしのことを心配してくれる男なんていなかったから、真野花センパイが羨ましいんだ。

 正直イラッとした。散々なこと言ってもっと心配させてやろうかとも思った。けどアイツが仕事頑張ってるのは知ってるし、嘘ついたってしょうがない。だからあたしは正直にこう言う。


「まぁ、ふつーに頑張ってるんじゃないですかねー。ふつーです」

「ふふ……いえ、ごめんなさい」

「は、何がおかしいんですか」

「いえ、烏間さんは優しいなと思いまして」

「優しい……? 何言って……」

「だって、その気になれば妻の悪い点だけを指摘して僕に話すことだってできるのに、正直に彼女を評価してくれるんですから」

「……」


 西稀助はニコニコ優しく微笑み。

 私を褒めてくれた。そういえば、下心なく褒められたことなんていつぶりだろうか。


「烏間さん?」

「〜〜〜っ、ぅ……ぁ」


 あれ……あれれ……?

 あたし変だ。なんか身体が火照ってきて。

 この胸が温かくなる感じ。なのに今すぐにでもこの男が手に入らないと思うと切なくるなる感じ……これって……。


「あ、あたし帰りますっ」

「あ、烏間さん。最後にいいですか?」

「ああっ? なな、なんでしょーかっ」


 西稀助はあたしをジッと見て。

 お父さんみたいな父性溢れる顔で、聞いただけで心がじんわりするような口調で、こう言ったのだった。


「これからも妻をよろしくおねがいします……」

「〜〜〜っっっ♡♡♡ っっ、ひゃ、ひゃい……」


 笑ってしまうくらい呆気なく。

 あたしは妻を持つ夫に恋心を抱いたのだった。……あたしってこんなに攻略難易度低い女だったっけ……。(その後烏間は最愛の旦那を見つけて幸せになるのですが、それはまた別の話……)


※※※


「あ、あれ、烏間さん、は……?」

「もう帰ったみたいだね」

「ふーん、そぉですか……」


 どうやら烏間は帰ったみたいだ。

 あの子、私の稀助さんに変なことしなかっただろうか。後でゴミ箱に何か入ってないか調べなきゃですね!


「真野花ちゃん」

「は、はい?」

「お仕事頑張ってるね」

「は、はい?」

「いや、なんでもないよ。さ、お茶でも飲もうか」

「あ、私コーヒーがいいです」

「そっか。じゃあ烏間さんが持ってきたお菓

子と一緒に食べよっか」

「はい……あの、その前に」

「なでなで?」

「はい……♡ なでなでしてください!」

「いいよ、ほら……おいで」

「〜〜〜っ♡♡」


 何だかよく分からないけど。

 今日の稀助さんはいつもより優しかった。

 最愛の夫になでなでされて目をとろけさせながらそんなことを思う私であった。

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