幼馴染が誕生日プレゼントに身長をねだってきた話

湖城マコト

誕生日プレゼント

直生すなお、明日が何の日か覚えてる?」

「はて、何の日かな?」


 昼休みに入るなり、幼馴染の理奏りかなが上目遣いで唐突に切り出してきた。何の日か本当は分かっているけど、悪戯心でとぼけてみせる。


「ふざけんな。明日は私の誕生日でしょー!」

「忘れてないって。襟を引っ張るな、苦しい」

「あっ、ごめん」


 俺が着席してるのをいいことに攻撃してきやがって。この幼馴染、可愛い顔に似合わず凶暴である。


「誕生日プレゼントは何がいい?」


 三か月前、二月の俺の誕生日の時には理奏がマフラーをプレゼントしてくれた。


 ずっとお返しがしたいと思っていたので、理奏に言われるまでもなく、バイトをしてプレゼント用の予算はあらかじめ確保していた。


 本当なら自分でプレゼントを選ぶべきだろうけど、異性である理奏にどんなプレゼントを用意すればいいのか俺のセンスでは測りかねる。失敗しないように思い切って本人に欲しい物を尋ねるのが無難だ。


「何でもいいの?」

「ああ、何でもいいぞ」


 高価な物は厳しいが、理奏だってそこまで非常識な要求はしないだろう。

 流行りの服か、可愛らしい小物か、はたまた一時間食べ放題のスイーツバイキングか。理奏のことだから、リクエストはその辺りだろうと予測したのだが。


「身長」

「んっ?」


 理奏から発せられた予想外のリクエストに、俺は思わず頓狂とんきょうな声を上げる。


「もう一回、大きな声で」

「身長!」


 聞き間違いじゃなかったみたいだ。なるほど、理奏は身長が欲しいのか。一四七センチと小柄だし、身長が欲しいと言いたくなる気持ちは分かる。


 ――そうか、身長が欲しいか、そうかそうか。


「いや、プレゼントに身長ってどういうことだよ!」


 混乱のあまり大きな声を出してしまった。昼食時の教室内は一気に静まりかえり、クラスメイトの視線が俺に集中する。自業自得だがあまりにも気まずい。


「騒がせてすまん。慌てずよく噛んで食えよ」


 このまま教室で会話を続けていたら、俺もクラスメイトたちもお互いに落ち着かない。テキトウなセリフと共に、俺は理奏の手を引いて教室を後にした。

 

 ※※※

 

「いや、プレゼントに身長ってどういうことだよ!」

「同じ台詞から再会するとは、直生って変なところで律儀だよね」

「気持ちを作らないと再開しづらいんだよ」


 人気のない校舎裏に場所を移し、寸分違わず会話を再開した。


「身長が欲しいって気持ちは分かるが、プレゼントとなると意味が分からんぞ」

「直生の身長を分けてよ。十センチくらい」

「そう言われてもな」


 ちなみに俺の身長は一八五センチ。理奏と並ぶと実に四〇センチ近い身長差となる。


 仮に俺の身長を理奏に十センチ分けたとすると、俺が一七五センチ、理奏が一五七センチとなる。数字だけ見れば悪くない提案? のような気もする。残念ながらそれを実現する術がないわけだが。


「とにかく、身長が欲しいってのは本当だから、何かプレゼントを考えておいて」

「ずいぶんな無茶振りだな。頼むから正直に何が欲しいか言ってくれよ」

「身長!」

「いや、だからそういうことじゃなくて」

「後は自分で考えて」

「そう言われても……」


 困惑して立ちすくむ俺を後目に、理奏は校舎へと戻っていった。


 ※※※


「身長が欲しいか」


 放課後。俺は理奏へのプレゼントを求めてショッピングモールへと足を運んでいた。


 一体何をプレゼントすれば喜ばれるのか、まるで見当がつかない。

 理奏のことだから、無茶振りで俺を困らせようとしている可能性もあるが、本人からのリクエストである以上、検討くらいはしなければいけないだろう。


 身長に関係がありそうなプレゼントといえば、何があるだろうか。


 牛乳でもプレゼントしてみるか。


『身長を伸ばしたくて、これまでにも散々飲んできたわ!』


 イメージの中で理奏に平手で引っ叩かれた。


 身長が高く見えるように、ヒールの高い靴とか?


 駄目だ、スニーカー以外の靴を履いている理奏の姿が想像出来ない。


『せめて想像くらいはしてみせろや!』


 想像していないはずなのに、脳内に突如として現れた理奏に二発引っ叩かれた。


「駄目だ。何も思いつかん」


 身長をプレゼントする。そんなこと、始めから不可能に決まってるだろ。

 諦め半分に溜息をついていると。


「パパ、疲れた~」

「しょうがないな」


 ――あれは。


 ヒントは思わぬところに存在していた。

 俺の視界に映るのは、年少の男の子と優しそうな父親という仲睦まじい親子の姿。


「これなら行けるかもしれない」


 理奏へのプレゼントは決まった。

 喜ばれるかどうかは分からないけど、試してみる価値は十分ある。


 ※※※


 翌日の放課後。俺は小さい頃に二人でよく遊びに来ていた、高台にある公園に理奏を呼び出した。あと数分もすれば日が落ちるはじめる頃合い。タイミングも完璧だ。


「わざわざ呼び出すなんて、気合い入ってるじゃない」

「それなりにな」

「それで、プレゼントは何?」

「これだよ」


 そう言って俺は膝を折って姿勢を低くし、理奏へ背中を向けた。


「どういうこと?」

「肩車するから乗れ」

「いまいち状況が飲み込めないんだけど」

「つべこべ言わずに肩車されろ」

「まあ、そこまで言うなら」


 理奏の太腿を肩に乗せ、足首を握って姿勢を安定させた。そのままバランスを取りながらゆっくりと立ち上がる。


「振り返るぞ」

「えっ?」


 了解も得ずに、俺は町を見渡せるように方向転換した。

 この公園からの眺めは最高で町の全景が見渡せる。夕暮れ時も相まってロケーションは最高だ。


「凄い。景色がまるで違って見える!」


 嬉しそうに声を張り上げる理奏の様子に、俺は心の中でガッツポーズをした。


「これが俺なりに考えたプレゼントだ。身長をプレゼントすることは出来ないけど、普段よりも高い目線を体験させてやることくらいは出来るんじゃないかと思ってさ」

「やるじゃん。直生のくせに」

「くせには余計だ」

「今の私って、どれくらいの高さだろ?」

「ニメートルは余裕で超えてるな。どうだ、良い眺めだろ?」

「うん、まるで世界が私のものみたい」

「スケールの大きい表現だな」

「このまま世界を我が手中に収めてくれるわ!」

「えっ、魔王目線なの? それを肩車する俺は何者?」

「四天王の一角のパワー自慢」

「それ、だいたい最初に倒される奴じゃないか」


 表現はともかく、理奏が心の底から喜んでくれていることは声の弾み方が物語っている。


 つまらないプレゼントと馬鹿にされるんじゃないかと直前まで冷や冷やしていたけど、好評なようで何よりだ。

 もちろんプライスレスな肩車だけで終わらせるつもりはない。後日、候補の一つにも上げていたスイーツバイキングもご馳走してあげるつもりだ。


 しかし、理奏を肩車する日が来るとは思わなかった。

 小学生の頃までは背負ってあげる機会は何度かあったけど、肩車となるとまるで勝手が違う。体温をより身近に感じるというか……何というか。


 いかんいかん! 勢いまかせでここまで来たけど、意識し始めたら急に恥ずかしくなってきた。


「理奏、一度下ろしてもいいかな?」

「何で? もっとこの高さから景色を見ていたい」

「肩車を提案した俺が言うのもなんなんだが、今の俺達ってけっこう密着してるというか、何というか」

「ば、馬鹿! 意識させないでよ」


 はっとした様子で理奏の声が上ずった。俺の言葉を聞いて理奏の方も今の状況を意識してしまったのだろう。思えばまともに手を繋いだことすらないのだ。突然の肩車は色々と段階を飛ばし過ぎだ。


「ああもう! せっかく楽しんでたのに、どうして直生は空気が読めないかな」

「しょうがねえだろ。好きな子とこんなに密着してたら!」

「えっ?」

「おっ?」


 まてまて、勢い余って凄いことを言わなかったか? 

 動揺のあまり思わず本音が飛び出してしまったような気がする。


「とりあえず、いったん下ろすぞ」


 冷静になりたくて、一度理奏を地面に下ろした。


「ねえ直生、さっきのもう一回言って」

「はて、何のことかな」

「男らしくないぞ。ちゃんと言え」


 分かったよ。素直になるよ。

 いつかは伝えなければいけない気持ちだ。覚悟は決めた。


「理奏のことが好きだ! 理奏と体が密着して、すげえドキドキした!」

「ハッキリ言うな、恥ずかしい!」

「お前がちゃんと言えって言ったんだろうが!」

 

 また口喧嘩の始まりかと身構えたが、幸いそうはならなかった。


「……キュンときた」

「えっ?」


 普段の攻撃的な印象を覆すような乙女の恥じらい。

 なに今の? 凄く可愛いんだけど!


「ごめんね、直生」

「そんな……」

「紛らわしくてごめん。そういう意味じゃないから安心して」

「あっ、はい」


 告白に対する返答ではないと分かり、とりあえずホッとした。


「プレゼントに身長が欲しいなんて、直生を困らせるようなことを言ってごめん。身長が欲しいっていうのは本音だけど」

「どうしてそこまで身長に拘るんだ?」

「……直生と釣り合う女になりたくて」

「俺と?」

「直生ってば、綺麗な顔してるし、背も高いし。対する私は、背は低くて胸だって小さくて、直生と並ぶとでこぼこコンビ……幼馴染だってだけで、何であんなちんちくりんが直生の隣にって、女の子達に陰口を叩かれたこともあるんだよ」

「理奏」


 知らなかった。理奏にそんな悩みがあったなんて。

 幼馴染として理奏のことを誰よりも知ってるつもりでいたけど、それは俺の思いあがりだったのかもしれない。


「そんなことがあって私、自分に自信が持てなくてさ。このまま仲の良い幼馴染の関係を続けられればそれで十分だって、直生への想いをずっと胸にしまい込んできた。だけどね、時々ふと思っちゃうんだ。私にもっと身長があれば、堂々と直生に想いを告げられるのかなって。そんな想像をしちゃう自分がいて……だから身長をプレゼントして欲しいなんて、思わず直生に無茶ぶりを」


「理奏、それって」

「直生にだけ言わせておいて、私が言わないのは卑怯だよね。だからはっきりと言う」


 理奏は頬を紅潮させながらも、強い意志を宿した瞳でしっかりと俺を見据えていた。


「私も直生のことが好き。身長が低いとか、自信がないとか、色々自分に言い訳してきたけどやっぱりこの想いは変えられない。私は直生のことが好き! 大好き!」


「俺の想いに、応えてくれるんだな?」

「こんな私でよろしければ、お願いします」

「こんななんて言うなよ。俺にとって理奏は最高の女の子だ」

「キュンときた」

「俺もだ」


 ずっと可愛いと思ってきたけど、今日の理奏は最高に可愛い。

 現在進行形で、俺はますます理奏のことが好きになっていく。

 

「直生、もう一回肩車して。彼女からのお願い」

「恥ずかしいからパスって言いたいところだけど、その言い方はずるいな」


 彼女からの初めてのお願いを無碍にすることは出来ない。

 俺は姿勢を低くし背中を向け、理奏を肩車して再び立ち上がった。


「良い眺め」

「理奏が喜んでくれたなら、俺も嬉しい」

「直生、最高のプレゼントをありがとう」

「これぐらい、何時だってお安い御用さ」

「うん。病み付きになりそう」


 俺はいつもの目線から、理奏は俺よりも高い目線から、夕暮れ時の町を見下ろす。

 

「この高さから景色を見れるのは、直生に肩車されてる時だけなんだよね。何だか特別感があって素敵」

「特別感のある高さか。良い響きだ」


 何気ない見慣れた町の夕暮れ時だけど、俺も理奏も、今日この公園から見た景色を忘れることはないだろう。


 恋人同士となってから初めて見た特別な夕日を、俺達は日が沈むまで鑑賞し続けた。




 了

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