最終話.オカンな俺と、幼なじみな彼女と。

 それからどうなったかといえば、あまり変化のない日常を送っていたりする。 


 かのんはほぼ毎日のようにモーニングコールに押しかけ、放課後は放課後で、あみぐるみ講座だったり、夕飯の支度ついでに料理教室を開いたりと相変わらずの日々だ。


 恋人らしいことをあまりやっていないような気がしなくもないけれど、お互いそういった経験もないし、俺たちの場合はこれがちょうどいいのかもしれない。


 唯一、変わったことといえば、星月さんがあみぐるみ講座へ加わったぐらいかな。


 黒髪のメイドいわく、


「付き合うのはいいとして、二人きりなのをいいことに、度を過ぎたイチャイチャをされてはかないませんので」


 ……と、監視的な意味での参加らしいんだけど。そのぐらい、俺だってわきまえてるさと言い返したいね。


 そりゃ、健全な男子だし? 少しぐらいはいちゃつきたいと思ってますよ? でも、それ以上にかのんを大切にしたいっていうかさ。


「いえ、岡園殿は問題ないと思っているのです」

「じゃあなんで?」

「かのん様がハメを外しすぎないようにと……。私の推しはそういう危うい面がありますから」


 ため息混じりに推しを見つめる星月さん。一方のかのんは、あみぐるみに熱中していたのか、どうしたのと小首をかしげてみせる。


 そうか。かのんの監視か……。その気持ちわからなくはないなあ。


 いや、留学の件があってから、英語を教えてもらう時間も増えたんだけど。その都度、密着具合が半端ないっていいますか……。


 無自覚なのか狙ってやっているのかわからないけど、柔らかな体の感触とか、甘い匂いとかさ、とにかく俺はもう、ひたすら耐えるしかできないわけだ。


 二人っきりなのは嬉しいけれど、精神衛生上、これ以上はキケンな部分に足を踏み入れかねないし、今度からは星月さんにも参加してもらおうかな。


 ……あ、そうだ。念の為、確認しておこう。


「そういや星月さん。陽太のことなんだけど」


 旧友のお願いが叶うかどうかはわからないけれど、とりあえず顔を合わせる機会を作ってやろうとしている俺、偉くない?


 まあ、悲しいかな。返ってきたリアクションは無残なものだったけどさ。


「陽太……? はて、どなたですか?」

「ほらぁ、前に白菜顔とか言ってたじゃんか」

「あぁ、そんな人がいたような気がしなくもないですね」

「今度そいつとさ」

「私たちのランチタイムに、不快な人物が混じっていたのだけを記憶しておりましたので、名前を失念しておりました」

「……」

「で、その方がなにか?」


 ……スマン、陽太。これは脈無いわ。一緒に昼食とか、どうやら無理っぽい。


 ドンマイと心の中でエールを送り、俺は話題を打ち切って、誤魔化すように作成途中のあみぐるみの出来栄えを褒めるのだった。


***


 おっと、重要な件を忘れていた。


 かのんの誕生日について、実は解決していない重大な問題が残されていたのだ。


 それが『いまだに誕生日プレゼントを用意していない問題』なんだけど。


 どうせなら、かのんが喜ぶものを渡したいと思い、何か欲しいものはないかと尋ねてみたわけさ。


 そしたら何を思ったのか、


「駄菓子!」


 なんて即答するものだから、そういうんじゃなくてだなと趣旨を説明しなくてはいけないハメになってしまい。


 説明したら説明したで、「別にいらないよ?」とか言い出す始末。


「いらないって、せっかくの誕生日なんだし、なにかプレゼントさせてくれよ」

「プレゼントなら、とっくにもらってるもん」

「……何か、渡したっけ?」

「んーん。モノじゃなくて、蓮くんがそばにいてくれるのが一番のプレゼント!」


 はい、可愛い。俺の彼女、問答無用で可愛い。天使なんじゃないかと思うぐらいの愛らしさですわ。


 おっと、のろけてる場合じゃない。そう言われて引き下がるつもりはないのだ。形として残る物を渡したいじゃないか。


 考えに考え抜いた後、部屋の中から裁縫道具を取り出した俺は、『あるもの』を作って渡そうと決めたのだった。


***


 高校入学と同時に幼なじみができた! ……なんていう現実離れした状況も、ここ最近は受け入れられるようになってきた。


 この一ヶ月、思い返せば非常識な出来事ばかりだったけれど、慣れというのは不思議なもので、いまでは自分の潜在的な適応力の高さにビックリしているぐらいだ。


 ま、それはさておき。


 今日も今日とてやって来るだろう幼なじみのため、俺は黙々と朝食の支度を整えるのだった。


 炊飯器は昨日のうちにタイマーをセットしておいたし、彼女の好きなほうれん草と油揚げのお味噌汁も用意してある。


 そろそろ鮭も焼き上がる頃だ。あとは甘めの卵焼きでも焼いておこうかなと考えていた最中、パタパタという足音が廊下から響き渡ってくるのがわかった。


「とっげきぃ、となりのぉっ! あっさごはーんっ!」


 ミルクティー色の柔らかなロングヘアをふわりと揺らし、にぱーと無邪気な笑みをたたえ、ブレザー姿のかのんはリビングキッチンに現れる。


「……なにそれ?」

「昔、そういう有名なテレビ番組があったんだって。ご近所の食事風景を見て回るっていうやつ」

「ウソだあ。プライバシーの侵害じゃんか」


 無感動に応じ返すと、かのんは頬を膨らませ、ウソじゃないよと少しだけ拗ねた表情を浮かべた。


「あっ。それよりも、またチャイム鳴らさずに入ってきたろ? 勝手に家の中入るのやめろって」

「だって合鍵あるんだもん。鍵開けてもらう必要もないし、それに……」

「それに?」

「蓮くんだって、ドアチェーンかけてなかったじゃない。私が来るってわかってたからでしょう?」

「まあ、それは……。ね?」


 気恥ずかしさから言葉を濁すと、かのんはコロリと態度を変えて、だらしない笑い声を上げた。


「ウヘヘへ……」

「……朝ごはん、もう少しで出来上がるから手伝ってくれ」

「もちろんっ!」


 テーブル近くへ通学バッグを置いて、かのんはいそいそと台所へ足を運ぶ。


 どこまでも透き通る海を思わせる、青く大きな瞳を見つめながら、俺はあることを思い出した。


「そうだ。朝ごはんの前に渡そうと思っていた物があってさ」

「私に?」

「うん。これ、ちょっと作ってみたんだけど……」


 ズボンのポケットに入ったものを取り出し、かのんへ披露してみせる。


 それは昨日作った、手のひらサイズの白ネコのぬいぐるみだ。


 子供の時に作った黒ネコのモノとは違い、これ以上なく丁寧に縫い合わさせたフェルト製のぬいぐるみは、我ながら上手にできたなと思える代物で、俺は少しばかり胸を張って、それをかのんに手渡した。


「これ……」

「ほら。黒ネコのやつ、バッグにつけてくれてたろ? 一匹だけだと寂しいかなって思ってさ、もうひとつ作ってみようかなって」


 本当はもっと気の利いた誕生日プレゼントを用意したかったんだけど。あいにく、いいアイデアが思いつかない。


 そんな時、ふと、思い出したのだ。


 子供の頃の俺は、拙い黒ネコのぬいぐるみに『おまじない』を掛けて、かのんへ手渡したらしい。


 だったら、再び、いま俺が考えている想いを――ずっと一緒にいられますように――という願いを込めて、ぬいぐるみを渡すのもいいかもなって。


 もちろん、本人が気持ち悪がったり、重いと思ったらすぐに返してもらって、別の何かをプレゼントしようと思っていたんだけど……。


 まあ、そういったことをいざ声に出すのは気恥ずかしいもので、赤面しながら口下手に説明するしかできない。


 そんな俺を気にも留めず、かのんは白ネコのぬいぐるみを大事そうに両手で抱きしめ胸元へと運び、青い瞳に喜びの色を滲ませて呟くのだった。


「蓮くん、ありがとう……。とってもとっても嬉しい……」

「そ、そうか? なんか、他に欲しいものがあれば別のものを」

「ううん。これで十分……。十分すぎるよ」

「……」

「だって、私も蓮くんとずっと一緒にいたいから」

「かのん」

「ね、蓮くん」

「ん?」

「これだけじゃ、『おまじない』足りないよ?」

「足りない……って」

「私、蓮くんからの『おまじない』も欲しいな……」


 かのんはそう言うと、体を寄せてから目をつむり、ねだるように斜め上を向いた。


 艶を帯びた唇が近付いてくる。かのんの体を抱きしめてから、唇を重ねようとした、その瞬間だった。


「はいはーい。人目もはばからず、朝っぱらからいちゃつくのは止めてもらえませんかね」


 淡々としたツッコミに視線を走らせる。そこには冷めた視線でこちらを見やる星月さんの姿があった。


「ど、どうしてここにっ!?」

「どうしてもこうしても、朝食を摂りにきたに決まっているではないですか」

「いや、鍵掛かってただろ!?」

「かのん様が預かっていた合鍵、複製コピーさせていただきましたので」

「いつの間に……」

「良いですか、お二人とも! 程々のいちゃつきは結構ですが、TPOはわきまえていただきませんと!!」


 熱弁を振るうメイドから逃げるように、テーブルへと向かうかのん。


「わ、私、お腹空いちゃったなあ! ほら、美雨! 早く朝ごはんにしよう!?」

「待ってください、お話はまだ」

「そ、そうだなっ! 温かいうちに食べないともったいないし!」


 慌てふためく俺たちに呆れたのか、ため息混じりに腰を下ろす星月さん。


 安堵の息を漏らしてから、俺はさらに付け加えた。


「おかわりもあるからな。しっかり食べてくれ」

「はぁい」

「あっ、それと、学校へいく前に忘れ物がないか確認してくれよ? ハンカチとちり紙は家にあるからそれを持っていってもいいし……」


 耳を傾けながら、かのんがクスクスと笑い声を上げている。


「なんか変なこと言ったか?」

「ううん。蓮くんってば、お母さんみたいなんだもん。おかしくなっちゃって」


 そう声に出しながら、かのんは早速、通学バッグに白ネコのぬいぐるみをつけている。


 だから俺は言ってやった。


「悪かったな。なにせ俺はオカンな上に……」

「オカンな上に?」

「お前の幼なじみで、彼氏だからな」

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オカンな俺と、幼なじみ(自称)な彼女と。〜学校一の美少女が突然幼なじみになって、さらには恋人になっていくまで〜 タライ和治 @TaraiKazuharu

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