40.一件落着?

 待て待て待て待て待ってくれ、いや、待ってください! どういう考えでそんな結論に至ったんですか!?


 突拍子もない雪之新さんの言葉にあんぐり口を開けていると、朗らかな声が左隣から聞こえた。


「ナイスアイデア! そんな名案を思いつくなんて、さすがは私のお父さんね!」

「アッハッハ! そうだろう、そうだろう!」


 高らかな笑い声を響かせる天ノ川親子。勝手に話を進めているんじゃない!


「おや? ひょっとするとだが、蓮くんは娘と離れ離れになってもいいと、そういうことを言いたいのかな?」

「そうなの? 蓮くん……」

「違いますって! 俺だって、かのんと一緒にいたいに決まってますよ!」

「それじゃあ一緒に留学で決まりだ」

「ウンウン! それでぜーんぶ問題なし!」

「だからぁ、その一緒に留学って発想がぶっ飛びすぎてるんですって!」


 百歩譲って、かのんと一緒の道へ進めるのは良しとしよう。しかしだね、言葉の壁とか留学費用とか、現実的な問題が山のように残っているわけだよ。


「なんだそんなことか」


 一笑に付すかのように雪之新さんは話を遮った。


「金銭的な問題なら心配しくてもいい。君の留学費用は天ノ川家が負担するからね」

「そういうわけには」

「蓮くん、これはね、いわば投資だよ投資。順調にいけば、君も天ノ川家の後継者となるわけだし」

「いや、それは……。あっ、そうだ! 留学先が一緒だった場合、家はどうするんですか!? 年頃の男女が一緒の部屋とか、何も起きないはずがないじゃないですか! そこのところは心配なんじゃ!?」

「なぁに、美雨も一緒についていくからね。君さえ変な気を起こさなければ、そこの問題もクリアできるだろう」

「れ、蓮くん……。わ、私は、へ、変な気を起こしてもらっても大丈夫だからねっ!」


 言い終えた直後、きゃーと声を上げて、かのんは赤面する。話がややこしくなるから、少し黙っていてくれないか……。


「語学面はかのんと美雨に教えてもらえばいいだろう。二人ともネイティブだし、三年もあれば日常会話ぐらいはマスターできるだろうさ」

「いえ、あの……」

「ああ。親御さんにも許可をもらわないといけないかな? 支障をきたすようなら、私が間に入ってもいいが」

「ええと……」

「いや、これで天ノ川家の未来も安心だ! こんなに頼もしい若者が婿として名乗りを上げてくれたのだからな!」


 残ったフラペチーノを一気にすすって、雪之新さんは穏やかに微笑んだ。


「とにもかくにも、かのんのこと、任せたよ」


***


 コーヒーショップで雪之新さんと別れてから、俺とかのんは手を繋ぎつつ、ショッピングモールをウロウロしていた。


 ミルクティー色のロングヘアと青い瞳が特徴的な俺の彼女は、終始ニコニコと上機嫌で、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。


 対照的に俺はといえば、すっかりグッタリしてしまっていて、コーヒーショップでお茶をしていたにも関わらず、どこかで休憩したい気分だった。


 進路って、あんなにあっけなく決まっちゃうもんなんだなあ……。


 そりゃ、まあね。高校卒業後の未来なんて、漠然としたイメージでしか考えてないですよ。だってまだ高一だもん。具体的な進路なんて考えないだろ?


 それが、その場の思いつきで、アメリカ留学が決まっちゃうんだもん。人生何が起きるかわかったもんじゃないね。


「……アルバイトしないとなあ」


 何気なく呟いた一言に、かのんが反応する。


「アルバイト? 欲しいものでもあるの?」

「留学するとなったら、ある程度お金は必要だろ? 親に負担はかけられないし、ある程度は自分で稼いでおかないと」

「えー? お父さんが出してくれるっていってたじゃない」

「そういうわけにもいかないって。そりゃあ、ある程度は工面してもらうかも知れないけどさ」


 雪之新さんが言い出したとはいえ、最終的に頷いてしまったのは自分なのだ。全部が全部、お世話になるのは申し訳ない。


 せめて気持ち程度でもお金を貯めておくために、なにかしらのアルバイトをと考えたんだけど。


 かのんはそれに反対みたいで、拗ねるように声を上げた。


「でもでも……。それじゃあ蓮くんと一緒の時間が減っちゃうじゃない」

「家が隣同士なんだぞ? いつも一緒みたいなもんじゃないか」

「イヤなものもイヤなんだもん! ……あっ、私も蓮くんと同じバイトをすれば一緒にいられ」

「却下」

「えぇ〜。なんでよぅ……」


 口を尖らせるかのん。アルバイト先に、かのんを口説くような奴がいたらどうするんだ? こんなに魅力的な女の子、放っておく男がいるわけないだろ?


 ……と、そんなこと、素直に言えるはずもなく。


 ゴニョゴニョと誤魔化しながらそれとなく口にしたんだけど、それでもかのんには十分に伝わったみたいで、「ウヘヘヘ」とだらしなく笑ってから、俺の腕にぎゅーっとしがみついてきた。


「蓮くんがそこまでいうなら止めとくねっ!」

「お、おう……」

「それより、これからどうする?」

「そうだなあ。せっかくショッピングモールまできたんだし、買い物でもして」

「そうじゃなくて」


 見上げるように、かのんは俺の顔を覗き込む。


「お父さんにも正式にお付き合いを認めてもらえたんだよ。私たち、これからどうしよっか?」

「んー……。っていわれてもなあ」

「私はね、もっといーっぱい蓮くんのことを知って、一緒にいろんなところにいきたいなーって!」


 かのんは声を弾ませて、微笑みを浮かべてみせる。


「それでそれで、いっぱいいっぱい自慢しちゃうんだ。この人が私の好きな人ですって! みんなに見せつけちゃうぐらいに!ltい」

「かのん……」

「だって、せっかく初恋が実って、恋人同士になれたんだもん。そのぐらいしたっていいじゃない?」


 心を許した相手にだけしか見せないだろう笑顔。俺は照れ隠しに頬をポリポリとかいた。


「恋人同士なんだし、もう幼なじみっていう必要もないかな?」


 元々、俺のそばにいる口実を作るため、かのんが強引に言い出した『設定』なのだ。


 恋人同士となったら、それも関係なくなるだろうと思ったんだけど、かのんにとっては違ったらしい。


「ダメだよ、ダメ! 私と蓮くんはずっと幼なじみ! Do you understand?」

「めちゃくちゃ流暢に強調するじゃん。どうしてそこまで……?」

「だって、その方が運命的じゃない!」


 ……はい?


「七年間離れ離れになった幼なじみが、ようやく再会して恋人同士。二時間を超える長編映画になってもおかしくない、感動巨編なのよ!?」

「はあ……」

「ひとつでもピースが欠けたら、感動が薄まっちゃうんだから」


 さいですかとしか言いようがない。こういう夢見がちなところが、星月さんにポンコツ扱いされる理由なんだろうなあ。


「……それに」


 途端に声を沈ませて、かのんは神妙な顔になる。


「幼なじみじゃなくなったら、蓮くんの隣に住めなくなっちゃうもん。朝起こしに行けなくなるし……」


 ……俺の彼女ときたら、幼なじみの定義が狭すぎだろ、まったく。


 でもまあ、本人がそれが満足しているならそれでもいいかと思ってしまった俺も俺だな。惚れたものの弱みというか、気付いたら「わかったよ」なんて応じていたし。


「俺もかのんのモーニングコールがないと寂しいからな」


 観念したように呟く俺に、かのんはコロッと表情を変え、ふんすと胸を張ってみせた。


「でしょー? まったく、しょうがないんだからなぁ、蓮くんは」


 それから腕を離し、かのんは俺の前に回り込んで、エヘヘと笑い声を上げる。


「しょうがないから、これからもずーっと、朝起こしに行ってあげる!」

「ああ、頼むよ」

「まーかせてっ! だって、私……」


 にぱーと無邪気に笑う顔は、採点できないほどに眩しく、俺は目を細めながら、その言葉の続きを待った。


「蓮くんの幼なじみで、彼女なんだもん!」

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