39.ユッキーとの三者面談

 新たな性癖に目覚めつつある、旧友の相談はさておいて。


 肝心の雪之新さんとの面会はこの週末と決まった。


 考えてみたら、かのんの家にお邪魔するのは初めてだ。一体どんな豪邸なのだろう。


 期待と不安が入り混じり、きちんとした挨拶だったら正装でもしないといけないんだろうかという過度な緊張を無視するように、雪之新さんと話をする場所はコーヒーショップになってしまった。


 ……は? コーヒーショップって、前に雪之新さんとお茶をした、ショッピングモールのあの店だよな?


 かのんの話では、雪之新さんからの強い要望で、「ぜひコーヒーショップで会いたい」と、そういうことらしい。


 ともあれ、正装の必要はなさそうだとほっと肩を撫でおろし、迎えた当日。


 テラス席に陣取った俺たち三人のテーブルには、クリームがたっぷりと盛られたフラペチーノが三人分用意されていた。


 太めのストローを口元へ運び、満足そうな顔をしているのは天ノ川親子――つまりはかのんと雪之新さんで、娘以上にご機嫌な様子の父親は、ダンディズムを滲ませた口調で呟いた。


「ほら。以前、テイクアウトでかのんに買ってきてもらっただろう? あれ以来、すっかりこれの虜になってしまってね」

「はあ」

「とはいえ、私ももう若くないし、糖分の取り過ぎは控えなければならない。そういうわけで、週に一度、週末だけこいつを堪能しようと思ったわけさ」

「聞いてよ、蓮くん。お父さんったら、おすすめのトッピングは何だとか、ものすっごい勢いで聞いてくるんだよ?」

「こういうのはお前のほうが詳しいだろうからな。貴重な意見として参考にしなければ」

「まーかせてっ! それで、私がチョイスしたトッピングはどう?」

「ああ、抜群に美味い。流石は私の娘、味覚も一級品だな!」


 それから顔を見合わせて、どちらともなく「ウヘヘヘヘ」と笑い声を上げる天ノ川親子。前回も思ったけれど、こういうところはそっくりだな。


「先週、地元で君と会っただろう? あの時もここの帰りでね」

「あっ。もしかして繁華街で会った、あの時ですか?」

「そうそう。いや、いま思えば、かのんに内緒で誕生日パーティに連れて行くべきだったなと後悔していてね」

「私もね。パーティが終わった後に、お父さんから話を聞いたの。昼間、蓮くんと会ったよって。一緒に連れてきてくれたらよかったのに……」

「何を言うんだ。私はお前が約束を守るために、あえて蓮くんを誘わなかったと思ってだな……」

「わかりました、わかりましたから、そのへんで。それも溶けちゃいますし」


 目の前のフラペチーノに視線を向けると、一時休戦とばかりに、二人は揃ってストローを口元へと運ぶ。


 ちなみに。


 本日の最重要目的だった、「娘さんとお付き合いさせてください」案件は、このほんの少し前に解決済みだったりする。


 ……いや、なんというかね。フラペチーノを注文して会計が済んだ後、出来上がりを待っている最中、雪之新さんが言ったわけだよ。


「おお。そういえば娘と付き合っていると聞いたんだが、本当かね」

「あっ……。ほ、本当です」

「そうかそうか! それは良かった!」


 以上、ダンディズム溢れる笑顔を見せつけられて無事終了。えー、呆気ないにも程がありませんか?


 どうやって打ち明けたものかと散々悩んでいた俺がバカみたいじゃんかっていうぐらに、あっさり、あっという間だったもんなあ……。


 ただまあ、疑問がないわけじゃない。年頃の娘に彼氏が出来る父親の心境なんて、大抵はつまらないものだと思うんだよ。そこのところ、どう考えているんだろうな?


 そんな俺の考えを読んでかはわからないけれど、雪之新さんはテーブルへフラペチーノを戻してからこちらを見やった。


「娘が付き合う相手なんだ。不安が無いわけじゃないよ」

「それならどうして?」

「なぁに、知り合って間もないが、君の人となりは十分わかっているつもりだ。何より、こう見えて、かのんの人を見る目は確かだからね」


 ちらりと一瞥をくれると、かのんはドヤ顔を浮かべて見せる。


「ふふーん。そうでしょそうでしょ?」

「そんな娘が認める相手なのだし、間違いはないだろう?」

「はあ……」

「ふつつかな娘だが、よろしく頼むよ。ああ、私のことは『ユッキー』改め、『お義父さん』と呼んでもらって構わないからね」

「もうっもうっ! お父さんってば気が早いんだからっ!!」


 キャーと黄色い歓声を上げ、かのんは父親の背中をバシバシ叩いている。


 アッハッハこいつは失礼と、愉快そうに笑う雪之新さん。俺としては、どう応じ返すのが正解なのか、誰かに教えてもらいたい心境だ。


 あっ、そうだ。疑問といえばもうひとつ。


「あの、聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「前に、『かのんが好き勝手やれるのも今のうちだけ』みたいな話をされていましたが……」

「ああ、そのことかい。いやなに、高校を卒業したら留学する約束になっていてね」


 それもアメリカに二年間だそうで、これについては星月さんの話が本当だったことが証明された。


「高校生の間ぐらいは自由にやらせてやろうと、そう思ったわけさ」


 なるほどねえ。思わせぶりな台詞だったけれど、改めて説明されると合点がいくな。


 とはいえ、自分でも気付かない内に不満の色を漂わせていたらしい。


 雪之新さんはニヤリと笑い、それからこう切り出した。


「君にとっては愉快な話ではないね。なにせ、かのんと二年も会えないのだから」

「い、いえっ。そ、そんなことはっ」

「アッハッハ! いいんだいいんだ。娘をそれだけ愛おしく思ってくれるという証拠でもある。自分に素直な点も若さゆえの特権さ」


 まいったな。そんなにわかりやすく顔に出ていたのか?


 そりゃ、まあ、ね? こんなに可愛い彼女と二年間会えないのは寂しいけどさ。


 冷静に考えれば、偶然に再会するまで七年間も会っていなかったんだ。たった二年、どうってことない話じゃないか。


 そうやって自分を納得させようとしていたにも関わらず、隣に座っていたかのんといえば、口を尖らせ不満を口にするのだった。


「私はイヤだなあ。蓮くんと二年も会えないだなんて」

「おいおい、かのん。前に私と約束しただろう? お前は天ノ川家の跡取りなんだし、見聞を広めてもらわないと」

「それはわかっているけど……。でも……」


 七年間も会えなかった人と、また離れ離れになるのは耐え難い。


 声に出さなくても、沈痛な面持ちからはその気持ちが十分に伝わってくる。


 なんて声をかけていいのか迷っている最中、思案顔の雪之新さんは、名案を思いついたとばかりに声を上げた。


「それではこうしよう」

「?」

「かのんと蓮くん。二人で一緒に留学すればいい」

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