リペアテレサ、その正体


 国際科学研究所・リペアテレサ。


 その大きな建物の看板を眺めて、高低差を含めたアンドロイド少女の移動でげっそりした結城陸斗に、メアリーはこう報告する。


「到着しました。陸斗。……陸斗?」


「うえっぷ、やばい吐きそう……」


『ボス。屈むと本当に吐きますよ。ゆっくり背伸びしてください』


 何度か深呼吸を繰り返し、ようやくギリギリの状態から復活する陸斗。


 さて。


 全快ではないが、体調が回復したのであればすぐに本題に取り掛かる必要がある。研究所の入り口や真正面のゲートではなく、陸斗とメアリーは近くの自動販売機の陰に隠れながら、


「……この辺りに『オブス』はいないな」


「はい陸斗。道がないのか、それとも捕食対象がいないのか。とにかくこちらには姿が見えませんね」


 相変わらずの無表情でメアリーがそんな風に言うのを聞き流しつつ、彼はスマートフォンを取り出す。


 画面を一度ノックして、


「セレナ。絶対に国際研究所にレアメタルはあるんだな?」


『ええボス。搬入履歴をチェックした結果、間違いありません。ただし問題が一つ』


「聞かせてくれ」


『ええボス。こちらの研究所・「リペアテレサ」はビール工場の見学のように、月に一度だけ一般開放が執り行われるのですが』


「ああ知ってる。それでレアメタルの存在を知って、俺は学校に申請を出したんだから」


『ゆえに建物内の構造やマップは容易に入手できたのですが……』


「ですが?」


『レアメタルの保管されているポイントが分かりません』


「分からない? 館内イントラネットに侵入しろ、それで情報を抜き取ればすぐに……」


『いいえボス。取得できないのです。ファイアウォールが随分と強固です。簡単には破れません』


「……気になるな」


『ええボス。とても』


「……、まあ良い、レアメタルの保管場所は大体覚えてる」


『セキュリティの関係上、一般開放されている時と通常の保管場所が異なる可能性がありますが』


「そうなったら虱潰しか。職員に事情を話して案内してもらうのが無理だったら、締め上げてでも情報を吐かせよう」


「陸斗が暴走気味です」


「地下の意味不明生物が暴走してんだ、多少こっちも暴れないと間に合わないんだよ」


 何がどう間に合わないのか、陸斗はわざと明言を避けた。


 一度だけ息を吐いて、冷たい息を吸い込む。


「乗り込むぞ、セレナ。カメラやセンサーをオフに切り替えろ」


『ええボス。……あっ、お待ちくださいボス』


「うん? わざわざ『あっ』とか言わなくても」


『セキュリティシステムに侵入できません。どうやらブロックされているようです』


「……待った、スタンドアロンとかじゃなくて、単に強固で侵入できないってのか? セレナだぞ、通常稼働時は五万世帯分の電力を喰うスパコンが研究所に弾かれる!? 『リペアテレサ』は別にITなんかの電子系専門のプログラムを研究してなかったはずだぞ!」


『ええボス。しかし実際にはサイバー攻撃に失敗しています。これはあまりナメてかからない方が良いかもしれません』


「……侵入方法、何か有効な手段はあるか? 一度この辺りを停電にするか?」


『いいえボス。おそらく非常用電源に切り替わるだけでしょう。不意の天災によりデータなどが飛んでしまわないように、落雷対策などもバッチリのはずです』


「流石に警報が爆音で鳴らされる中を踏破する訳にはいかないか」


「であれば、私にお任せください」


「うん?」


 ヒュイン‼ と風を切り裂く音がした。


 勢い良く白い少女の尻尾が跳ね上がった拍子に、空気が押し退けられたのだ。


「機能の一部を開放します。もはや制限を課す事の意味が薄くなりつつありますので、遠慮する必要もないでしょう」


「え、あの、メアリー?」


 陸斗が慌てたような声を上げたのは、少し嫌な予感がしたからだ。

 

 先ほどまでピンク色だったメアリーの瞳が、危険な警戒信号を示す禍々しい赤へと変わったのだ。


「……とりあえずカメラとセンサーですね」


「おいっ」


 制止は間に合わなかった。


 バヂバヂッ! と研究所の方向から、何かが弾ける音がした。機材の中身がショートするような炸薬音。


 陸斗には聞き覚えがあった。まだまだガキの頃、電気で動くオモチャのコンピューターを手作りして、それをコンセントに繋いだ時に凄まじい火花と共に九五時間にも及ぶ製作時間をかけたあの初めてのマシンの全てが吹っ飛んだあの苦い思い出。


 つまり、


「カメラやセンサーが、弾けてぶっ壊れた……? オイ待て、そんな事をしたら……ッ‼」


「次に警報を切ります」


「おまっ、何でもアリか!?」


 機材の中身が弾けるような音が再び。


 しばらく事態を観察してみるが、警備員や職員が慌てふためいて様子を見に来るような事はない。


「……セレナ。今のアクションを解析。外から把握できるか?」


『ええボス。セキュリティシステムは生きていますが、レアメタルの場所までの防犯機器が動きを停止したようです。セキュリティシステムといっても、セクションごとに防犯設備が管理されているようです』


「はい陸斗。レアメタルまでのセクションを丸ごと機能ダウンさせました。これならば肉眼で目視されない限り、煩雑な警備員などと鉢合わせる事はないでしょう」


「……ツッコミどころはいっぱいあるが、今はオブス排除を優先しよう」


 もはや自分を納得させないと先に進めない。


 そんな訳で自分の家みたいに堂々と胸を張って国際研究所『リペアテレサ』へと侵入を果たす少年少女。


「セレナ。念のため防犯シャッターを下ろす準備をしておけ。警備員と鉢合わせた時にお互いを遮れるように」


『イントラネットに侵入できないと申しましたでしょう。防犯シャッターやエレベーターなども掌握できません』


「……くそっ」


「陸斗、陸斗。陸斗ったら」


 先ほどから二の腕辺りをぷにぷにと指先でつつかれていた。


 無表情のくせに声だけで不満を表すメアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターであった。陸斗は腕を軽く払って、



「ああもう、何だよメアリー」


「私ならできます。陸斗のリクエスト一つで防犯シャッターからエレベーターまで何でもぶっ壊せます」


「壊すなよダメだよ馬鹿」


 リクエストを飛ばすかどうかはとにかくとして、エントランスに続く道路を二人で並んで歩いて行く。


 場合によっては運搬用のトラックなども入るため、道はかなり広い幅があるが、不法侵入の分際でド真ん中を進むのは躊躇われた。


 それでも身を包む緊張に吐き気がする。


「いいか、安全の保障はないからな。メアリー、何かあったら助けてくれよ」


「そこで何があっても俺が助けてやると言わない辺り、甲斐性が伺えますね」


「ふっ、知らないようだから教えてやる。俺はセレナがいないと何にもできない!」


「そこで胸を張れる辺り、やはりあなたは特殊な才能をお持ちです」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る