戦争の合間の平和



「メアリー、一応言っておく。このスマートウォッチだけは壊すんじゃないぞ」


「はい陸斗。……あの、一応私の事をどんなヤツだと思っているのか聞いても良いですか」


「いいか、これを壊されたらほんとにセレナとの通信手段を失う。ノートパソコンも軽いって言ったって持ち運ぶ訳にもいかない。良いな、絶対だぞ? 絶対だからな?」


「丁寧なフリでしょうか。実は今すぐ爆発させた方が良いのですか?」


「やめてッッッ‼」


 本当にスマートフォンを一台木っ端微塵にされているのでちょっと笑えない。


 結城陸斗とメアリーがやってきたのは、日本の中でも有名な家電量販店のビルだった。不思議なもので、家電量販店と併せてレストランだったり洋服店だったりが同じ建物に突っ込まれている。この辺りは、家電をコンビニのお弁当のように即決で買う事ができない人間性を狙いに来ているのかもしれない。


「……コーヒーを飲んだり洋服を見たりしながら家電に悩んで欲しいとか思ってるのかね。気が散って何も買えなくなりそうだけど」


 家電量販店の外にある案内板に書かれた他店舗の名前を見て、陸斗はげっそりしつつそんな風に呟く。


 ジーンズにパーカー一枚という格好の何とか防御力を上げる事に成功した白髪の少女・メアリーは瞳を拡縮させて、


「……人口密度が非常に高いです。陸斗を見失いそうです」


「だからきちんと着いてこいよー」


「お待ちください」


「うえっ」


 上着の首根っこを引っ張られ、陸斗は軽く気持ちの悪い声を上げる。


 一方のメアリーは特に謝罪する様子もなく、


「現在、私の機能が制限されてしまっています。今はあなたを判別できていますが、一秒後には陸斗を見間違えてしまうかもしれません。それくらい現在の私は不安定です」


「機能を制限? 解放すりゃあ良いじゃないか」


「ノー。できない事情があります」


「それは?」


「お答えできません」


「……そろそろその台詞を言い始めたらふて寝を決め込もうかと思うんだけどどうだろう」


「なのでこうしましょう」


 むぎゅっ、と陸斗の手が温かいものに包まれた。


 やはりその柔らかい感触はメアリーの手だった。彼女の細い指が陸斗の掌に絡みつき、心地良い感触が問答無用で触覚を襲う。


「なっ、ちょっ、メアリー……さん?」


「? 何を挙動不審になっているのですか? 昨夜だってビルの屋上で陸斗の手を握った記録があります」


「べっ別に動揺とかしてねえし俺はずっと平常心だし‼」


 メアリーのジーンズと肌の隙間から飛び出す尻尾みたいなアタッチメントが『?』のマークを描いていたが、陸斗としては詳しい心の動きを説明なんかしたくない。


 ……まあメアリーが昨夜のログを口にした時点で原因はモロバレしているのだが。


 大きく咳払いをしてから、結城陸斗はメアリーを連れて大型家電量販店へと入っていく。


「さて、まずはケータイショップかな」


『ボス』


 スマートウォッチが震える。


『保険に入っていたためスマートフォンの料金それ自体は掛かりませんが、新たにクラウドからデータをインストールしなければなりません』


「その辺りの面倒事は全部お前に任せるよ。一時間やるから設定も俺がよく使うものにカスタムしてくれ」


『オーダーを承認』


 平日のため人は少ない。


 ケータイショップは一階に入っていた。


 が、パソコンやらが並べられたコーナーを通りがかった時、唐突にメアリーが少年にもたれかかってきた。


「……ううー」


「めめめめありーさん!? 急に抱き着いてきてどうなってんの!?」


注意コーション。体温、心拍数、共に上昇中。ボス、女性慣れしろとは言いませんが、抗体をつけてください。何だか容易くハニートラップに引っかかりそうで不安です』


「セレナしゃらっぷ‼」


 これは機械これはマシンこれは無機物の温もり‼ と心の中で滝に打たれる理系高校生。


 そして当の白髪ロング少女といえば、ぐるんぐるん目を回しながら、


「……何だかここはくらくらします。陸斗、周囲の異物をまとめて削除する電波を放っても構いませんか?」


「構わない訳がない‼ 一体何千万円の負債を俺に背負わせる気だ‼」


 どうやら起動しているパソコンやらテレビやらに影響を受けているらしい。ハウリングみたいなものだろうか、と勝手に推測してみる。


 本当に体調が悪そうだったので、陸斗はメアリーの手を引っ張ってケータイショップへと急ぐ。あそこはモデルが飾られているものが多くても、起動して電波を飛ばしているものはかなり少ないはずだ。


「ほら、歩けるかメアリー」


「……ここで無理だと言ったら抱っこしてくれるのでしょうか」


「メアリー、見た目はお前の方がお姉さんなんだ。しっかりしてくれ」




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