機械的なその瞳




 さて、ここで問題が一つあった。


『ボス。本日の学校はいかがなさるおつもりですか?』


「授業には出ない」


 高校生とは思えない台詞を軽く発する結城陸斗なのだった。


 この理系少年、セレナというスパコンを作ってからというもの、教師陣からの信頼がハンパではなかったりする。何しろ大抵の教師が定時で上がれるようになったというのだから、全員が甘い顔をする環境が整ってしまっているのだ。


 ブラック企業の残業みたいなものを撲滅した少年に、スマートウォッチからややイントネーションのおかしい声が飛んでくる。


『ボスのお母様が学校をサボっている事実を知れば怒髪天でしょう。必死に説得して家を出たのですから、最低限の責任を果たさなければ』


「あー、うるさいうるさい。セレナを作らせてくれる学校がそこしかなかったんだ、仕方ないだろ」


 有言実行と言わんばかりの私服であった。


 小さくダメージの入ったジーンズにスポーツブランドのパーカーといったカジュアルな格好の陸斗だったが、リビングで頭を抱える事となった。


「……でも、学校には行かなきゃならないんだよなあ」


『レアメタル回収業者が学校の部室「地球らぼ」に来るのは約一時間後です。時間を一秒でもオーバーすれば違約金が発生します。正直、学校の経営が傾くレベルのものですね』


「ゾッとする話をするんじゃない。絶対間に合わせるから大丈夫だ。……ね、念のために回収業者の車のGPS信号を傍受しておけ。場合によっては交通信号を操作して到着を遅らせるくらいの準備はしておいてくれ」


『保険の掛け方が全力過ぎて不安になりますが、オーダーは承認しました』


 それより目下最大の問題が一つあった。


 今も窓際に寄って、朝の太陽の陽射しを浴びながら街を見下ろすメアリーに、彼は気付かれないようにそっとため息をつく。


「はあ……。メアリーの服ってどうすれば良いんだ。パーカー一枚で街中をずっとは無理だぞ」


『室内でもアウトです。……ボスの服を着せればノープロブレムなのでは?』


「……セレナ、ファッション雑誌、もしくは赤ん坊の服まで遡った方が分かりやすいか? とりあえず常識の範囲でデータの学習を開始。男女で服は分けるものだぞ」


『それもそうですね。では本日はショッピングでしょうか』


「スマホも新しく買わなきゃならないしな。……ちなみにセレナ、俺の貯金残高は?」


『ええボス。こちらです』


 スマートウォッチに表示される額を見て、少年は眉をひそめた。


「今月ってこんなに仕送りされてきたのか? 母さんめ、変に意地になっているんじゃなかろうな」


『わたくしの演算力を企業に貸与しました。主に交通渋滞の情報などを予測して取引しています。こちらは正体を明かしていませんから、企業側は優秀な占い師でも相手にしている気分かもしれませんが、予想結果が伴えば通帳は潤います』


「……あー、寝ボケてそんなの頼んだ覚えがあるな。ただ金を稼ぐ目的じゃなかったような気がするけど」


『ええボス。わたくしの演算力を試すためのタスクに過ぎませんが、ややスペックが高過ぎましたね。しっかり社会を助けてしまっています。……わたくしはボスだけを助けられれば良いのですが、ぶすー』


 ともあれ、お金がしっかり貯金されているのであれば、ショッピングに支障はきたさないだろう。


 ふむ、と考えるように息を吐いて、


「まあ、冬用のマフラーでも見るついでにメアリーの服も見てやるか」


『素直に可愛らしい服を着たミスメアリーが見たいと言えばよろしいのでは?』


「どう文脈を摑み損ねたらそうなるんだよ」


 そんな訳でジーンズを一本自室から持ってくる。


 言わずもがな、下半身丸出し(一応パーカーが長めなので隠れてはいるが少ししゃがめばもう危ない)の少女の防御力を上げるためだ。


「メアリー」


「……陸斗」


 窓から見える景色を見て、メアリーは小さく口の中でこう呟いたのだ。


 あくまでも無表情で。


 何を考えているのか分からない声色で。


「……こんなにも」


「?」


「こんなにも、太陽というものは眩しいのですね」


「……メアリー?」


「小さな人の身で何十倍もの高さの建物を作り、生活を楽しむために日々を過ごし、行き交う人々は笑顔で限りのある人生を謳歌するために必死で生きている」


 笑みはない。


 なぜだか哀しそうな顔をして、メアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターはそんな風に言ったのだ。


「……素敵な場所です」


「俺はそんな風に思った事はないけど」


 ジーンズを手渡しながら、結城陸斗はやはり首を傾げた。


「隣の芝が青く見えるってだけだよ。色々複雑なシステムが出来上がっているから大変なんだ」


「それは世界をより良くしようと賢人が努力した結果だと思います。陸斗もそれを分かっているからこそ、その煩雑なシステムに従っているのでしょう?」


 はあ、と頭の後ろを掻いてから少年は吐き捨てる。


「やめよう、こんな堅苦しい話。俺は優秀な秘書プログラムと機械いじりできれば、そこそこ人生を楽しめる人間だから」


「……それはとっても素敵ですね」


 真顔でそう評価されてしまった。


 あるいは、ただの無表情を陸斗がそう捉えてしまっただけなのか。


「メアリー」


「はい陸斗」


「それを穿いたら街に出よう。色々とやらないといけない事がある」


「……楽しみです」


 はしゃぐでもなく、笑顔になるでもなく、彼女は緩く口角を上げてそう言った。


 わずかに表情を緩めた彼女に、結城陸斗は思う。


 こう思って、しまったのだ。


 その楽しみに、期待に。



 応えてあげたい、と。





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