レアメタル暴走タスク
夜も更けてきた。
今日は徹夜で学校にお泊まりだ。
制服ではなくTシャツにパーカーといった格好の陸斗が運動部用のシャワーを借りて部室に戻ってくると、雪先輩と同級生の男子が帰ったはずのその空間には見慣れた少女がいた。
茶髪ショートに花柄のカチューシャをつけた、三澤花恋である。
「何してんの花恋? というか電子ロックのついているこの部室にどうやって入った訳?」
「どっかの科学バカにお弁当持ってきてあげたのよ。お昼は奢ってもらっちゃったし」
手を繋いだり回し飲みしたりするのは平気なくせに、こういう時は恥ずかしさを覚えるのか何だかもじもじしながらお弁当の袋をぷらぷら揺らす花恋。
「あと、電子ロックはセレナちゃんにチャットで一言お願いしたら開けてくれたわよ」
「……なあセレナ、お前割と俺の言う事じゃなくても聞くよな。あんまり他の人間になびかれると製造者としては嫉妬しちゃうんだけど」
『それは失礼、考えが及びませんでした』
とはいえ、玄関に踏み込んできた時点で三澤花恋のドアを開けるオーダーは承認されていたのだから、今さら文句を言う事でもないかもしれない。
部室の休憩スペースにある、即席のバーベキューセットの折り畳み式のテーブルに腰掛けてありがたく三澤家特製のお弁当をいただく事に。
「今夜はコンビニ弁当にしようかと思っていたんだけど」
「こんな時間にコンビニ行くなんて危険よ。ヤンキーが溜まっていたらどうするの」
「花恋、たぶんお前の脳内にある深夜のコンビニは時代遅れだ」
「まあ良いじゃない。ほら、昼ご飯も奢ってもらったし。にっひひ」
「くそう、たまにジャンケンに勝ったからって良い気になってやがる……」
「ていうかあなたの勝率おかしいのよね。ジャンケンって回を重ねるごとに三割三分三厘の確率に寄り添っていくものでしょう?」
「その数学に寄りかかった意見、俺の今日の数学の小テストの出来をディスっているって受け取って良いのかな」
若干凹みながらも、両手を合わせてから揃っていただきますを言った。
ちなみにお弁当はサンドイッチだったので、お箸は使わず手摑みだ。
軽い世間話のつもりなのか、それとも陸斗の食べる様子を見てか、花恋がねえねえとテーブルの下で足を絡ませてくる。
「何だよ」
「お弁当、何か入れて欲しいものある? お母さんが陸斗の食べたいもの入れてあげるよって言ってた」
「ビーフシチュー」
「お弁当って聞こえなかったかしら」
「いや、マジで花恋のお母さんのシチュー系は最強。ほんとにあれはレストランで出せるレベル」
「分かる、私も大好き」
うんうんと頷いていると、花恋が可愛らしく顎に指先を当てて、
「陸斗って私と好きな食べ物似てるわよね。私が嫌いなものは陸斗も嫌いだし」
「小さい頃から花恋のお母さんの料理食べる事が多かったからね。好き嫌いは似通うんじゃないか。普段の生活とかで体臭とかも変わるらしいし」
「ふうん。でも梅干しとトマトとナスは食べられない、と」
「何が美味いんだアレ」
「舌がロリコンなのよ」
「味覚が大人じゃないって言おうな。何だかそれ言われた男子はすげえ傷つくから」
ケタケタ笑いながら、お行儀悪く花恋がテーブルを立つ。
普段は入らない大きな部室を見回したくなったのか、一際目立つコンテナ三つ分の塊を見上げる。卵サンドを咥えながら、オデコを丸出しにした少女は問いかけるように言う。
「すごい……。これがセレナちゃん?」
「見るの初めてだっけ」
釣られるように席を立った陸斗も、自信作に関心を持たれるのが嬉しいようでご機嫌に返答する。
「綺麗だよな。本当に俺が作ったのかってくらい」
「うん、すごく綺麗……」
黒光りする金属の素材に月明かりが反射して、自然界にはない輝きを放つ、それ。
だが価値が分かっていても黒い塊をずっと見つめ続けるというのも苦しい作業なのだろう。咥えていた卵サンドを食べ終えると同時、花柄カチューシャの少女は何やらキョロキョロし始めた。
「どしたの花恋」
「ねね、部員のみなさんは帰っちゃったの?」
「もう夜の一〇時だぞ? 帰ったに決まってるだろ」
「ずっと寝てるって噂のオリヴィア先輩も?」
「あの人にも帰宅って概念ぐらいあるよ」
「じゃあじゃあ、雪先輩は? あの人ってすごく美人よね?」
「ああ。花恋と違って男の願望を叶えるかのように胸にとんでもない果実を抱えた素晴らしい先輩だ」
「ああん? ケンカ売ってるならそう言いなさい」
「というか急にどうした訳? 質問の意図が読めないよ」
「そりゃあ陸斗の身辺調査に決まってるでしょう。先に恋人を作られたらなんか人生経験を大きく超えられたみたいでムカつ―――
花恋がそんな事を言った瞬間であった。
まさに刹那、事件が起こる。
部屋中に搭載された高性能スピーカーから、二人の少年少女の鼓膜に叩きつけるような爆音が響いたのだ。アラームのような耳障りなその音は、確かセレナシステムに登録した警告音だったはずだ。
『
「なっ!?」
慌てて体育館ほどの大きさの部室の中央にある、円柱のガラスケースを見やる。隣で警告音に驚いてびくりと全身を震わせた三澤花恋を気に掛ける余裕もなくす。
そして結城陸斗は目を剥いた。
赤紫色に薄く発光していたはずのレアメタルが、信号の色よりも少し青いブルー系の輝きを放っていたのだ。輝きだけを見れば美しいと感動できたかもしれない。しかし、恐怖を感じるほどに不気味であった。
掌の中に収まりそうなほどに小さな石の豹変に、二人の少年少女は地面に縫い付けられていた。
『ボス。どうか指示を』
「っ! そ、そもそも何をしてたんだ!? 俺はレアメタル解析のアクションはストップさせていたはずだ!」
『仰る通りです。ですので原因が不明と申しました』
であれば、学校に備え付けられたシャワーを使う前に行っていた解析実験が後になって結果を出し始めたとでもいうのか。まるで遅効性の毒を注射されてから今になって暴れ出す未確認生命体のように。
スマートフォンを握り締める陸斗はガラスケースのデータ管理ソフトを呼び出してから、大きく舌打ちする。わずかにレアメタルから離れながら、スマホに向けて指示を飛ばす。
「くそっ、とりあえずガラスケース装置の電源を落とせ!」
『
「解析機材にだけは電気を通すんだ、他の電源は一度切れ!」
『オーダーを承認』
お弁当をわざわざ持ってきてくれた花恋はもう半ばパニックだ。
初めての避難訓練で勝手が分からない子のように、あちこちに目線を泳がせている花恋。それを見て、さらに陸斗の中で焦りが生じる。
「レアメタルのリアクションで分かってる事はあるか!? 傍から見れば赤紫色に輝いていた石が青く輝き出したようにしか見えないけど!」
『ガラスケース内の空気中の成分が変化したのを確認しました。どうやら物質が分解されているようです』
「はあ!?」
この四日間、今まで何をしたってうんともすんとも言ってくれなかったくせに、一体何が作用したのか次々と不思議を突きつけてくるレアメタル。
原因を突き止めようとするために仮説を立てようとするが、しかし状況は待ってくれない。
レアメタルのアクションの方が早かった。
唐突だった。
甲高い音が一度響いたらと思ったら、レアメタルの収納されたガラスケースがひび割れたのだ。ソプラノボイスでワイングラスを割る素人のチャレンジ動画を思い出す。共振や固有振動数などの現象も利用していないはずなのに、何の衝撃も受けていないはずのガラスケースが一気に崩壊を迎えようとする。
『不可思議な現象です』
「見たら分かる! 詳細を!」
『電磁波とプラズマを感知しました。数値は現在も上昇中。現象自体は自然界に存在するものです。雲が雷を生み出す時の反応に酷似していますが、室内や地上で発生する事はまずあり得ません』
「ガラスケースを解放するな! こっちの空気まで分解される可能性があ……」
『どうやら手遅れのようです』
今度こそガラスが叩き割られる音がする。
レアメタルが収まっていたケースが木っ端微塵に吹っ飛んだのだ。しかし、陸斗はガラスが割られた事よりも、もっと別の事に呆気に取られていた。
「何だ、あれ……」
紫電。
細い足の台座の上に置かれた、掌サイズの石から静電気を何倍にも膨れ上がらせたような凶悪な音を鳴らす紫電が走ったのだ。細く青い電気が台座から溢れ出す。周囲の床や壁にまで届きそうな勢いであった。
「おいおいおい……ッ!?」
「ねえ陸斗、これって……ッ‼」
『
「っ‼ 花恋、部室を出るぞ‼」
「きゃっ!?」
陸斗が花柄カチューシャの少女の手を摑む直前だった。
レアメタルから放たれている紫電の性質が大きく変わったのだ。
雷のような散り散りの電気から、まるでレーザーのような光線を放ち始める。青白い光線は決して太くはないが壁や天井、床の部分を確実に削っていく。というよりも、熱で蕩けさせているという表現の方が正しい。レーザー系の熱光線がホースの口を塞いだ水のように暴れ回る。
そんな中、陸斗が一番に気にしたのは、部室の端の床を埋めるように置かれているコンテナ三つ分の黒い塊の事だった。
「っ、セレナ! 緊急システム起動、籠城プロトコル発動!」
『オーダーを承認』
三次元パズルが自動的に解けるような音がして、金属が擦れるような音と共にセレナの本体が耐熱耐衝撃の強化ガラスで包まれる。
建物の崩壊や他者からの破壊工作に耐えられる構造にするためのプロトコルだが、プラズマの熱光線にどこまで耐えられるかは分からない。
青白いプラズマ熱光線が暴れる中、スマホから人間らしさの欠けた人工音声が聞こえる。
『ボス。わたくしを優先してくださるのは至福の極みですが、どうぞご自分の命を守る事に集中なさってください。もしミス花恋を死なせるような事があれば、二度とボスと口を利きたくありません』
「ああもうっ、頼まれてやるよ‼」
ヤケクソ気味に叫んでから、花恋を外に連れ出す。
最初の一歩を踏み出そうとした時であった。
ついに、最悪の事態が巻き起こる。
ホースの口を指で塞いだ水のように無差別に乱射されるレーザービームのような光線が、再び性質を変える。
収束したのだ。
それは一本の大きな熱光線になったと思ったら、二本の分厚いプラズマ光線となって輝く。もはや近未来映画のレーザー砲だ。レアメタルを基準に上方向と下方向。圧倒的な厚みと出力の熱線が散る。
そう、それは敷地を覆うように。
体育館のように大きな部室、その中央を丸ごとぶち抜くほどに。
「ふざけろ……ッッッ‼‼‼」
花恋の手を握り締めて、部室の扉の方を睨みつける。
「セレナ! 扉の電子ロックを解除‼」
『オーダーを承認』
まるで砲丸投げの選手のようだった。
大きく振り回した花恋をそのまま扉の方に投げつける。気を利かせてセレナがロックだけではなく、扉を開放してくれたのは僥倖だ。二回ほど床にバウンドした花恋の体が部室の外に転がって行く。
陸斗もレアメタルから距離を取ろうとする。すぐに部室の外には行けなくても、爆撃のような光線を放ち始めた石から必死で逃げようとしたのだ。
しかし。
壁の方に一歩を踏み出そうとした瞬間であった。
床の感触が。
消えた。
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