レアメタル解析タスク

 数学の小テストが本気で謎だったり、いつも二人分の昼食を持ってきてくれる花恋が弁当を忘れたため学食に行き恒例のジャンケンをするとセレナの予測演算結果が見事に外れて二人分の昼食代が財布から飛んで行ったり、五時間目をサボろうとしたらセレナが花恋にチャットアプリを通じて盛大にバラしたため再び教室に連行されたり、六時間目に爆睡をかませばドS系の女教師による伝説のチョーク投げが少年の額に炸裂したりと波乱が続いたが、概ね今日も元気いっぱいの学校生活なのであった。


 退屈な授業を終えると、ようやっとの自由時間だ。


 普段ならば気分によって部活に出るか家に帰るかを決める結城陸斗であったが、今日は少し事情が違う。


「陸斗ー? 今日どうするのー?」


「部活に行くよ。今日でレアメタルちゃんと会えるのも最後だし」


 幼馴染と何人かのクラスメイトに手を振って教室を出る。


 担任の先生からの『放課後職員室に来てくださーい』はなかったため、どうやら三日連続のサボりについては、今回は見逃してくれるらしい。国際研究所から借りられたレアメタルの件を知ってくれていたのだろう。


「再び部活で結果を出すならそれで良し。……そんな風に思われているのかね」


『ボス。かもしれませんね』


 制服のポケットに入れたままのスマホから、そんな人工音声が聞こえてくる。相槌を打ちながら、陸斗はある提案をした。


「セレナ。明日休みだよな? メンテナンスができる内にお前の様子も見ておこう」


注意コーション。そのタスクはレアメタル解析タスクにかける時間が削られる事を意味しています。本当によろしいのですか?』


「ああ、大切な助手だからな。仕方がない」


『オーダーを承認。よろしくお願いします』


 陸斗の通う学校はこの街で一番大きな敷地を持つ私立高校なので、教室から部室まで歩けば階段などの上下差も加えて一〇分は掛かる。


 空港や大きな駅にある段差のないエスカレーターでも設置して欲しいものだと素直に思うが、これ以上だらしない事を言うと花柄カチューシャの女の子が飛び蹴りをかまして来そうだったので、口に出すのはやめておく。


 ほぼ体育館みたいな部室に到着すると、スマホを押し付けて入り口の電子ロックを解除する。


「こんにちはー」


「あら、こんにちは陸斗クン」


「お疲れ様です……って何やってんです雪先輩!?」


「ふっふふ、勝手に私のゲームアカウント使って全国大会で無双しようとしていたクソ馬鹿オタクを締め上げているのよ」


 花恋には絶対にない色気と爆乳をこれ以上なくアピールしながらそんな風に言うのは『地球らぼ』と名付けられた小さな部活の部長である。


 黒髪ロングのポニーテール。堅苦しいのが苦手なのか、制服を着崩しているために巨乳がこれ以上ないほどに強調されているが本人は見られる事にこれといった羞恥は覚えないらしい。


 そして普段は大らかで優しい先輩が、陸斗の同級生をこれ以上ないほどにシメていた。


 体育館程度はある部室に存在する五台のロボットアーム―――自動掃除機のような駆動系の足に、三本の指先を持つ液体人工筋肉の腕を搭載した高級マシンである―――を三台ほど利用して、どこから持ってきたのか知らないがガチの縄で陸斗の同級生をグルグルに縛り上げていた。それだけならまだ助けを乞うだけの余裕があったかもしれないが、口に猿ぐつわを装着され、そしてなぜだかほとんど半裸であればSOSは出せないだろう。


 ちなみに同級生はもちろん野郎なので詳細な説明は必要ない。


「気持ち悪い変態にしか見えない‼」


「何を言う、陸斗クン。こいつは立派な変態だろう。何せ格闘ゲームで新たなハメ技を発見しただけで失禁するようなキモ男だぞ」


「うわあ、ド変態だ……っっっ‼」


「……その、君もそこそこ辛辣なヤツだな? ちょっとは同級生を庇う気概とか見せても良いんじゃないのかね」


「まあ雪先輩の手の中にある鞭には何も言いませんけど。そしてどうしてそんなの持っているのかなんて俺は善人ですから追及したりしませんけど。ただ一つ言うのであれば場所は選んで欲しいなっていうか。部室で趣味に興じるのはあんまりオススメできないなっていうか」


「ばっ!? ひょっとして陸斗クン、本当の変態は私だとか思っていないか!?」


「まあ人を変態だって攻撃して自分に疑いの目が向かないようにするのって『そういうヒト』の常套手段だったりしそうですし」


「全体的に風評被害だっ‼」


 ともあれ、こう言っておけば未だに一言も台詞らしい台詞が聞こえてこない男の同級生が激しく鞭で打たれる事もないだろう。……プライド的にはもう手遅れかもしれないが。


「雪先輩、勝手に機材使いますけど良いですよね?」


「構わないよ。今日はセレナのメンテナンスからかい?」


「そんなトコです」


 行動が露見している辺り、雪先輩の頭脳の回転は少なくとも幼馴染の三澤花恋以上と見るべきだろう。


 そんな感想を適当に思い浮かべながら、陸斗は体育館の少し奥へ。


「こんにちはっすー、オリヴィアせんぱーい」


「ん、……にちは……」


 いつも部室に布団を敷いて、寝てばかりの金髪ハーフな先輩がそんな風に返答してきた。


 これでも彼女は仕事中で、睡眠効果や睡眠導入時の現象などを解析するために自らを実験台にしているストイックな少女だったりする。


 そして金髪をウェーブさせた美人の先輩の横を通り過ぎてから、結城陸斗は大きな長方形の箱の形をした、黒い本棚みたいなマシンに近づく。コンピューターを並列に接続させた事で処理速度を増幅させ、高度なインターフェイスと化した秘書プログラムの本体。


 セレナ。


 側面には手書きのサインで『SE.RE.NA』と書かれていた。誰の力も借りずに、陸斗が一人でゼロから作り上げた努力の結晶である。

 サイズとしてはコンテナ三つ分くらいはありそうなそれに、彼は片手をつけて、


「やあセレナ。不調なトコはあるか?」


『いいえボス』


 返って来た人工音声はスマホからではなく、部室のあちこちに搭載されたスピーカーからだ。かなりのハードを搭載しているはずなので、やろうと思えばここをクラブハウスみたいにできるはずだ。


『徹底的に設定された基礎数値は揺らいでいません。ただし冷却効率が約二・五%ほど低下しています。水冷装置のポンプ機材にガタが来たか、もしくはポンプ内か排泄口にゴミでも詰まっているのかもしれません』


「そうか、見てみるよ」


 セレナは優秀な秘書プログラムだ。


 代わりにスーパーコンピューターであるために、莫大な電力を喰う。最大稼働時は五万世帯分もの電力を使用するため、学校側にも特殊な申請が必要だった。


 それでもこうして存在できているのは、製作を完了してから学校側のタスクをセレナが手伝っているからだ。教師陣からの評価はすこぶる良い。何と学校側の仕事は四割以上もセレナが担っている計算になる。


 結城陸斗はコンテナ三つ分の黒い塊の側面に搭載されたタッチパネルを操作しながら、


「セレナ。いつもの『誤魔化し』は効いてるか?」


『はいボス。Wi-Fiから通常の生活用電気代、水道代からガス代に至るまで、諸々の経費にわたくしの使用電力費用を組み込みました』


「良いぞ、これからも続けろ。……何せ最大稼働時の消費電力は五万世帯分だ。馬鹿みたいに電力を喰うからこれ以上置いておけないなんて学校側が結論を出してみろ、ここに解体業者が乗り込んでくるぞ」


『笑えない冗談ですね』


「いや真実なんだけども」


 軽くそんな風に言い合えるのは、やはりセレナが優秀だからだろう。


 学校側を欺く『偽装』さえ行っていれば、もはやこの秘書プログラムが脅かされる事はない。どこかの大学にセレナのユーザー権限を貸し与えて本体を置いてもらうというのも一つの手だが、せっかく一人の手でこしらえたのだ。せめてもう何年かは贅沢に一人で技術を独占したいというのが本音であった。


「この高校にも地下への強化工事が入る予定があったはずだ。そっちの方はどうなってる?」


『地下に重要な資源、もしくは国宝級の埋蔵文化財が存在する可能性を示唆しました。デコイの情報ですが、全ての敷地を調査するには膨大な時間が掛かります。推測の域を出ませんが、少なくともボスが卒業するまでに強化工事が行われる事はないでしょう』


「そりゃ助かる……。強化工事をされるとポンプとか防塵系の対策でよそにお前を移動させないといけなかっただろうし」


 ほっと一息つく。


 それと同時にセレナの不調の原因を見抜く。液晶パネルのデータを一通り眺め終えてから、少年はささやくようにこう言った。


「……たぶん排泄口にゴミのパターンだな。セレナ、汚物除去システム起動」


『オーダーを承認』


 物の数秒で結果は出た。


 セレナの操作タッチパネルが薄い緑を伴った青色に光る。


『冷却効率一〇〇%。タスクを完了しました。お疲れ様です、ボス』


「じゃあお次はレアメタルだ。お待ちかねだな」


 部室の中を移動する。


 体育館みたいな空間の中央に行くと、まるで宝石店みたいに飾られる赤紫色に発光する石があった。


 ここ四日、見飽きるほどに眺めていたというのにほぼ何も成果を得られていない。おそらく現段階で報告書を出しても、全て既知の内容だと一蹴される事請け合いだろう。


「……セレナ。残り時間は?」


『明日の朝には返却のための業者が来ます。おおよそ一五時間が良いところでしょう』


「約半日か」


『そして休憩や食事などの時間も考慮しますと、約一二時間が現実的と言えます』


「半日確定、か」


 うなだれる程度の絶望感はあったらしい。


 正方形のガラスケースに守られて細い足の台座の上に収まる、そのレアメタル。そもそも赤紫色に発光している意味が分からない。昼間に光を蓄積している訳でもなければ、暗くしたからと言って急に光り出す訳でもない。そして成分の分析結果によれば、発光したとしても青系の色でなければおかしいのだ。


 しかもその肝心の石の成分も半分以上が解析不能ときた。


 あまりにも未知が多い。


 流石はレアメタル。


 未知過ぎるがゆえに技術の進歩を待ち、未来にその解析の可能性を託されたというだけの事はある。


「そもそもX線すら通さないなんてどういう了見だ……? レントゲン写真くらい見せてくれってんだ」


『昨夜、ボスが眠っている間にも七八〇五通りの方法で解析を試みましたが、いずれも撃沈されました』


「ハンマーで叩き割ってみるか?」


『お疲れなのは分かりますが、国際研究所から借りたものである事を忘れないでください。傷の一つでもつければ一生借金生活かもしれません』


「恐竜の卵を前にした気分だ……。生まれないものを温めて意味はあるのか……?」


『では逆に冷却してみますか?』


「やってみるか」


 あと一二時間はあるというのに化学反応を見るための解析手段に迷っている辺り、早くも行き詰まっているのが分かるだろう。


 さて。


 許された時間は、残り半日。スマホの画面を指先で叩きながら化学薬品での冷却を試みる少年は、今にも頭を抱えそうになりながらこう呟く。


「……奇跡を祈ろう、セレナ」


『初日から仰っていますね、ボス』




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