届く前に終わる恋

ヘイ

失恋とは言えないかもしれないけど

 俺は人が……。

 別にどうでも良い話だ。誰が誰と付き合ったかなどと、興味なんてない。なんて、取り繕えば、アホらしい。

 俺は異性、なんかそれっぽくカッコつけて言ってる気がするだけだから、女子に直す。女子には普通に興味がある。

 それを表に出さないとか、なんだとか。

 俺は表に出しているはずだけど、誰にも気にされたことがない。

 ミスター人畜無害の称号を手にしてしまえると自負はしないが、他薦はされるんじゃなかろうか。

 あ、そもそもそこまで認識されていないから人畜無害の代表に選ばれるほどの票数をかき集められないか。

 ポーカーフェイスは苦手で、常々、笑ってばかり。困った顔も怒った顔も、ここ数年浮かべてられない。

「ああ、なんだ。まあ、高校生が誰かと付き合うくらいなら普通だよな」

 何て、自分に言い聞かせているのか。自分だけが違う現実に打ちのめされそうになっても、なんとか踏ん張ろう。

 俺だって、好きな人が何人かいるかもしれないだろ。

 そうやって嘘をついてるわけじゃないんだ。

 手を繋いで歩く、仲睦まじい彼ら彼女らに嫉妬なんて覚えないさ。末長く爆発しろ。何て、笑って見てやるさ。

 俺なんか、嫉妬の炎を燃やすなんてアホらしい話。大罪抱くなんて、何も残せない俺にゃ、大禁忌。

「よかったな、こんにゃろ」

 親友の恋も、友達の恋も、兄弟姉妹の恋も俺は応援するさ。

「何してんの?」

 何て声に驚いてみれば、それは言い訳がましいか。普通に驚いて、肩を震わせてから、俺は呼吸整えて、正面に向けた。

 何だか胸が苦しいな。

 なんて、悪ふざけで、自分を保つ。それが俺みたいな奴がなんとかなる理由。

「いや、別に」

 カッコつけなんて様にならないことくらい分かってるから、キザったらしい言葉を吐くよりは、こうやって言葉も飾らず、削ぎ落としたほうがよっぽどマシだ。

「へー、あの二人付き合ってんだ。知ってたの?」

「……二日前からだから、知らなくても無理ないだろ」

 彼女の視線から、俺は逃げる。いや、逃げられるわけはないんだけど、彼女のことを目に入れるのは勇気が必要なんだと。

 初恋拗らせ男にできるくだらない些細な抵抗がこれで、むしろ嫌ってんじゃね、となるくらいにはアホらしい算段。

 むしろ嫌われてんじゃね、どう思ってんだろうと自意識過剰。

「何で、林田はやしだは知ってたの?」

「ずっと、ずっと言ってたんだよ」

 好きな人がいるとか。

 どうしたら良いかとか。

 分かるわけもないけど、そんなの俺に言うなよって、そう思いながらも結局あいつは上手くやったって訳だ。

 相談なんて、何やるか決まってるくせに話しかけてきて、付き合えたなんて事後報告、聞かされて幸せそうな顔を浮かべて、俺の気持ち、考えたことあるのかよ。

「で、先日、上手くいったとさ」

「そうなんだ。じゃあ、林田は恋愛マスターなんだね!」

 どうだか。

 現にこうやって、好きな人にも目線を合わせられないほどに臆病な俺のどこが恋愛マスター、スーパーパーフェクトマンに見えるのか。ハードル上げすぎだよ。俺は靴を履いて、学校の生徒用玄関より外に出る。

 秋風が染みて、ああ、なんて言うか、もう一年が終わるんだなんてセンチメンタルになってしまう。

 夕焼けも、歩く人も、頰をさす様な風も全てが感情を揺さぶるわけで、手を繋いで歩くカップルを見て、学生の青春なんて人それぞれだと強がって見せる。

 言い聞かせるには無理がある、デートなんて時間の無駄。惰眠を貪ったほうがいい愚行なのだと、生活指導対象なのだと、そうやって灰色に埋れていく。枯れ葉とともに落ちていく俺の恋愛。

 彩りなんて求めても、届かない果実に手を伸ばすほどでもない。どうせそれは毬栗いがぐりで触れて仕舞えば手を傷付けられる。

「どうしたの?」

「いや、別に何でもないですよ」

「何で敬語?」

「それは……、俺は普段こんな感じですけど」

 女子と話すときとか、特に仲良くもない人と話すときとか。もう少し、接点生まれてからなら俺も砕けるさ。身も心も。

 冗談。

 なんて、初対面にゃ伝わりもしないのに言ってみたくなる。悪いくせだ。

 どうせ、心の中でふざけるくらい許してほしいものだ。そうしなきゃ平静を保てないんだから。

「そうだ、なら私も林田に相談したいことがあるんだよね」

「何ですか?」

 初恋の人のことなら何でも知ってるなんて、俺は別に彼女とかいたことないし、付き合ってもいないのに、知っているわけがない。俺は知らない人に誕生日を祝われても困るから、きっと彼女は俺に興味もないだろうからそう言ったことを覚えるつもりもない。

 知ってるのは見ていて分かることだけ。

 誰にだって分かること。

 彼女のことを教えてほしいと言われたら、俺が教えられるのは誰にだって分かることばかり。

「好きな人がいたら、どんな感じなの?」

「……心臓が痛いとか、手汗がすごいとか?」

「そうなんだ」

 知らないよ。

 俺は苦しさだけ抱えて生きてきたんだから。それが報われることなんて一度もないし。

「んー、ありがとね」

「どういたしまして?」

 何で感謝されるのか。

 もしかしたら、彼女はこの答えに満足したのかもしれない。そうじゃないなら、それでも構わないけど。

 答えた後で、恋愛はホラー映画と同じなのかもしれないとか、どうでもいいこと考えたけど、本当にどうでもいい。

「あ」

 忘れ物。

「どうしたの?」

「忘れ物しました」

「そっか、じゃあね」

 そう言って、彼女は普段どおりの笑顔を見せて、俺に小さく手を振った。

 財布を学校に忘れてしまった。

 名残惜しい気もしながらも、俺は急いで学校の中に戻って、階段を駆け上がっていく。

 教室には誰もいなくて、寂しい様な、いや、どうでもいいか。俺はそんなこと気にした覚えなんて一度もない。

 ロッカーを開けて財布をポケットに突っ込む、前に中身を確認する。

 何も盗られてないことを確認。

「喉渇いたなー」

 そう呟いて、自動販売機のある一階ホールへ向かうことを決意。決意なんて言うほどのものでもないけど。

 行きと帰りは違うんだなんて言って、ゆっくり階段を降りてから玄関を通り過ぎていく。

 何だか、話し声が聞こえて、どうせいつもの運動部の楽しみだろう。なんて結論づけて踏み込もうとして、右足が止まった。

 と言うのも、一人の男子と、先程の彼女の声が聞こえたから。

「付き合ってください!」

 その声に、俺は振られろ、なんてバカみたいな祈りを捧げて、背中を向けていた。答えを知りたくなかったから。

 その声の主人を俺は知っていて、告白した相手も知っていて、俺は好きな人に俺なんかじゃ及ばないんだって考えていて、これ以上にない事なんだと思いながらも、自分がなることを望んでいる様だ。

 などと冷静を装って、結局、本当の本当に心の奥底から俺はただの臆病者だったわけだ。

 俺は何を思ったのか、振り返った。

 答えなんて合わせなくともよかった。

 今まで以上に心臓が痛んだ。

 夕日が包む、ホールの中で彼らは唇を合わせて、啄む様な軽いキスをした。

 フレンチキス。

 と言う言葉は勘違いされがちだが、あれはディープキスという意味があるらしいと、いつも通りにふざけた考えが思い浮かぶ。

 誤魔化してしまおう。

 俺は彼ら彼女らの幸せを願っていて、別に誰が誰と付き合っても関係ないだろう。失恋なんて悟られなければ失恋じゃないんだから。

「あ、林田!」

 声をかけられて、俺は笑った。

 頰を赤らめさせていたのは彼女の気分の紅葉だったのか、窓から差す夕日だったのか。

「まだ帰ってなかったんだ」

「いやぁ、ちょっとね」

 なんて言って、彼女は隣にいる男子を見上げながら言った。苦笑いする彼に俺は心の底からこう言おう。

 

 ーー上手くやれよ。

 

 って。

 自動販売機まで歩いて行って、俺は飲み物を買った。

「じゃあ、また明日」

 今日も寂しく、家まで帰ろうか。

「ありがとね」

 その言葉になんて返していいか分からないから、俺は何も返さずに歩く。

 ああ、後から聞いた話。

 どうにも彼と彼女は幼馴染みだったらしい。初めから俺は入る隙間なんて無かったわけだ。

 振り返れば、彼女たちは仲良く、見送ったカップルの様に指を絡ませ、手を繋いで歩いていた。

 俺は人が、好きだ。嫌いになんてならない。なるつもりはない。

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