Ep.1 危険運転実行中

 本日も気だるくなる位の晴天。少しばかり暑くなる今日この頃、近所のコンビニの前までやっとこさ歩いてきた。自転車がパンクしてしまったものだから、わざわざ足で移動しなければならないことがかなり億劫だった。

 特に朝早いということがポイント。

 昨日の夜、寝るまでは食料や洗剤が尽きているとは思っていなかった。油断せずに昨日確認しておけばと思いながら、眠い目を擦ってコンビニに入ろうとしていた時だった。


「血が出てるところを必ず縛って! さっき言った圧迫止血法も試してみて! 今すぐ行くから! 待っててよ! 絶対に助けるからっ!」


 血。

 そんな物騒なワードが聞こえてきて、肌がピリついた。その上、圧迫止血法との言葉。確か刃物に刺された時の対処法ではなかっただろうか。しかも、刃物が抜かれた時、だ。大量出血を止めるためにやる応急手当だったはず。

 何があったのかと声がした方を確かめた。

 目の前に渋滞が起きている。

 その中には黒い車に乗った赤渕眼鏡の女性がいた。彼女は僕の方を見やると、すぐに路上駐車をした後、呼び込んできた。


「乗って!」

「えっ!? あっ!? はいっ!?」


 半ば誘拐ではなかろうか。そんな勢いで彼女は助手席に乗るよう指示を出す。あまりにも彼女が険しい顔だったから断ることなどできやしない。我ながらビビりな人間だと思いつつ、事情を聞くことにした。

 普段はおっとりした赤葉刑事に、だ。彼女はハンドルを握りつつ、頭を当てて「大丈夫……大丈夫」と何度も繰り返す。目の前のカーナビからは何ともか弱い男の声が聞こえてくるばかり。


『警察も救急車も呼んだけど、来るの遅くないか……』

「今日は土日で道が混んでるのよ……現に今も、ね……」

『早くしねぇと……犯人にも逃げられちゃうんじゃ……鳩倉はとくらも……』

「弱気にならないで……! もう少し! もう少し!」


 彼女の焦りが運転にも表れていた。徐行運転でかなり危険な状態だ。

 何か途轍もない事態が発生していることは会話の中で受け取れた。しかし、だ。このまま彼女の心が壊れそうな状態で運転を続行させると、事故を起こしかねない。

 僕が事故に遭うためだけに乗せられたなんて虚しすぎる。

 落ち着かせることに集中しよう。


「赤葉刑事……落ち着いてください。外にも聞こえるような大声で何があったんですか……!」

「あっ、窓ガラス開けちゃってたんだ……何処まで聞いてた?」

「いえ、止血法の話しか聞けてませんので……何が起きたのか」


 どんな酷いことが起きていたのか。知ることに覚悟は必要だった。けれども話すことで少しでも落ち着いてほしいと願う僕は自然と口を出していた。

 彼女はとても辛そうな面持ちで状況を語り始めていく。


鴨月かもづきくん……鳩倉くん。二人共、昨日までアパートの一室で一緒に飲んでた友達なんだけどさ……。わたしは先に帰って、二人は夜明かしして飲んでたみたいなんだけどさ……今朝になって携帯に電話が掛かってきたんだよ……強盗に入られた、助けてってことで……鴨月くんが鳩倉くんが強盗に刺されたってことで……」


 話すことによって落ち着けば。今にも泣きそうな彼女に対し、質問を続けていく。


「すみません。救急車や警察は呼んだんですか?」

「それは……鴨月くんが鳩倉くんの携帯でやってるって言ってた……。もう一つは強盗に入られた時からずっと通話を続けてる……」

「で、ずっと状況を教えてくれているって状態なんですね……」


 渋滞が無くなり、車が動き始めていく。

 そこで「そういうことなのか……」と状況を把握していたところ、何者からの視線を感じ始めていた。

 何か、見られている。


「……あれ? 誰か後ろに乗せてます?」


 その話に赤葉刑事は首を横に振る。


「いや、氷河くんに助けてもらいたいってなって……偶然君がいたから乗せただけで……他の人なんて乗せた覚えはないんだけど……」

「まぁ、気にしないで。気にしないで。運転続けて!」


 僕が背後を振り向いた瞬間、茶髪の女性が現れた。そのあまりの衝撃にふとミラーで後ろの状況を知ってしまった赤葉刑事がハンドルの切り方を間違える。

 あわや、大事故だ。

 何事もなかったかのように走りを戻したが、一瞬何かにぶつかって死ぬかと思った。

 事故を起こした張本人は気まずそうにしているものの、反省はしていなさそうだ。

 知影探偵。

 彼女は自身の指と指を合わせながら語り出す。


「いや、渋滞の車を見てたら見覚えがあるなぁ。挨拶しよっかなってところで顔を見たら、何かとんでもないことを話してたからさ。これは探偵が一緒についていった方がいいのかなぁって思ってさ。後ろにこっそり乗り込んだのよ。その後に氷河くんが連れ込まれてきたからびっくりしちゃった……」

「びっくりしたのは僕達の方ですからね!?」


 赤葉刑事も溜息を出しつつ、注意をしていた。


「いい。知影ちゃん? 助けようとしてくれたことは嬉しいんだけどね……乗る時はちゃんと乗るって言っといてね。今みたいに大事故を起こしかねないから……」

「ご、ごめんなさーい!」


 再び通常運転を始める彼女が事情の説明を始めていた。


「で、強盗についてなんだけど……どうやら強盗が金目のものを取ると共に抵抗しようとしていた鳩倉くんを刺したらしいの……で、鴨月くんに応急処置を……ね。あっ、サイレンの音が聞こえてきたね……うん、もうすぐそこまで足音も聞こえてる……一旦、切って大丈夫?」

「ああ……ありがとう……」


 ただ僕達は、彼等は間に合えなかった。

 アパートの一室。301号室にいたのは、体の足や手、心臓が刺されて息絶えていた若い細身の男性だった。


「鳩倉くん……」


 赤葉刑事が駆け寄るも近くにいた渋そうなコートを着た警官に遮られた。


「悪いが、これ以上触らないでくれ……。捜査の邪魔になる……」


 現場保存中であったよう。血の痕もベランダまで続いているのだが。

 これは変だ。

 ポトスと呼ばれる観葉植物一つと家庭菜園らしき鉢植えがあるベランダを僕は睨みつける。

 すぐに僕の異変は知影探偵に気付かれた。


「氷河くん、どうしたのよ。そんな変な顔をしちゃって……」

「いや……あの血。僕達が外を歩いてきた時にありました……? ほら、駐車場はここじゃなくて違うところに停めて歩いてきたじゃないですか……その間の道に血の痕がなくって……これが被害者の返り血を付けた強盗だったら……おかしくないです?」

「……血が途切れちゃってるってことよね……血の付いてた服をそこで投げ捨てたってことかしら?」

「だったらわざわざ部屋に捨てればいいんじゃ……逆に証拠を残すのが怖いんだったら、もっと先へ先へ持っていくはずじゃないですか……」

「何か、その言い方……まるで強盗の存在自体を疑ってない?」

「ええ……この状況、僕は鴨月さんが怪しいかなって思ってます……」

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