Ep.3 探偵が終わったら、変わってやる(終)
「いやぁ、まぁ……」
「その顔はもうとっくにあたしがそういうのできないって分かっていたんだね。仕方ないっか……仕方ない仕方ない……でそこで疑問なんだよね」
「疑問か……」
彼女が提示した疑問は「ユートピア探偵団」のものであった。
「何でこのあたしを選んだのか……確かに忙しい探偵ばっかりってところはあるけどさ、あたしよりもアズマに関して知っている人はいると思うんだよね……ユートピア探偵団の志願者の人達と話をすることもあるんだけど……アズマにあった、関わったって人は結構いる……評判は途轍もなく悪いけど……ね」
「……ああ……なるほど」
「一つとしてはユートピア探偵団が氷河くんのことを知ってやったってことかな……? ほら、覚えてる? 一応、団に入る時に志望動機とか聞かれてさ。その時にあの人の事故の真相を暴きたいってのがあったから……氷河くんと出会わせて、その謎を解かせるようにしたのかも……。たぶんアズマのことはついで……だったのかも」
「……ということはユートピア探偵団のリーダーは僕に解かせる気はないのか……?」
考えようとしたところ、また別のことで気になってしまった。顔を下げていたものの、すぐに上げて彼女の顔を見つめていく。
「あれ……引っ越しとかさせてくれるの? そういや、家族構成とか聞いてないような」
「お父さん、お母さん、弟はいるけど、今は一人暮らし。その費用はユートピア探偵団持ちだね。まぁ、家賃はめっちゃ安いところに住んでるから」
「……やっぱ費用が凄いな……探偵団の財力って凄い」
本当に厄介だ。
敵対するユートピア探偵団の規模が大きすぎる。そしてもしアズマを庇っていたら。海外へも何処へでも飛ばすことができる。
アズマがその財力を少しでも自由に使えるのだとしたら。少しでも美伊子が生きているとする希望があるとしたら。
海外の何処かのアパートで彼女に配信をやらせていてもおかしくはないのだ。
「……でも……調べないといけないんだよな。宮和探偵……『ユートピア探偵団』に会う方法ってあるのか?」
「残念ながらないかも……」
「ええ……?」
やはり事件に出くわして、謎を解かねばならないのか。そこでユートピア探偵団の人間に目を付けられるしかないものか。
肩を落とそうとしたら、彼女は何かを口にする。
「というのはまぁ、冗談って訳ではないんだけど……あると言っちゃあ、あるかも。ユートピア探偵団って結構広いから」
「ん?」
「ユートピア探偵団って堂々と公開していない人も多いからね。まぁ、本当有名探偵は殺人事件の捜査とかも務めてるけど……あたしみたいなサポートタイプとか、浮気、尾行調査とかしてる人は顔バレちゃうと困るからね……。犯人に警戒されないようにも……顔を隠さないといけないから……。だから探偵の情報はユートピア探偵団の中で共有されてるって場合が多いんだ。で、その中でエッセイを出している人がいるって言うのを聞いたことがあるんだよね」
希望が見える情報を出してくれた。これでうまくいくかどうかは分からない。どんな真相が見えるのか。はたまた無駄足を踏むだけなのか。
しかし、一歩ずつでも動かさなければ変わらない。行き止まりになるまで藪の中を探るしかないのだ。行き止まりに辿り着いたら、その時はまた別のルートを探すだけ。
「エッセイ……」
「中身はミステリー。上の探偵達が実際に解いた事件をドラマとして筋書きを作って、描いているって感じなんだよね」
人の悲劇が売り物になる、か。
あまりいいものではない。けれども、これを否定してしまうとニュースや新聞などはどうなるんだとの話になる。
色々な人の心情が関わってきそうな話になるため、今ここで思考を動かすのはやめておく。
「その人間がいる……書店で売ってるってこと? つまるところ、そのサイン会、握手会を待つかってこと……?」
「いや、書店じゃないんだ。各地でやっている本のフリーマーケット系統のイベントに出現するって話だよ。ってか、前に人伝いに宣伝されたことがあるから……さ」
イベントについてすぐにスマートフォンで調査してみるも、結構先の話になっていた。一刻でも早く真実が知りたい僕からしたら、複雑な気分にさせられる。
土日に開催されるイベントではあるから、予定が付かない訳でもない。もう部活も何もやっていないのだから。
「……まぁ、とにかく調べて調べて調べまくろーって感じだね。事情については色々聞いてるし。氷河くんの力になりたい。前に真実を見つけてくれた恩返しがしたいってところもあるし……この前の回転寿司の事件でも助けてくれたし」
「助けた……? そんな覚えあったかなぁ?」
「忘れちゃったんだ……でも、まっ、いっか。そうだよね。人って助けたことって意外と忘れちゃってるんだし。だから、自分のいいところなんてなかなか見えないんだよね。ってことは逆に無意識にやってること。人から見た自分のいいところが本当にいいところ、なのかもね。ねっ、探偵さん。だから言われたいいところは素直に受け取ろ?」
「ちょ、ちょっと……何かすっごい恥ずかしいというか、照れるんだが……後、探偵じゃないから……」
何だろう。この顔がまた火照っていく感覚は。美伊子のことも考えていないはずなのに。気持ちなんかも熱くなっていく。汗を掻いてしまう。と言っても気持ちが悪い訳ではないから不思議だ。
「まぁ、宮和探偵、ありがとう……そうする」
「うん。そうして……ああ、あたしも頑張らなきゃな。よし! あたしもっともっと探偵として頑張ってユートピア探偵団の上へ上へと上り詰めてやる! 目標変更完了! ふふん、明日からもっともっと宮和探偵が凄いことになるよー!」
「はいはい……頑張れ頑張れ」
「もー! 気持ちが籠ってないよー!」
そんなことしなくても、宮和探偵は普通の少女なのだが。
探偵を殺そうとしても、まだ僕は殺せない。心の奥底で彼女の成長を見たいと思ってしまう僕がいた。
僕のことを見抜いた宮和探偵がいた。
「でも、何か嬉しそう。氷河くん、最初に会った時とちょっと変わったね」
「……そうか? ……でも、確かにそうか。卑屈な僕が少し変わったんだな……」
微妙な大きさではあるが、何にも役立てないと思っていた僕は宮和探偵や影山刑事のおかげで変われた。
どんどんこれからも僕は人と出会うのだろう。その度、誰かの色に染まっていく。染まるごとに変わっていく。
後、僕は何回変わることができるのだろうか。何回変われば、美伊子に会えるのだろうか。
窓から吹き込む華の酸っぱくきつい香りに爽やかな春を感じつつ、考え込むのであった。
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