Ep.47 回り廻るは腐る縁
推理する中で。そして、犯人の竿本から。途轍もない程の彼女達への悪意を貰った。そして僕は今、頭の中で何が何だか分からなくなっている。
どうすれば良いものか。何をすれば良かったものなのか。
美伊子が映っているスマートフォンを見つめつつ、会話を試みる。
『まず最初に……言っちゃうと、あれだけどさ……氷河……あれだけ人のセキュリティーとか云々言ってたけどさ……思い切り、スマホの中見られてたよ……』
「い、いつの間に!? えっ、いつだろ……? あの場所では……気を付けてたつもりなんだけど」
『たぶん今回事件が起こった場所ではなくて……学校の中だと思う……覗かれたってところかな……まぁ、体育に行ってる間とか気付かないうちに、だね……このアプリのURLだけ切り取ってたみたいだね……最近来なくなった美伊子とはこっちで繋がってるんだーってことで調べてたみたい』
今回亡くなった少女二人の顔を思い浮かべる。
明日からきっと花瓶が置かれるであろう鳥山さんの席のことも想像して、喋ってみた。
「あの子達は自分が過去にやってたことをバレないようにってやってたからなぁ……美伊子にも相談してるんじゃないかって気になってたんだろうな……迷惑掛けてごめん」
『いや、そこは大丈夫だよ。別に今回は変なことはされた訳じゃないからね……でも気を付けてねー。気を付けないとー。氷河の個人情報、配信でばらしちゃうからねー』
「とんでもない嫌がらせで返すなよ……!」
そんな軽いジョークを交えつつ、話を進めていく。
気になっているのは、その少女達が何をしていたのか。
「で、あの子達と何をしてたの?」
『その少女達はまぁ、聞きに来たんだよ……ね。あの夜の配信に……ね。たぶん、こっちの様子も知りたかったんじゃないかな。直接氷河に聞くってのは何か恥ずかしいものとかがあったんじゃないかな……』
「えっ……で、何を話してたの」
『まぁ、相談室みたいなものかな……嫌がらせを受けて困ってる人をどうするみたいなメッセージを読んでいく話のものかな……そこで……彼女達、最初はこっちのことを聞こうとしてたんだけど……途中から懺悔に変わってたんだよね……アーカイブみたいなのは残さなかったけど……凄い文字量だった』
やはり、か。やはり彼女達は少しずつ変わろうとしていた、のか。そう思えて仕方がない。そして彼女達の意思に気付けず、何もできなくてごめんと言いたくなった。
「……うう……もう少し何とかできてればなぁ」
『難しいよ。本当に……だってあの場所でいきなり変わりたいだなんて思うこと、ないから……。まぁ、時々そういう才能を持ってる人もいるけどね。誰かを変えたいと思えるような人が……!』
たぶん宮和探偵だ。彼女の毒気を抜くようなものが、彼女達の悪意すらも消してくれたのだ。
「僕はやっぱ、それにはなれないのかなぁ……」
『難しいよ……』
「うん……」
『でもさ、氷河……それができるのも君がレーンを作ってくれたから、だよ』
「レーン?」
彼女は僕に問い始めた。レーン。回転寿司のレーンが、僕にどんな関係があるのか。
『君の絶対にやっちゃいけないこと、間違えちゃいけないこと。それを持って、君は動いている。今までの経験から、どんなことをすれば正しいのか、君がレーンを作ってくれている。君の経験則から来た、大事な指示があったから……今回の事件の犯人の命だって助かったんじゃない!』
「……レーン?」
『まだ君のレーンは建設途中なんだよ。まだ高校一年生……まだ子供だから……まだできないところも多い。乗せられないものも多い。他の人が凄いことをやってるように思える……でもね。今回の事件、他の人が凄いことができるのは君がいるからなんだ! 色々諦めている人にも言いたい。君は絶対に誰かのレーンになっている。歯車になっている……君がいなきゃ、何かを成せない人もいるんだから……生きることをやめないでって……』
彼女の熱い語りが僕の心にまた火を灯し始めていた。
ありがとう。
彼女にそう伝えたくなる。心があるかもしれない胸を抑えて、彼女に口にする。
「ありがとうね……もうちょっと頑張ってみるよ。色々……もう探偵は懲り懲り、だけどね」
『頑張れ。辛いこともあるかもしれないけど、頑張ってみて』
その応援を糧にもう少しだけ話をさせてもらいたいことがあった。
「あのさ、今落ち着いているところだから聞きたいんだけどさ……配信が終わるって話は……」
『あれは……無くなったと言うよりかはあれはある意味ヒントだったからね……』
今の発言から気になることがある。
「じゃあ、何でヒントをいつもくれるの? どうやって僕がやっている事件を知っているの?」
向こうの彼女は「しまった」とでも言うように口元を手で抑えてみせた。それからすぐに口を離して、静かに笑う。何だかそれが少し切なく見えた。
『まだ……言えないの……いつか、ね……いつか……』
「そのいつかっていつなんだ……もう色々と……」
『私に色々黙ってることもあるよね。隠してることも……』
「えっ、あっ、いや……」
『話さなくても大丈夫。氷河の責任じゃないんだから。氷河は被害者だよ……全部……被害者が気負う必要なんてないんだから……今はもう死んじゃっているけど、美伊子はいつでも氷河の味方だよ。それだけは覚えておいて』
美伊子……。
彼女の名を脳内で繰り返している間に彼女の姿は画面から消えていた。
そしてまたベッドの中で眠りにつく。
夢の中で美伊子に会った。宮和探偵に会った。そして、あの二人や信さんもいた。回転寿司の席に座って、皆でわいわいしている。
「私、海老!」
僕の隣で可愛げに笑って、最初のネタを取っていく美伊子。タブレットを握っているのは、鳥山さんと咲穂さん。
宮和探偵は鳥山さんの隣でお茶を注いでくれている。信さんは早速ガリを小皿によそってレーンの方を見つめている。僕も、だ。何を選ぼうか。
ふと近くの席では会社の人達が賑わっていた。
竿本がいないと思えば、レーンの向こうにあったカウンター席で一人の女性と笑い合っている。
夢想する。きっとここまで事件の関係者のことを考えてしまう探偵なんて、僕以外いないのだろう、と。
この中では皆が純粋だ。誰も悪意を持たない。誰も傷付けない。
「……僕はまぐろにしよっかな。美伊子取って」
「うん……って、あっ、行っちゃった……」
「美伊子……」
あの二人が「まぁまぁタブレットで選べばいいでしょ」と口をそろえて喋っていく。信さんも「たくさん食べてくれよ」と。
ああ、この夢が一生続かないかな。
これから出会う人が今みたいな腐りきった、素敵な縁で結ばれればいいなと、少し願ってしまった。
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