Ep.46 止められたのは
「止めてください! その人を止めてくださいっ!」
僕の喉からやった言葉が出た。喉の奥が痛くなる位、猛烈な勢いで叫んだからか、皆が足を動かしてくれた。
すぐに僕も後ろから追っていく。
早急な事態に分かっていないのは、浅場さん一人。
「な、なんなの……逃げようとしてるの……!?」
置いてかれそうになっていく彼女に僕は大声で伝えた。
「奴はこのまま死ぬ気だ!」
「えっ、嘘!?」
姿が見えなくなった後も僕は声を飛ばしていく。後ろにも、だが。前の人達にも納得できる根拠を示すため、だ。
「なんたって、今回の事件で竿本は懸けをしているところがあった。もし、この回転寿司館みたいな円形の一本道の廊下で、殺人をしたところで誰かに見られたら……。暗闇の中でもし安倉信さんの部屋に誰かが入ってきたら……その際、犯人はどうするのかって考えたんだが……犯人は二つを選ぶはず。その目撃者を殺害するか……」
僕の目前を走っていた蟹江さんがこちらを見ずに反応した。
「そ、そうね……」
「でも、竿本は凶器はその部屋に置きっぱなしだった。つまるところ、誰かを口封じする気はなかったと思う……。だから簡単。そのまま逃げて自殺するんじゃないかってこと。この事件の途中でバレたら、もう死んでもいいと考えていたんじゃないかって……! そんなことも考えたんだ!」
そこで一人、立ち止まった根津さん。
「でも、もしそれで彼が幸せならいいんじゃないかしら……」
僕はすぐには何も言えなかったのだが。先に口を動かしてくれたのは宮和探偵だった。
「よくないわよ! だって罪をもっと償ってもらわないと! 例え、死刑になろうが何になろうが、死ぬ間際までその罪のことと向き合ってもらわなきゃ。あたしからしたら、絶対絶対、自殺なんて許さない! ねっ、氷河くんも分かるでしょ!」
宮和探偵と共に挑んだ殺人事件の中で死んでしまった犯人や被害者を見て感じていたことだ。
「ああ……犯人だろうと、そいつがどうしようもない屑でも。伝えたいことがある奴は一杯いる。それを聞かせる前に死なせてたまるかよ! それって、なんか、追い詰めて死んでやったぁ、ってこっちが何か悪者みたいにもなるじゃんか! いい思いしないじゃんか! 後で、何で殺せてやったぁ、なんだろう……それってなんかってどうしようもなく、心が変になるはずだ! 絶対に死なせてたまるものか!」
皆が向かう先は調理室。狙いは包丁しかない。しかし、だ。そこに辿り着くのは分かっていた。
「な、ない! ない! 包丁が!」
後から来た僕が奥にいる竿本に向かって、伝えておく。
「ある訳ねぇだろ! 死ぬって考えて……ちゃんと全部包丁を隠しといたんだからさ!」
すぐに何もできないと分かるや否や、彼はそのまま落ち込んだ。訳ではなかった。奴は奴で隠し玉を持っていた。
冷凍庫の下部分からサバイバルナイフを取り出したのだ。
「えっ……?」
大きめのサバイバルナイフ。首を斬れば一発で人生お終いだ。それを彼は喉元に近づける。
僕が固まる皆を掻き分けて「やめろぉ!」と告げるも間に合わない。
そのままナイフを引っ張るのも難しい。そう思ったところ。
鮮血が飛び散った。
調理室にたらたらと落ちていく。その真っ赤な液体。
真っ白になっていく竿本。ただ、死んだ訳ではない。奴は奴であまりの出来事に驚いたのだ。
なんたって自分の首前に腕を出して、刺されるような奴なんて滅多に存在しないだろうから。
「……死んで何とかしようとするなんて、ねぇ……そんな簡単な考えで経営ができるんなら、そっち目指せば良かったかなぁ……」
刺されても、尚明るく振る舞う。それこそが影山刑事だった。
刺してしまった本人は明るさなんてもう、持っていない。
「何が言いたい……」
「いやぁ……そんな死んだから、罪を清算できるなんてふざけるなって話だ。そんなんで女将さんが許してくれると思ってんのか? そんなんで人生何もかも終われるなんて思うなよ……」
「……勝手にアイツの名を……」
その瞬間、彼の顔付が険しくなった。今度は彼は優しさではなく、怒りを出した。
「人の命を奪っていて、自分は地獄に行くだなんだぁ……んな、贅沢させてたまるかよっ! 永遠にこの現実という、暗く滅茶苦茶で理不尽な世界で生き続けて謝り倒せ! 人の命を、未来を! 奪ったことを反省しろっ! 一生掛けてなぁ!」
影山刑事が告げた瞬間、外から何かが走ってくる音がした。扉が開いたままの場所。そこに現れたのは警察の人達。
誰が犯人か、今の状況なら一目瞭然だ。
すぐさま確保されていく竿本。そしてすぐに応急手当だと影山刑事も連れていかれる。その際はもう穏やかな顔で僕のお礼を言える位ではあった。
「頑張ってくれてありがとうな。本当に……」
しかし、本当に言いたいのは僕の方だ。
僕のせいで。僕が部屋の中を見きれなかったせいで。分かっていたのに。彼に辛い思いをさせてしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれない。ただ何か言おうにも影山刑事の姿も消えている。
「影山刑事……貴方の方こそ、凄すぎますよ……何ですか……あれ何であんな凄いことできるんですか……僕の推理よりも何倍も凄いですって……刑事らしいじゃないですか……自殺を止めたなんて……誰かの命を救えた……なんて、凄すぎますよ……僕じゃあ、できない……」
あまりに夜中、色々なことが起き過ぎた。クラスメイトを失った。僕が悩んで、動いて。ここで探偵として、人一人のまっとうな人生を終わらせた。いや、人を殺している時点でまっとうな人生はないのだけれども。
「宮和探偵も凄いなぁ……ちゃんと犯人に食い付いたんだもんなぁ」
「何言ってるの……一番食いついていた人間が……そんなん、今回のMVPはどう考えても氷河くんでしょ?」
「そうかなぁ……そうなのかなぁ……違うな……やっぱ、僕は違うんだよ……MVPなんかじゃない。MVPだったら人一人も死んでないって……」
「あっ、ごめん……MVPって言い方は悪かったか……」
皆が下山の準備をし始める。
これにて回転寿司館での殺人劇は終わったのだ。そう思ったのだが。心の中では続いていく。守れなかったことを引きずっていく。
そして彼女達の悪意にも気付けなかったことへの後悔も考えていく。なんたって、悪意が分かっていれば。守れたはずなのだから。
僕は探偵として、ひきずっていた。
全ての事情聴取も終わり、家のベッドで眠りにつこうとしていた僕。そこにスマートフォンにある人物からの着信が届く。どうせ眠れないからと開いた時、見知った顔が見えて眠気が全て飛んでしまう。
『ごめんね。ちょっとお話をしたくて……知ってもらいたいことがあってさ……たぶん、最後、とんでもない悪意を受けたと思うんだけどね……もうちょっとだけ彼女達を知ってもらいたいかなって』
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