Ep.44 ハメてみろよ

「な、何とかならんのか! 他に証拠はあるのか! もうここで拘束したって何も言えない位怪しいんだ! 何とか証拠はないのか!」


 焦る影山刑事の真ん前で竿本は憎たらしく顔に笑みを浮かべている。怒りを持ちつつも、こちらを嘲っている。


「残念だったな。悪いが、これ位の疑わしさで捕まる訳にはいかない。朝からやることがあるのでね。残念ながら、そろそろ退散させていただこうか……!」


 身を翻そうとしている。何処に帰ろうというのか。このまま逃げようとしているのかもしれないが。

 今の僕は証拠が足りない。後一歩及ばず、逃げられてしまう。

 そうはさせるかと宮和探偵からも言葉が飛ぶ。


「……本当に犯人なら、罪を認めてよ! 警察が来たら、指紋なんて調べられちゃうんだから!」

「……悪いが、何処から指紋が出ようとも、それは当たり前なんだ。ここは俺の居城。俺が来てたっておかしくない。犯人からしたら普通に手袋を付けて犯行を行ったんだろう? 逆にまぁ、付くべきところについてなかったら……犯人が消したってことだろう……疑わしきは罰せず。この国で俺を罰することはできないなぁ……」


 三人も殺しておいて。自分は罰せられない?

 神を自称しているつもりか。それなら僕が神殺しをさせてもらおうか。

 僕は頭の中にある可能性を全て引きずり出していく。その間にも皆が叫んでいる。最初に深瀬さん。


「おいおい……ここまで来て逃げるのかよ」

「何とでも言うが良い。こっちはこっちでやることがあって忙しいんだ。この館で殺人が起こった……そのことで世間からここがどんな風に思われるのか。君もエリアマネージャーなら分かるだろ?」


 浅場さんも早口で強めな口調の言葉を吐いていく。


「自首してください! 今ならまだ!」

「はぁ……高校生探偵の作り話に毒されたか!?」


 根津さんがただただ立ち止まって震えていて。蟹江さんは竿本に確認を取っていた。


「本当に犯人じゃ……」

「犯人じゃないって!」


 海老沼さんはそれを信じていない。


「犯人でしょ……あの人達を……許さない」

「許さないのはこっちだね。君にも色々損害賠償とかあるから。これが終わったら、覚悟しといて」

「……えっ……ちょっ、探偵さん、何とかして!」


 勝手に何とかする役割にされてしまったが。

 僕はそんな言葉言葉の節に咲穂さん達のことを連想させていた。彼女だったら、今ここで反逆の狼煙を上げていただろうか。

 いや、もしかしたら今も尚。

 亡くなったとしても、上げるのでなかろうか。

 安倉信さんはダイイングメッセージを残した。

 鳥山さんは驚いて何もできず、毒を飲まされた。

 では、咲穂さんはそのまま刺されただけなのだろうか。


「いや……違う。犯人なら咲穂さんのスマホのパスコードについて聞くはずだ……何回もそれを使って鳥山さんを操っているんだから……!」


 証拠を思い出す。咄嗟の憔悴で頭の端々に散っていった証拠を拾い集めていく。


「じゃあ、それはどうやって知ったか。竿本が後ろに立ってじっと見つめていたら、彼女達は不審がるだろう。それに脅迫状の件もあった。色々察されるかとそんなことはさせないはずだ……じゃあ、たった一つしかチャンスはないじゃないか」


 竿本が咲穂さんのスマートフォンのパスコードを知った瞬間。

 それは。

 彼女を殺害する前、しかない。

 体術も会得している竿本に包丁で襲われたら、抵抗のできない咲穂さんはパスワードを教えるしかない。


「……彼女を殺害する前に包丁で脅して聞かせた……ってことはもしかしたら……分かっていたかもしれないんだ。咲穂さんは犯人がスマホを使うところを……つまり、そこに何か残っている! 大事な証拠が残っているかもしれない!」


 ネイルでも何でも。

 彼のスマートフォンに付いている可能性が高い。


「……皆さん、犯人じゃないと言うのなら、スマホのカバーを取ってください」


 犯人に襲われる間か。咲穂さんはきっとスマートフォンのカバー部分に。竿本がカバーを入れ替えて置いて行ったスマートフォンのカバーに。

 怪しまれないようにカバーを付け変えて交換したのが仇になったのだろう。

 何か仕掛けを施しているはずだ。

 皆がスマホのカバーを取っていく中、竿本だけが拒否をする。それもとても歯を食いしばって。


「な、なんだ……何があると言うんだ……」


 何もしないのならと深瀬さんが踏み込んだ。


「わりぃな社長。今日で辞表書いてやるよ」

「何っ!?」


 そのスマートフォンを奪い取って、僕達に見せてくれた。そのカバーの裏。


「や、やめろ!」


 頼りになった深瀬さんが僕達に見せてくれたのは、スマートフォンのカバーとスマートフォンの裏だった。

 スマートフォンの裏にあったのはネイルでも傷跡でもなかった。

 海老の尻尾だった。

 竿本は焦ってみせた後、吹き出した。スマートフォンを奪い取った深瀬さんも目を丸くする。


「おいおい、マジか……ゴミしか残ってねぇじゃねえか!」


 そのまま持っていたスマートフォンを地面に落とそうとしていたから、素早く僕がぶんどらせてもらった。

 宮和探偵は頭を抱える。


「海老……海老ねぇ……でも傷だと気付いた竿本さんに消されるかもしれないし……ネイルとかだと拭きとられちゃうかもだからね……でも、海老の尻尾かぁ……しっかりくっ付いてはいるに、いるけど……」


 切り札が何の役にも立たないか。

 僕もシリアスな場面に関わらず、何だか笑いたくなってきた。


「ど、どうしたの?」


 宮和探偵が不審がっているのにも気にせず、僕は口にする。


「宮和探偵……僕、ずっと犯行現場から消えてた海老がずっと気になってたんです……犯人がもしかしたら持ってないかって……」

「えっ? あっ……あれ? もしかして、あれ!?」

「宮和探偵、言ってあげてください」


 僕の指示に笑っていた竿本の顔が一瞬強張った。


「何だ? おい、何だ? 何が?」

「あたし、頼まれてたの。第一の事件が起こった後、海老沼さんや蟹江さんを連れてこの場所の海老を尻尾と一緒に全部食べるようにって……」


 蟹江さんも「ええ」と証言してくれた。

 その突飛な行動に竿本は驚かざるを得ない。


「はっ? 探偵が何をしてるんだ……?」


 探偵の地道な努力が今回は不運にも実ってしまったようだ。僕の嫌いな探偵が活躍する。とんでもない行動が、案が奇跡を生み出した。


「そしてその前に海老の尻尾は全部片づけてもらってるの……蟹江さんや海老沼さんがゴミを出していて……。だから、今、海老の尻尾は犯人が持っていた以外にあり得……」

「いやいや……それはその前に食べたのを……そこの海老沼達が片付け忘れて……」


 そんな竿本の元にゴミ袋が飛んできた。眼鏡が飛ぶ勢いで。

 浅場さんが口元を手で抑えて、驚くばかり。

 やったのは、怒りに塗れた海老沼さんだった。いつの間にか、ゴミを部屋に取りに行っていたらしい。


「じゃあ、確認しなさいよ! この海老の尻尾の数! 一応、全部搔き集めて来て……宮和さんが食べた分以外……あの部屋に落ちていたもの以外は全部回収してあるのよ! だから!」

「う、嘘だ……! 誰か一人は海老の尻尾を食べただろう! 全部あるはずがない! 捏造だ! そこの女共が俺をハメようとしてるんだ! キサマラ、これをしといてタダで済むと思うなよ!」


 ここまで言っても、まだ本性を見せて抗う奴の姿。

 醜い姿も終わりだ。

 僕が自身のスマートフォンで画像を見せてやる。


「……怒っているところ悪いが……この切れ端と落ちていた海老と合わせれば分かるんだ……。ピッタリハマるのはどれかってな。ここに付いていたものかどうか……それでも信じられないのなら、警察が来るまで一個一個他の切れ端とハメてみるか! ハメられるっつうなら、ハメてみろよ! アンタがこれ以上、逃げられる言い訳をさぁ!」


 話した瞬間、奴はゴミの中へ倒れ込んだ。一瞬ヒヤッとしたが、死んだ訳ではない。唸っているから気絶した訳でもない。

 終わったのだ。全て。そう罪と証拠が明るみになったのだから。

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