Ep.24 犯人は弱すぎた
海老沼さんがまたもや倒れ込みそうになる。
「な、何でよ……何でまた殺されてるの……? 犯人は一人殺しただけじゃ、気が済まなかったの……!? 何で?」
そのままパニックになって頭を抱え始めていた。
皆も汗を流したり、絶句したり。深瀬さんは犯人の思うがままが嫌だったのか「けっ」と口から強い音を出している。
皆、触れていないが安倉信さんが亡くなっていることは分かっている。頭に熱湯を注がれて平気な人がいる訳がない。その上、レーンに大量の血痕があった。
念のため、影山刑事が脈を取るも「ダメか」と。ついでに飛んできた熱湯が手に当たったようで「あちぃ」と言って、その場に
流石に可哀想と僕と宮和探偵が彼のそばに行く。まずは蛇口を閉めておく。それから「あちち」と痛がっている彼の赤くなった手を見つつ、亡くなった安倉さんの体を確かめる。
カウンターには血が付きまくった金槌や寿司の皿が置いてある。
その他、僕の顔の近くにぐっと握られた拳があった。
「……もしかして」
手袋をしている状態の僕の手で彼の手を触れさせてもらった。僕の手を伝って、血が落ちていく。どうやら手の中に血だまりができているらしい。
中身に関しては予想がついていた。
近くに湯飲みの破片が散らばっているのだ。それは回転寿司にも置かれていた魚の漢字がたくさん書かれているもの。つまるところ、この中に被害者のダイイングメッセージがあるのではないか。
宮和探偵もすぐ、こちらに気付いたよう。
「漢字を利用したメッセージがあるのかもってこと!?」
「そうかも……」
「でも……さ。これ、本当に被害者が遺したものってことで大丈夫?」
僕は少しだけ考えてみる。犯人がダイイングメッセージを偽装した、か。つまるところ、犯人はわざわざ湯飲みを割る必要がある。
そこで下手に音が外に漏れてしまったら。壁自体に防音機能があったとしてもどうしてもレーンがある。外の部屋に声が漏れる。
「音で犯人がバレることを気にするかもしれない……それに下手に湯飲みの破片に触ったら犯人も怪我をするんじゃないかなぁ……ぐっと手を握らせたら破片が安倉さんの手に刺さることによって、犯人の手も血が付くし……」
「手に血が付く……か。返り血を付けないようにしている犯人からしたら、あんまりやりたくないよね。手の中に入れるとしても、軽く握らせるか……破片の一つに指を差すようにするだけでもいいもんね……もしかしてもしかして本当に普通に本物のダイイングメッセージ……なの!?」
「これで犯人が分かれば、いいんだけど……!」
その手の中にどんな文字があるのか。
開かせてみてもらった。皆の目が集まっていく。皆が犯人が誰かを気にしているのだ。
僕も心の中で祈る。分かりやすいメッセージを残していてほしい。
もう探偵みたいな行動をするのは懲り懲りだ。ダイイングメッセージが見れて、犯人が「ああ、バレたか」となって。そのまま罪を認めてほしい。
探偵らしからぬ願いを僕は抱きながら、その手を開く。
中から一つの破片が落ちる。それを血の雫と共に受け止める僕。
「……なんて書いてあるんだ……誰が安倉くんを……」
竿本社長の声に応じ、僕は血を近くにあったティッシュで拭かせてもらう。
書かれていた字は「弱」だった。全く意味が分からないメッセージに頭の中が混乱し始めた。
「えっ……えっ……? えっ? どういうこと? 弱いって?」
そこに深瀬さんから悪態が飛んだ。
「飛んだ期待させやがってよ! たまたま握っただけじゃねえのか……犯人と会ってる時に湯飲み落として拾ってるところで殺されちまっただけじゃないのか」
それだったら、安倉さんはカウンターに腰を掛ける姿にはなっていないだろう。床に突っ伏しているはずだ。
そうでなければ、とても変な話になる。犯人は倒れている安倉さんをカウンターに座らせ、熱湯を浴びせたことになる。撲殺した後でそんなことをする意味が分からない。恨みがあったのならば、頭だけではなく顔面もボコボコにすれば良い話。
しかし、たった今確認した顔の方も平常だ。
いや、少し違う。何か食べているような気がする。申し訳ないが、口を開かせてもらう。中には太くて長い海苔が入っていた。
殺される前に寿司を食べていたのだろうか。
不思議に思う中、「弱」というメッセージが皆のトレンドとなっていた。浅場さんが深瀬さんを睨み、疑っている。
「アンタみたいな雑魚のこと言ってんじゃないの?」
「何だよ!? だったら体が華奢なお前のことを言っててもおかしくねぇぞ?」
「それだったら、他の子達も同じになっちゃうじゃない。か弱い女性なんて、たくさんいるんだから……ねぇ」
海老沼さんは浅場さんの突然の問い掛けに「ええ……」と上の空で反応する。
竿本社長はダイイングメッセージを真摯に受け止めている。
「ううん……俺に関しては……残念ながら柔道の黒帯だからね……弱いとは言えないかなぁ……」
そこに蟹江さんが腹筋を触って確認をしていた。
「確かに見た目はひょろひょろしてるけど、とっても体がいいからね……弱いってなってるとあたしらみたいになんのかい……」
「いやいや……流石に弱いって意味だけで考えると、当てはまる人が少し多すぎやしないかい?」
竿本社長の指摘通りだ。
あまりにも抽象的すぎる。何をもって弱いのかが全く以て分からない。格闘系で弱いものか。それとも単なるゲームで弱いものか。
会社の序列で弱い順になるとすると、社長以外の全員となる。と思いつつ、秘書の方も確かめたくなった。
「ええと、序列って秘書と副社長、どっちが上ですか?」
根津さんは眼鏡と額の汗をハンカチで拭きつつ、心もとない様子で答えてくれた。
「他の会社は知りませんが、うちでは秘書よりも副社長の方が偉い形に放っていると思います。本人自身もそうであることを知っていたとは思います……自分の方が権利あるんだよなと確認されてましたから……」
生前の被害者はかなり色々と不安なところがあったようだ。その心中は察しておくとして。
これをどう考えるべきか。
「弱」がどうなれば、この中の人間のたった一人と繋がるものになるのか。ダイイングメッセージのことを念頭に置いて、更なる事情聴取を続けることにする。
今度こそは皆でダイニングで集まるようにして影山刑事に見守ってもらう。深瀬さんも強制的にダイニングで待機だ。
これ以上、一人の犠牲者も出しはしない。
熱意を込めて、僕と宮和探偵は二人で動き出す。話を聞く前にまずは鳥山さんの安否から確認したいのだ。
宮和探偵は口にする。
「もう……もう戻って来てるよね……?」
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