Ep.23 暗闇の中で

 何が起きているか。人がいる場所に向かってできる限り歩いていく。最中、誰かとぶつかった。


「きゃあ!」

「だ、誰?」


 その正体を尋ねてみたものの、だいたいは把握できていた。女の子の声。それも宮和探偵とは違ったもの。

 今はもう咲穂さんはあり得ない。つまるところ、鳥山さんであることが考えられた。すぐにスマートフォンを出して、ライト機能を使っていく。

 その時にはもう遅く、彼女の姿は発見できなかった。どうやら、この暗闇の中、大急ぎで動かなくてはならない理由があったみたいだ。

 それが何か。

 僕は変なことを思い付いてしまった。犯人はこの暗闇に乗じて、犯行を重ねるつもりではないか、と。

 雷での停電かと思っていたが。もしも犯人による仕組まれた停電であったとしたら。

 また何か起きてしまう。誰かが狙われる。そう考えてスマートフォンを使って、館内を探索していく。

 しかし、だ。更なる事件が起きないようにとの意図も考えて、ダイニングに集まっているはずだ。聞いてくれない深瀬さんみたいな人もいたはずなのではあるが。

 大丈夫なはず。せめて、みんな集まってくれていたはず。

 過信していたのだが、ダイニングに集まっていたのはスマートフォンをライトにしている宮和探偵と影山刑事だけだった。


「あれ……みんなは……!?」


 僕のライトに照らされた二人は下を向いている。影山刑事の方は顔に手を当てている。


「いや、みんなブレーカーを戻しに行ってしまった……」


 それなら集団行動でいったのかと思ったのだけれども。だったら鳥山さんが一人で走っている理由が分からない。


「……鳥山さんは?」


 今度は宮和探偵が肩を落としながら告げる。少しだけ肩も抑えている。


「彼女に関してはいきなりスマートフォンを見て青ざめて……内容を確かめようとしたんだけど、そこであたしを突き飛ばして……どっか行っちゃった……」


 さっと僕の血の気まで引いていく。

 犯人は鳥山さんを狙っているのでは。


「鳥山さんの部屋は四号室だったはずだよね!?」


 走り出す僕に宮和探偵もついてくる。まさか部屋で犯人に襲われているのかと考えてしまったが。

 入ったところで、もぬけの殻であった。かといって、荷物があるから勝手に帰っていった訳ではない。部屋やゴミ箱を見るも、特に手掛かりがある訳ではない。宮和探偵がバスルームやトイレも調べてくれたが、使われた形跡はゼロ。

 外を確認すると雷は鳴っているものの、雨は収まっている。


「まさか、外へ連れ去られた……?」


 宮和探偵が先に異常事態であると口に出す。ただ騒いでいては、対処できるものも対処できなくなってしまう。

 落ち着くことも大事と自分に言い聞かせ、宮和探偵にも伝えていく。


「そうとは限らない……。窓も開いてないし……ここからじゃあ……ね」

「じゃあ何処へ……?」


 影山刑事がこちらに聞いてくる。


「確か、君は事情聴取をしていたってことだから誰かの部屋にいたんだろ……で、出てきた時に会ったってことは間違いなくこの円の中にいたって訳だ……外に行くのに何でそんなことを……」

「ううん……」


 どういうことかが全く分からない。

 一旦、外に出て歩いているところで突如として電気が復旧した。


「あっ……やっと」


 僕が気付いてスマートフォンのライト機能を落としたところで、一人の男が現れた。


「いやぁ、上のブレーカーは何とかしてきたよ……」

「えっ、上?」


 竿本社長の言葉に僕は変な声を出してしまった。そもそも一人で現れること自体がおかしい。ブレーカーを戻しに行くのだから集団行動ではなかったのか。


「えっ、竿本社長、一人ですか?」

「みんな他のブレーカーを戻しに行ったんだろうな」


 他のブレーカー。そこでブレーカーがこの館は一つでないことに気付かされた。普段は各家に一つだから、大きな建物でのブレーカーについて忘れていた。

 そこについても集団で行くよう、指示を出しておくべきだった。そもそも停電になった時のことも考えておくべきだったのだ。


「ヤバい……何で考えてなかったんだ……」


 気分が暗くなる僕が食堂に行くと、人が増えていく。それぞれ別のブレーカーを戻してきたらしき根津さん、浅場さん、蟹江さん、海老沼さんがいる。

 深瀬さんは自身の部屋に籠っているのか、姿は見えない。

 竿本社長も腕を組んでいる。


「困ったものだなぁ。深瀬の奴は……」


 もう彼の悪行については社長もご存知らしい。

 そんな奴が慌てた様子で僕達の前に現れた。


「お、おい……!」


 そこに竿本社長が何か言う前に浅場さんが悪態をつく。


「遅かったじゃないの!」


 更に根津さんが詰め寄った。


「皆さんで集まらなければならないという状況で輪を乱されるのは非常に困ります。この状態で殺人の容疑者にな」


 長ったらしい説教が始まりそうになっていたが。

 彼は僕達の心臓が飛び跳ねるような声で制止した。


「待て! 今はんなこと言ってる場合じゃねえぞ! レーンが血塗れなんだよっ! 何が起きてんだって話なんだ!」


 皆が訳が分からず、深瀬さんの部屋に連れていかれる。

 ただ言われたものの、レーンに血などは見られない。当然、根津さんの説教がリスタートする。


「言い訳をしようとしたって訳ですか?」

「ちょっと待てよ! まだだ! もう少し……! 待ってくれ……! だって、あれは突然流れてきて……あっ、ほら!」


 彼の合図で僕達は頭が痛くなりそうな光景を目にした。流れてきたレーン一面に血がべったりついているのだ。その上に皿などはない。先程付きましたと言わんばかりの生々しい痕だ。


「えっ!? いやぁああああああ!」


 宮和探偵や根津さん、海老沼さんが後退して、その場所から目を背けている。血の量が衝撃的だ。

 ただそれを流した人物は誰なのか。

 行方が分からない鳥山さんか、それとも。

 確かめる方法が一つだけある。

 僕は影山刑事の袖を引っ張って、走り出す。


「影山刑事来てください!」

「お、おお!」


 辿り着いた先は一号室。安倉さんの部屋だ。

 今僕達の前にいないのは鳥山さんを除けば、咲穂さんの父である信さんだけ。当然だがロックが掛かっている。

 最初は影山刑事と蹴破ろうと思ったのだが。

 根津さんがマスターキーを持って真っ先にやってきてくれた。


「やはり、信さんの部屋に……必要と思われたので……信さんから預かっていたものを」

「ありがとうございます!」


 その後に「何だ何だ」と追ってくる皆の姿がある。その目の前で扉を開かせてもらった。

 またもやむせ込みたくなるような血の臭いが部屋に溢れかえっていた。

 泣きたくなる感情を押し殺して、部屋の奥へと向かう。

 影山刑事と共に目にしたのは、カウンターから出る熱湯が頭の傷口に遠慮なく注がれている、安倉さんの姿。彼はカウンターに顔を突っ伏せた状態で事切れていた。



 

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