Ep.22 不謹慎極まれり

 突如として、副社長を告発しようとする深瀬さんの姿。よこしまな意図が見えて、非常に気分が悪い。


「何が言いたいんですか……」


 あちらが抱いている副社長への悪意はこちらにも伝わってくる。深瀬さんは嬉々として彼の情報を口にする。


「探偵さん、あの人は再婚しようとしていたんだ……そこで娘からのストップが入った。どうやら母親のことが気に食わないらしくてな。でも、どうしても再婚したいから娘を消した……あり得る話だぜってことを伝えたかったんだ」


 僕が黙っていた。ただただ気分が悪くて、次の言葉が頭の中に思い浮かばなかっただけなのだが。彼は勝手に勘違いをして話を進めてくる。


「ああ、どうしてこんな場所で殺したかって顔をしてるな? そりゃあ、それだったら事故死に見せかけたり、通り魔に見せかけたりした方がいいって話だよな」

「……何も言ってないけど」

「でも謎なんだろ? そんなのこちとら謎でも何でもないんだ。結局、殺人犯の考えなんて分かる訳がないんだ……。捕まるかもしれないスリルを楽しみたかったかもしれない。ただただ恐怖を皆に与えたかったのかもしれない。この場所で殺すのが変ってことはないんだ」


 自由に推論を語り、不快さを撒き散らしていく。

 僕にはそれを止めることができない。


「いやぁ、でも理由があるかもしれない。確か『助けて』みたいな文章を送ってたんだろ?」

「その話は何処から?」

「まぁ、探偵さんが社長の話を聞いている間に鳥山って子をちょいと突いたらな……別に犯人だから知ってる訳じゃないぜ」

「そ、そうですか……で、何でそれが理由に?」

「鳥山って子が第一発見者になるかもしれないんだ。第一発見者が疑われるってのはよくある話だ。結局はその友人に罪を擦り付けようとしてたんだよ。娘の死に親友が『何かおかしくない?』とか言い出したら、面倒なことになるからな!」


 深瀬さんは全てを話し終わった後に声高らかに笑い出した。

 あまりにも不謹慎で間違った推理。

 刹那、僕は静かにぶちギレた。


「違う」

「ん?」

「違う。現場には鍵が掛かっていたんだ。鳥山さんは中に入れなかった……第一発見者にはなれないんだ……。女子の力で扉をぶち破ることはできないだろうし……」

「はぁ、そうか……! だから何だ。別に友人に罪を擦り付ける訳じゃなくても……」


 彼は飽きたのか、欠伸をしながらその場を離れようとしていた。

 僕が一歩彼のパーソナルスペースに踏み込んでいく。


「何でそんなに副社長が犯人であってほしいんですか?」

「ん? いやぁ、怪しいってことを伝えようとしただけだぜ? 探偵さんが楽になるようになぁ」

「……でもあまりにも不謹慎すぎます……」

「探偵にそんなこと言われるとはなぁ……」


 一つ一つ彼の言葉が癪に障ってくる。僕の痛いところにも突いてくる。あまりにも調子に乗りすぎている。早くそこから突き落としたいものなのだが。

 僕は自身を落ち着かせるためにも違う話をさせてもらうことにした。


「……そうだ。探偵なら部屋を確認してもいいよな?」

「勝手にしろ」


 案内されて中を確認させてもらう。またも皆と同じところを確認させてもらったが、異常はない。


「何見てんだよ。そんなかに欲しいもんなんて入ってねぇぞ?」

「は、はい……」

「さて……後はどんなことを聞いてくれるのかな?」

「いや、いいです。もう聞きたいことは聞けましたので。後は食堂に集まっててください」

「嫌だと言ったら?」


 何が、嫌だ、だ。

 ここまで偏屈な態度を取って不安ではないだろうか。恨まれることを少しも心配していないのだろうか。


「協力しないと、社長から色々言われるんじゃ」

「社長がなんと言ったって無理だ……そもそも、そんな効力はない。そんなんで懲戒免職になったとしたら、こっちは不当解雇で訴えてやるさ」


 そう言い終えると、彼は僕の体を部屋の外まで引っ張った。それから僕を追い出す形で部屋を閉めていく。

 中から声が聞こえた。


「探偵さんも刑事も信用なんてしていない。こっちはこっちで自分の命を守るさ。じゃあな!」


 それだけ言って何も声が聞こえなくなってしまった。

 僕の心に残るのはしこりばかり。

 人の死。大切な人の死で悲しんでいる人に対しての一切の思いやりがない。逆にその相手がどうやったらもっと傷付くか。心が弱くなっている間に恨みを晴らせるかをずっと考えているように思う。

 何故人間は人の死をもっと深刻に見られないのか。

 引きずるまではいかなくとも、もう少し、もう少しだけ悼む感情を持てないものか。願いは少しだけ叶ってくれたようで。

 深瀬さんとは対になっている人間が僕の肩に触れた。


「ごめんね……早く犯人が見つかってほしいってことでピリピリしてるのよ……」

「あれ、浅場さん……?」


 呼んでもないのに、どうして深瀬さんの部屋の前にいたのかが気になった。理由はしっかり存在していたみたいで。

 彼女はスマートフォンを見せてくる。


「さっき、深瀬からメールがね。自分の部屋の前でずっと考えている奴をどうにかしてくれって」

「あっ、邪魔だったか……」

「まぁ、いいよいいよ。ここでずっと立ってて、深瀬が餓死でも何でもしてくれたらこっちが嬉しいから」

「……今は冗談を話している場合じゃありませんよ」

「……そうね。流石に死に関する冗談は笑えないか」


 言ってくれて分かるのであれば、良かった。そこでふと僕の安心のハードルが非常に低くなっていることに気が付いた。そのうち、人を殺さなければ「この人は安心だ」と思う時が来そうで少しだけ怖い。

 僕が色々思考を動かしている間に彼女は自身の部屋、二号室へと案内してくれた。事情聴取をさせてくれるとのこと。


「丁寧にありがとうございます……ゴミ箱は」

「取り敢えず、今ゴミはないわよ。どうしたの?」

「あっ、いや、何でもないです。それよりも……このじょ」


 話そうとした時、突如として視界が暗くなった。今まで気にならなかった、外の雷鳴が部屋の中で響いている。


「やだぁ……雷?」


 ほんの僅かな稲光で映った彼女の顔は心配そうなもの。それでいて、少しだけ怪しい雰囲気に包まれていた。こんな状況を楽しんでいる。そう読み取れてしまった。

 彼女は暗闇のせいで落ち着かなかった僕に指示を出してくれた。


「ブレーカーをちょっと上げてくるわ」

「あっ、ちょ……」

「そこで待ってて! あちゃあ、扉全部開いちゃってるか!」

「えっ? 扉?」

「そっ、停電で閉じ込められないように電気が通らなくなった時には鍵を全部外す仕組みになってるの!」


 どんどんと彼女の足音と声が小さくなっていく。スマートフォンを取り出し、ライトをつけた頃には彼女の姿は消えていた。

 殺人が起きている状態での停電。止まったレーン。タブレットも時間外のためか電源が落ちていて、画面が黒くなっている。

 すぐに浅場さんを追って、廊下の外に出ようとするも聞こえてくるのはパニックになった声だけ。

 目に入るものも同じだが、特に耳に入ってくる声も不気味で不気味で仕方がなかった。 


 


 

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