Ep.21 証言は回り出す

 彼は意外とでも言うように両手をパーにして、前に出していた。何だかわざとらしい様子に、知っていたなと察することとなる。

 だからこちらから話してみせる。


「知ってましたね」

「やれやれ……執拗に警察に見せるなと言ってくるのだからな。そりゃあ、気付くよ。しかし、彼女達が本気で殺しに来ると思うか?」


 彼は冗談だと考えているようだが。僕や宮和探偵は本気で殺されかけた気がした。と言っても、毎度殺人事件に遭遇する僕や宮和探偵が異常すぎるのでもあると思う。普通に人は「殺す」などと強い言葉を吐く。だからと言って、必ずその人間に対して殺意がある訳ではない。

 今回はこの社長はそう取ったのだろう。特に狙われていたのは社長ではなく、僕達の方だ。咲穂さんも別に竿本さんに対し、殺意を持って近づいてはいなかった。だから咲穂さんが犯人だと気付いてもイタズラだと考えることができたのだ。

 ただ、それならば、思うところもあったはずだ。


「じゃあ、逆に脅迫状が彼女だと分かって……。何で自分がターゲットなのかとかって考えましたか?」

「別に深くは考えなかったなぁ。でも、勉強や部活に鬱憤が溜まって、そんなことをしたいのかなぁ、とは思ったよ。自分で言うのも何だけど、ほら、どう見ても、私は成功者だろ? 妬ましかったんじゃないかな」

「そう……ですか」


 今のところは激しい動揺も見られない。言っていることに嘘も感じられない。脅迫状自体が動機に繋がっているとはあまり考えられないようだ。

 一応、もう少し探ってはみる。


「じゃあ、別で恨む理由などはありましたか?」

「何で部下の娘を殺す必要があるんだ……。そんなことをしている程、暇じゃないんだよ。特にこんなところで騒ぎを起こしたら、こちらが責任を取ることになる。いろんなところで叩かれるだろうし、折角の客足も遠くなるじゃないか」


 何だか人の死を論理的に分析されるのは嫌だと感じてしまう。だけれども、今の言葉に納得している自分もいる。

 この館への招待が売り上げに関わっていることは、「回転寿司館に行けるの!? やったぁ!?」と狂喜乱舞していた宮和探偵を見れば明白だ。それを事故物件なんかにしたら大問題だ。売上も悪くなるし、会社のイメージダウンにもつながっていく。

 もしも何か恨みがあって殺したかったのであれば、この会社の外でやれば良かったのではないか。

 その案を社長も考えていたようだ。


「もしも売り上げを考える自分のような犯人が殺人を行うんだったらなぁ……もっと別の場所でやるんじゃないかな。そうすれば、『すやすや寿司』の令嬢が殺害された……ってなんてマスコミにたくさん来て、宣伝にも繋がるからな。こっちは被害者になるんだから……誰に責められる訳でもない」


 やはり気に入らない。

 何だか人の死を遠くから語っているような気がしてならなくて。近くでは娘が殺されて嘆いている部下がいると言うのに。

 これ以上聞いていても耳に毒かもしれない。

 僕は最後にアリバイだけ確かめておく。


「これで最後ですが、事件当時、そうですね。被害者のメッセージ的にもさっき犯行があったみたいなんですが、この一時間は何処にいましたでしょうか」

「……そこに関してはみんながアリバイがないんじゃないかな。みんな一人部屋でゆっくりしている時間だからな。あるとしたら、蟹江さんと海老沼さん、そして君達だろうな」

「残念ながら僕達も犯人と言われる可能性はあるかもです。影山刑事も僕も寝ちゃって、あんまり……」

「でももしかしたら足音で起きるかもしれない……起きたら後で部屋から出たことを証言される……ってことになるだろうから。君はできなかったと思うよ。だから自分が犯人だなんて思わず、しっかり調べてくれ!」

「あ、ありがとうございます……」


 少し元気の無い返事をしてしまった。自分が犯人でないことは確か。それを自分は信じてるのだと言ってくれるのだから、嘘でも喜ぶべきところのはずなのだが。

 何だか変な心地のまま、社長と共に部屋の外へと移動する。

 次に行くべきは副社長の元か。

 一つだけ確認したいことがある。だから呼びに行こうとしたのだけれども。食堂に副社長の安倉さんがいなかった。


「あれ……何処に?」


 浅場さんが眠そうに欠伸をしながら、安倉さんの部屋がある方向を指差してくれた。


「あそこよ」

「食堂に何で移動しちゃったんですか?」

「一人にさせてくれって、スタスタ言っちゃったんだもの……流石に娘が殺されたばかりの人に強くは出られなくってね」


 仕方ない。僕も同じ立場であれば、引き籠っていたかもしれない。勝手に一人で動いたことは危険だが、許すしかない。

 後は証拠隠滅をしていないか、だ。

 だから僕はすぐ安倉さんの部屋へと尋ね、ドアをノックした。


「安倉さん!」

「……今は放っておいてくれないか……冷たくなった娘の体に少しすら触れられないとは……もうどうにかなってしまいそうなんだ……」

「うう……」


 下手な真似はできない。彼の想いをどうでも良い風にあしらったら、悪い探偵と何の変わりもない。僕はせめても、良い探偵でいたい。だから少しだけお願いをさせてもらうことにした。


「じゃあ、部屋だけ見せてください。そして咲穂さんが亡くなった時は何をやってたか教えてください……」

「そ、それは……部屋だけだ……」

「は、はい……」


 アリバイに関しては証言してもらえなかった。そこは後から考えるとして、部屋の中を観察させてもらう。


「……特にないか……」


 外を開けた様子もない。僕の思った通りだが、証拠がない。

 自分の中で更に副社長が犯人だとあり得ないのではとの結論になっていく。

 感情論抜きで彼が犯人だと思えない理由が見つかった。彼を別に犯人だと思いたくなかった程親しくもなってはいないのだが。どうして今の僕はホッとしているのだろうか。

 疑問に思いながら、彼の部屋を後にさせてもらうことにした。


「では……ご対応、ありがとうございます」


 次は誰の話を聞こうかと思いきや、外にはにやけ面の男が立っていた。その名は深瀬さん。

 僕が身を引くも彼は全く気にも留めない。それどころか怪しさと不快感を振りまいてきた。


「ふん……アリバイが言えないか……当たり前だろうな。ああ、あの副社長だが、ちゃんと娘を殺す動機があるぜ?」

「はっ? えっ?」


 突然の証言に困惑する僕。しかし、彼は続けざまに言い放つ。


「再婚するのに娘が邪魔だって話は聞いたことあるだろ?」

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