Ep.20 証拠品のちらし寿司

 色とりどりに散らばったマグロやサーモン、血だまりの中に落ちている玉子、いかやたこなどはカウンターのそばに落ちている。

 一つ一つ細かいものを調べている矢先に騒ぎを聞きつけた社長もやってきたようだ。


「こ、これは……」


 後ろから秘書の根津さんも顔を覗かせる。


「せ、凄惨ですね……誰がこんなことを……っ……」


 当然、関わりのある人間は集まってくる。さっと現れた深瀬さんも顔を強張らせている。


「何でこんなことになってるんだよ……死んでるなんて……嘘だろっ!?」


 反論するは隣にいる浅場さんだった。壁にすがりついて、首を横に振っている。


「実際そうなってるんでしょ……? この中の誰かが殺した……」


 皆が少しずつ死体に近寄っている。誰も彼もが落ちている寿司ネタを踏みつぶしていることに対し、気付いていない。

 証拠品が滅茶苦茶にされると危うんだ僕が止めようとするも、声を出しても聞きそうにない。しかし、だ。

 まだ正体を全員に明かしていない影山刑事が声を荒げている。


「近づかないで! ここは刑事と探偵に任せてほしい!」


 当然、探偵を知らない人達は僕を怪しんだ。特に浅場さん。しかし、そこに関しては先程の話を聞いていた海老沼さん達が説明をしてくれた。

 そのおかげで一歩一歩引きさがっていくのだが、残念ながら調べていた寿司ネタはだいぶ潰されてしまったようだ。

 その中でふと気になるものを見つけた。


「あれ……海老……? あれ、皆さん足を見せてもらえませんか?」


 僕は気になったことがあり、スリッパを見せてもらうよう要求した。先に社長が躊躇いつつも教えてくれた。


「ど、どうしたんだ? 何か気になるものでもあったのか……? 変なものでも……?」


 竿本社長のスリッパの裏についているのは血やしゃりの塊だけ。僕が探していたものはない。

 他の方も順に見せてもらうも、しゃりやネタ以外にねばりついているものはない。妙だな、と思うことはある。

 ただもしかしたら、何かの手掛かりになるかもしれない。だから、あることを蟹江さんに聞かせていただいた。


「これなんですが……」


 彼女はこそっと言ってくれる。


「……これ……? ああ……ゴミ回収を行った時に全部集めてるよ」

「あれ、ゴミ回収なんていつ来たんですか?」

「二十三時回った頃かしら……一度回ったのよ。取り敢えず、その時間には全員起きてたから……。君はぐっすり寝てたけどね」

「あっ、見られてたんですか……お恥ずかしい……」


 会話を終わらせて、考える。この部屋で他にすることはないか、と。ただ目ぼしいものに関しては調べ終わった。

 だから、捜査の第二フェーズ。聞き込みを進めていくべきだと判断する。

 こういう時こそ、ボヤッとしている刑事を利用しなければ。


「あの……影山刑事、そろそろ一人一人に事情聴取をしていきましょう」

「おお……?」

「後、証拠隠滅を図らせないために皆さんを食堂に集めたままにしてください。聞き込みはそれぞれの部屋で……部屋に何か複製したカードキーとかを持ってる可能性もありますから……」

「そうだな! 分かった! 皆さん、今から事情聴取をしますので、まずは一番の責任者である社長からお話をお聞かせください」


 自分でそれ位判断して言ってほしかったものだ。そう思っていると、影山刑事は二やっとして僕を見る。背筋が凍る程の予感を覚えた。

 僕に何をさせるつもりなのか。


「氷河探偵なら事情聴取できるか……?」

「事情聴取、僕に全任せですか!? えっ、何言ってるんですか!?」

「いや、食堂で何かないか見張ってないといけないと思ってな」


 事情聴取が苦手な刑事など聞いたことがなかった。呆れたものだ。

 そんな僕に宮和探偵が申し出る。


「じゃあ、あたしも手伝う?」


 僕は首を横に振る。嫌そうな顔をするも、気にしない。彼女には僕の代わりにあることを調査してもらいたいのだ。


「一応、話は録音しておくんで……別のことを……ダイニングにいる海老沼さんと蟹江さんを連れてっていいので調理場と洗い場について調べてもらいたいことがあるんだよ」

「何を? 女の子のパンツの数?」

「……その話、誰から聞いたの?」

「……内緒」


 以前、同じような殺人事件があった際、真実を見極めるためにパンツを集めたことがあった。それがどういう理屈であったか、もう今は思い出したくもない。

 とにかく、だ。今回はパンツではない、別の物の数を調べてもらいたかった。


「これの数です……もしかしたら、なんだけど……」

「ちょっと汚いけど、探偵ならゴミ漁りもしないといけないわね……」

「後、お願いしたいんだけど……」

「何々?」


 こそこそと伝えていく。

 もしも内容を聞かれたら、犯人が偽装をする可能性もある。もし宮和探偵が犯人だとしたら、それはそれで隠滅しようとした証拠が残るはず。

 そう考えて一人だけにこっそり自分の考えを伝えておいた。

 彼女は渋りつつも首を縦に振る。


「困ったら、影山刑事も……」

「……了解」


 彼女は海老沼さんと蟹江さんを引き連れて、殺人現場を後にする。お願いを聞いてくれたのを確認してから、僕は最初に三号室の竿本さんを呼び出した。


「では……竿本さん、部屋を見せてください」


 彼も皆に告げる。


「ほら、皆も怪しいものなど持っていないのだから、部屋を見せなさい。探偵に協力しないのであれば、その場で懲戒解雇とするからな」


 そこまでしなくてもいいのでは。

 流石に証拠以外にも見られたくないものもあるのでは。そう思うも社長の独断は進んでいく。娘を失ったばかりの副社長にも声を掛ける。


「気を落とすのは分かるが……娘の無念を晴らすためにも協力した方がいい……一刻も早く犯人を縛り上げなければ」


 こうも協力的であると助かる。彼に頭を下げて感謝し、部屋まで歩いていく。事情聴取の責任重大さにプレッシャーを感じつつも、何とか耐えていく。

 気を取り直して胸ポケットに入れたスマートフォンのカメラレンズをはみ出させて、撮影ボタンを押していく。

 僕が証拠を隠滅したなど言われないようにするため。犯人の証拠を見つけるため。 そこについて竿本社長は気付かなかったのか、言及をしなかった。

 昼間来た時とほとんど変わらない三号室。

 部屋の奥まで進んでから、早速一つの証拠品を確かめる。当然、がさ入れのような行動に彼はコメントをしてきた。


「そんなところを見ても、別に変なものはないよ……!」


 そこにもう一つこちらから。


「変と言えば……あの、思ったより動揺してませんよね……」

「そうかな……?」

「……一つ、いいですか? 社長は脅迫状の犯人が彼女だと知っていましたか? それによって動機のあるなしが変わってきます」

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