Ep.19 寿司の密室
「ってことは、密室なの……?」
その声は蟹江さんのものではなく、事情を聞いて部屋に入ってきた宮和探偵だった。
咲穂さんの遺体に苦い顔を向けている。それでいて密室であるこの現状にも感心を向けていた。
彼女は僕に小さな声で囁いてくる。
「話は聞いたけど……密室ってことは怪しいのは一人しかいないよね……」
「ええ。もう一人……安倉信さんしか……マスターキーは持ってないみたいだから……」
彼ならば娘の部屋だけでなく、何処も入り込むことができてしまう。だから僕はそれとなくマスターキーのことを海老沼さんに聞いていく。
「マスターキーは何個あるんですか? 昼間にいろんな部屋に入ってましたよね。つまり、それようの鍵がいくつか……」
「いや、マスターキーもカードキーと同じで一つだけなのよ。最後に副社長に預けたわ」
「何で副社長だけに……?」
「そこは……分からないけど、立候補したのが副社長だったから。社長にはいいのって聞いたけど、その辺は話さなくって……」
その話を聞いた僕達二人は再度顔を見合わせた。
「じゃあ、持ってるのは副社長の安倉さんだけ……」
僕の言葉に彼女は戸惑っている。感情的な悩みを持っていたようだ。
「ってことは娘さんを手に掛けたってこと? 何でそんなこと……」
動機の面が分からない。そこに首を曲げてまで悩んでいる最中、突如として入ってきたのは影山刑事だった。
「あっ、影山刑事……」
僕はそう呼んだ後に少し聞き込んだ情報を持って、僕達の会話の中に入り込んでいた。
「それは分からないけど……ボクは安倉信さんしかあり得ないんじゃないかって思う」
そんな影山刑事の考えに彼女は否定する。
「いや、でも単にマスターキーを持ってるのにわざわざ密室にしてやる意味が分からないよ!」
その否定を即座に叩き斬る。
「いや、安倉さんはもしかしたらだけどオートロックが壊れているのを知らなかったんじゃないかな?」
「なっ!?」
「オートロックを待っていたら、その前に誰かが入って発見が早まってしまうかもしれない。その際に自分が誰かとすれ違っていたら、間違いなくアリバイの無い自分が犯人にされてしまう。そう思って、先にカードキーでドアを閉めておいた……まさかカードキーでしか閉められないなんて知らなくって、ね」
影山刑事の推理が珍しく
ただ本当に安倉さんは副社長なのにも関わらず、オートロックの破損を知らなかったのか。
尋ねてみることにした。蟹江さんに、だ。
「オートロックが壊れている話って……他の誰かは知ってたんです?」
「社長に深瀬さんに浅場さん、秘書の根津さんも知っていたと思うわよ」
「じゃあ、何で副社長は知らなかったのか?」
「さぁ……意外と根回ししていたのかもね。例えば深瀬さんとかが」
「深瀬さんが……?」
「オートロックの破損を知らなければ、そのまま戸締りを忘れて外に出ることもあるでしょ? 開いているまま外に出たなら女子の下着とかは狙い放題だし、逆にいるのに閉め忘れてれば……」
ごくりと生唾を飲んだ音と共に海老沼さんの声が入ってきた。
「そういや深瀬さんって女癖が悪いって噂聞いたような」
「こら、人の悪口を言うもんじゃありません」
「蟹江さん、それ、どの口が言ってるんですか!?」
蟹江さんと海老沼さんの口論はスルーして、宮和探偵達の元へと戻る。
「何か変ですね。副社長なのに話を聞いていない……その点だけに違和感が残るんです」
宮和探偵は「そっか……」と言ってから協力の意を示してくれた。たぶん元は感情論だろうけれども。
「じゃあ、やっぱ密室殺人なんだね……これ!」
影山刑事は少々面倒くさそうな感じを出す。頭をポリポリ掻きながら、「本当に密室殺人なの!?」と。犯人が副社長だとすれば、手早かった話だろう。
ただ影山刑事も探偵のいうことには弱い。「二人が言うなら問題ないか」と。それでいて他にも納得できる理由を見つけていた。
「だな……それにこの寿司の量もおかしいしな……犯人は何で一人でこんなに暴れる必要があったんだ……それは副社長が犯人だ、だけじゃ説明がつかないはずだしな……」
密室と撒き散らされた寿司の謎。
どちらの謎から解くべきか。
海老沼さんにレーンのことについて先に聞いてみる。密室のことを調べるのに時間制限があるかないかを知りたかった。
「これってこのレーン、いつ止まるとかってあるんでしょうか?」
「取り敢えずは朝までずっと回っている予定だよ。もしかしてさっき言った密室とかの話……?」
「あっ、はい……」
流れで密室の謎に迫る方を優先することとなったようだ。彼女がレーンについて教えてくる。
「このレーンに食べ物を振り落とすとか、レーンが逆方向になるとかってとんでもないギミックはないからね。そこは安心して」
そこで少し違和感を覚えた。
「あれ……振り落とすのがない? よく回転寿司では流れ過ぎた寿司が廃棄される場所があるみたいって聞いたことがありますけど……」
「ああ、それに関してはあの関係者立ち入り禁止の部屋にあるかな。それ以外はないよってこと」
まだ流れているしらす軍艦を見つつ、「これも誰にも取られなければ廃棄されるのか」と。
ただ密室の解決にはならないようだ。
ここの部屋でカードキーが振り落とされる仕組みにでもなっていれば。ベッドの近くに落ちていたカードキーがある理由を説明できたのだが。
人が出入りできる場所を探しても見当たらない。
寿司だけは部屋を脱出できるものの、こちらがレーンに身を乗り出しても腕半分も突っ込めない状態だ。人が入ることなど、到底不可能であろう。
宮和探偵も風呂場を調べたり、ベッドを調べたり。
「抜け穴とか、そういうのは……ない……か」
調べれば調べる程にここが完全な密室であることが証明されていく。後、穴があるとしたら、皿を入れる場所。
僕が自分のカードキーを見てみる。この中ならば、カードキーが通れそうだが。
後ろから海老沼さんが教えてくれた。
「そこからも無理じゃないかな。この下、水が流れてるけど、全部調理場っていうか、洗い場の方に行っちゃうから……水の勢いも強いから、カードキーを投げ込んでこの部屋でシュパッと出てくるなんてことはあり得ないよ」
ううん、と考える中、宮和探偵は新たな考えを出す。
「そーだ……なら、被害者が取ったとかあり得るのかな? これってどうやら出血多量で亡くなってるみたいだからさ……動けたんじゃない? 動いて……レーンに流れてきたカードキーを取ったとか」
「無理がありますって……何で被害者が犯人と協力してるんですか……ってか協力してたら、レーンに血が付いてるはずですし……」
実演してみせたところだった。
血ではないが、カードキーを入れる場所が少し濡れていることに気が付いた。触れてみると、ひんやり冷たい。
「……何だ? 下にある水が逆流でもしたのか……?」
分からない。
密室の謎は解けぬまま、先に次の話から行かせてもらおう。
何故に寿司が撒き散らされているのか、調査しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます