Ep.18 探偵と名乗れば
友人があらぬ姿で倒れている状況に。
鳥山さんが蹲ってすすり泣いている。
娘が無残な状況で亡くなっている姿に。
安倉さんは今にも飛び出しそうになる。しかし、僕は現場保存の鉄則を意識して近づかせないようにする。僕と蟹江さんの力で協力してやっと止まった彼はそのまま、床に崩れ落ちていた。
客が血塗れになっている現状に。
死体も見慣れていないだろう海老沼さんはショックでふらふらとして、そのまま倒れてしまった。
蟹江さんは少しだけ冷静に立ち回っていたものの、心臓の音が大きくなっているのが聞こえてくる。僕にしてくる話からも精神状態が普通でないことが読み取れる。
「ああ……どうすれば……どうすればいいの……? こんな、こんなところでお客様が亡くなるなんて……泥棒なの……泥棒が……?」
僕はすぐレーンのそばまで歩いて確かめる。窓のそばにあるレーンとの間のスペースが濡れていない。この雨の中、窓から部屋に押し入ったら必ず濡れる部分だ。そこが濡れていないことから分かる事実が一つ。どうやら外部の人間が押し入って物取りで殺してはいない。
この館の中にいる誰かが彼女を刺殺したのだ。
考えている中、早速蟹江さんは持っていたスマートフォンで警察に連絡してくれていた。事件のことばかりに集中して警察に通報をしていなかった僕が嫌になる。
ただ更に嫌悪感が湧く状況が起きていた。
「えっ? どういうこと!?」
何が起きたか分かっていない僕達。彼女はスマートフォンを手から落とした後に重大な事実を告げた。
「……山の入口で土砂崩れが起きて、それをどかすために……警察が来れないって……海もこの状況で……」
殺人が起きたのに警察が来れない事態。
厄介だ。
殺人犯が館の中をうろついているかもしれない状況。もしも犯人がただの狂った人間だとしたら。僕達を殺し始めるかもしれない。
その恐怖で体全身が汗に濡れていく。
無差別殺人鬼がいなかったとしても、だ。こんな警察が来るまで時間のかかる館の中でわざわざ殺人を起こしたのだ。犯人はまだ別のことを考えていてもおかしくない。
そのことを放心から覚めた海老沼さんが語る。
「け、警察が来れないって……それってミステリーの連続殺人でよくある展開だよね……誰かまた殺されるかもってこと!?」
蟹江さんがパニックになりそうな彼女を制止しようとしている。しかし、その唇も正気な震え方ではなかった。
「ば、馬鹿言うんじゃないよ! 馬鹿……言うんじゃ……」
すぐにすすり泣いていた鳥山さんも止まる。今の話に感化されてしまったようだ。
「じゃ……ワタシ達、殺されるかもってこと!? 殺人鬼に……!?」
安倉さんも同じだった。
「娘の他に誰かを殺そうと……! 無差別に殺そうとしてきているのか!?」
パニック状態が集団感染していく。次のターゲットは自分ではないかと我先に思い付き、恐ろしくなっている。
この彼女達の気持ちをどうにかできるには。
僕しかいない。僕がやるしかないのだ。今、ここには僕しかいない。ただこの僕もできることはある。経験がある。
「……無差別だったとしたら、たぶんここで待ち構えてるんじゃないでしょうか……少なからず被害者がスマホを持ってることは分かりますし……逆に呼び寄せると思うんです……『早く助けて』とでも書いて。で、来た人達を殺害すると思うんです」
この話の中だと一番最初にターゲットにされるであろう鳥山さんが腕を自分の胸に当てつつ反応した。
「それって、もし無差別だったとしたら……ワタシが?」
「たぶん。でも扉も開けておかないっておかしくない?」
「な、何で……?」
「扉を開けておかないと、安倉さんか社長か……とにかく一緒に来てくれる人がどんどん多くなってしまう。そうすると殺人鬼は二人以上の人を相手にすることになる……無差別殺人鬼としたら不都合なことばかりだ」
「……そ、そうだね……ってことはこれは無差別殺人なんかじゃなく……?」
「たぶん咲穂さんだけを狙った犯行だよ」
無差別殺人ではないことを推理した僕に驚嘆の視線が向けられる。蟹江さんや海老沼さんは全く僕の素性を知らないから当たり前だ。安倉さんも僕の探偵としての経歴をほとんど知らないと思われる。
海老沼さんから疑問が放たれた。
「貴方……さっき探偵とかって話は聞いたけど……何者なの?」
「僕は何個かの殺人事件を解決してきた……探偵です。ニュースでも話題になった、連続誘拐が関わった殺人事件やグルメフェスティバルの殺人事件を解決してきました。だから……これ以上、被害者は出しません……」
その声でほんの少しだけ部屋の緊張感は薄れたか。海老沼さんは少しだけホッとして、鳥山さんに話し掛けてきた。
「わたし達、大丈夫みたいだよ……鳥山さんの友達って凄いんだね」
「そ、そうだよね……わたしが連れてきた探偵はその他にもいるし……そうだ……ワタシ、その探偵さんを起こしてくる」
「じゃあ、一緒に行くよ。一人じゃ危ないかもだから……」
それならと僕はもう一人の人物のことも提案する。
「あっ、だったら先に僕の部屋にいる影山さんを起こしてきてください」
鳥山さんはどうやら影山刑事が警察であることを知らないらしく。
「男の人がいた方がいいから……?」
「いえ、僕の部屋にいる影山さん……いえ、影山刑事ですからね。しかも強行犯係の人です」
「あっ……殺人事件の専門家ってこと!?」
「ええ……」
蟹江さんは部屋を出ようとする二人に言う。
「良かったわね。刑事や探偵さんがいるなら、何とか……なりそうね」
期待を浴びせかけられて、僕は動くこととなる。足を踏み出すごとに言わなきゃ、良かったとの後悔が頭の中に過っていく。
ただあの場をパニック状態にしないでいく訳にもいかない。先に別の部屋にいる影山刑事や宮和探偵を出すよりも、僕が簡単な推理をして探偵となるのが一番安心できるものだと考えてしまった。
これ以上、悔やんでも仕方ない。
犯人の手掛かりがないか、寿司塗れの部屋を見回っていく。
まず確認したいのは犯人の出入り方法だ。先程窓は開け閉めされていないのを確かめた。ついでに調べてみるも鍵も外から開けることはできない。そもそもレーンがあるため、窓を開け閉めするにも大変だ。レーンに身を乗り出さなければならない。ほぼほぼ窓は犯行に関わっていないと考えて良いだろう。
窓を見て振り返ったところで、ベッドの横の床で何かが光っていた。
「これは……」
カードキーがシャリ塗れになって落ちているのが見つかった。指紋が付かないように近くにあったビニール袋を使っても尚触らなければ良かったと思う位、ベタベタだ。
蟹江さんがコメントする。
「何で、部屋のカードキーがそこにあるの?」
「何かあったら変ですか? 犯人が被害者を招き入れたんなら別にカードキーは……ここは鍵じゃないですし……確かオートロックで閉まってくれるはずじゃあ」
「そうなんだけど、この五号室だけは……五号室だけはオートロックが壊れてるのよ!」
「何ですって!?」
この部屋に入った時のことを思い出す。あの時は間違いなく部屋の鍵は閉まっていた。だからカードキーが必要だったのだから。
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