Ep.15 秘密警察介入
呟いた瞬間、僕の口が影山刑事の手によって塞がれた。滅茶苦茶濡れているとのこともあって、とても臭い。あまりのスメルに鼻が曲がってしまいそうなところで影山刑事は深瀬さんに変なことを告げていた。
「いやぁ、幾ら親しくても本名で呼ばないでくれないか? 恥ずかしいじゃないか……!」
深瀬さんはボソッと口にする。
「影山啓二……?」
それから僕の顔を見て、彼の正体について確認を取ってきた。
「知り合いなのか?」
影山刑事はこちらに何か期待を含んだ、輝かしい目で僕を見つめてくる。ぶち壊したくなる、この笑顔。
適当なことを言って、追い出してやろうかと一瞬だけ悪い考えが湧いてくる。と言っても、この台風の中放り出して影山刑事が海に落ちた時の責任は取れない。後味も悪いこと間違いなしだろう。
溜息をつきながらも、彼の意図を汲み取って話しておく。
「同じ絵画サークルに入ってるおじさんです……職業は何をやっているのかは知りませんし、何でここにいるのかは知りませんが、身元に関しては確認できているので……強盗ではないです」
「そうなんだよそうなんだよ……分かってくれた?」
深瀬さんも影山刑事の途轍もない愛嬌を見せられて、背筋が凍えていることだろう。客の知り合いということも相まって、追い返すこともできなくなった今。彼はすぐに身を翻し、「待ってろ。空いている場所があるか、確認してくる」と言い出した。その間に宮和探偵の方も影山刑事に質問をした。
「し、しっかし、何で影山刑事が……?」
宮和探偵と同じものだ。刑事としてもいるのは不思議に思ってしまう。彼は僕が住む地域の近くを管轄する刑事のはずだ。事件を解決しにやってきた刑事だとは思えない。
かといって、本当に彼がただ警察とは関係なく迷っているとも思えない。刑事という正体を隠しているから、だ。
担当している地域でもないのに、何故に警察の仕事をしているのか。
影山刑事は廊下に誰もいない事を確認してから、僕達に事情の説明を始めてきた。
「いやぁ、ちょっと野暮用で。正体を隠さないといけないからな……って言っても、二人も探偵がいるとなりゃあ、ボクはいらなかったのかなぁ?」
その野暮用が何か。
すぐに出てきた安倉信さんが一旦目を丸くしてから、少し苦笑いをしたかのような表情を顔に浮かべだす。
この二人の掛け合いで何となくだが、分かってきた。
「まさか、来るとは……」
「そりゃあね……」
「一応、部屋についてだが、案内できる場所がないんだ……悪い、虎川くん……君の部屋は二人用になっているから。入れてあげてくれないか?」
分かってきたが、理解はしたくなかった。
そもそも回転寿司館に来ることすら、あまり乗り気ではなかった状態だ。それに加え、何故むさ苦しい男と一緒に同室を求められなければいけないのだろうか。
僕が前世で何をしたと言うのだ。
と駄々をこねても、仕方がない。大人になろうと僕は首を縦に振った。
「は、はい……」
影山刑事をきっちりと知っているような安倉副社長は「後はこちらがみんなに伝えてくるから……。虎川くん、部屋への案内をお願いできるかな」と言い、こちらの返答も聞かずに走り去ってしまった。
唖然としている僕に後ろで影山刑事が「よろしくな」と。
またまた溜息をついて、彼を部屋へと招待した。ついでに影山刑事のことが気になっている宮和探偵もついてくる。
「まさか……こんなところで影山刑事と会えるとは……」
「こっちこそだよ。さっき茂みで見掛けた時はもしやと思ったんだけどね……まさか本当に探偵の二人だったとは……!」
「……にしても、何でここに来たんです?」
僕が部屋に入って、ベッドに座る。それから顎に両手をつけて喋っておく。
「脅迫状の件、ですかね?」
「当たりだ! 安倉副社長は高校の先輩でね。相談を受けたんだよ。だから、近くの駅からただの登山客を装って、ここまで来たって訳なんだ」
「わざわざここまでですか……? 駅からって、とんでもない距離だと思うんですけど……」
「そう。だから大変だよ。滑りやすい山道をえっちらほっちら歩いてきたんだから……足が痛くてたまらないね」
彼が答える度、水しぶきが飛ぶので丁重にお風呂場の場所を指を差す。彼はすぐに気付いてそちらに入る。風呂に入っても宮和探偵の質問は止まらない。扉越しに彼へ疑問を投げかけていた。
「影山刑事はじゃあ、その相談を受けてこっちに来ようとして……で、正体がバレると犯人がボロを出しにくくなるから、警察ってことを黙って捜査してるってこと?」
「そういうことになるな」
熱心なのはいいことなのだが。
僕達は残念ながら脅迫状を出した人物の心当たりを知っている。彼の先輩でもある安倉副社長だ。娘の作戦に手を貸して、脅迫状を出したと睨んでいる。
たぶん、安倉副社長も影山刑事が来ることは予想外だったのだろう。あの驚愕の表情はまさに「本当に来たの!?」と顔で言っていたように思えてならない。
安倉副社長本人としては「警察に相談はした」という名目が欲しく、後輩に少し話を出したのだと思う。まさか、本当に遠方はるばる捜査に来るとは思わないで。
となると少々面倒なことにもなることに気付く。
僕を殺そうとしている咲穂さん達。彼女達が刑事の手によって、僕達を殺せない状況に陥ると考えるだろう。
次の手は何をしてくるか。
不審に思っていると、突如チャイムが鳴り出した。そもそも部屋にチャイムがあることを知らず、「えっと」と辺りを見回した。何処にも応対用のインターホンがないことに気付いて、直接ドアから訪問者を確認することにした。のぞき穴やポストの穴もないドアの鍵を捻って、開けていく。
「気を付けてね……」
当然、何が来るか分からない。追い詰められた咲穂さんが包丁を持って、なんてこともあるかもだから細心の注意をする。宮和探偵も自分と同じ不信感を持ってくれていたようで、声を掛けてくれた。
「はーい……どうしました?」
開けてみると、そこには寿司にサングラスをかけたヒーローみたいな仮面を被った人がいた。背丈は間違いなく、咲穂さんのもの。その手の中には包丁が握られている。
一瞬で頭の処理演算がバグり出して、何が何だか分からなくなる。
その少女は包丁を僕の方へと突き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます