Ep.12 森の中で見る夢

「ほらほら、早くしないと置いてっちゃうよ?」


 もう一度咲穂さんを確かめた際、確かにあったような殺気は消えていた。普通の女子高生がこちらに向かって、傘を振っている。ビニール傘を使って、僕や宮和探偵、鳥山さんも外へと歩いていく。

 雨は全く止む様子もなく、風も少しずつ強くなっている。その辺りの樹々が葉を飛ばしていく様子を知って、建物内に帰りたくもなった。

 しかし、咲穂さんの調子はどんどんハイテンションになっていく。


「たまにはこんな嵐の中の森を散策するのも面白いんじゃない?」


 危険だ。止めようと宮和探偵が「本当に行くの?」と言っても、聞く耳を持たない。「楽しいじゃない!」と。

 ならば仕方ない。鳥山さんもどんどん進んでいってしまう。彼女達の安否も心配な上、この間に館の中にいる人達の情報を集めてしまいたい。

 僕は嫌々ながら動いていく。足元の泥に気を付けつつ、鳥山さんに話しかけていた。


「鳥山さん、あのスタッフの人達も脅迫状を出した可能性はあるの?」


 彼女は「また聞きだけど」と小さな声で言ってから、新しい情報を教えてくれた。


「海老沼さんは失敗をこっぴどく怒られたそうだよ……?」

「そう……失敗か。そこまで動機にはならなそうだけど……イタズラ半分だとしたら……やりかねないか……」

「そんなイタズラな人間ってどう思う?」

「……どうって?」


 彼女は少し深刻な面持ちでこちらに問い掛けてきた、その後で一呼吸を置いていた。それから彼女はもう一言。


「いや、悪いことをした人のことってどう思うかって……思ってさ……もし、ワタシ達が脅迫状を出してたとしたら……だよ? どう思う?」


 いきなり不思議なことを聞いてくるのだな、と思った。確かに今、僕は彼女達の自作自演についても考えている。

 もしも、そうだとしたら。

 答える言葉がパッとは出てこない僕よりも先に宮和探偵が驚いたような顔をした後、言葉を吐いた。


「……その時は怒っちゃうけど……反省してれば、ね……。何か理由があったのかとか、動機なら一緒に解決しようとかって考えるかな」

「考える? その動機を……?」

「うん。何故そうなっちゃったのか……も知っておきたいからかな。そうしたら、これ以上嫌なことは起きないでしょ」


 僕は少し戸惑っていた。彼女は彼女で探偵として考えていたことに。僕はそこまでの優しさはあるだろうか。動機の向こうに隠された心まで何とかすることができるのか。否、僕にはどうにもできない。

 探偵として謎を解くだけの力があったとしても、それ以上を何とかすることができない。何とかできることはある意味、僕の夢なのかも、だ。

 僕よりも素敵なことを目指している宮和探偵が眩しかった。雨が降っているのに、まるで晴れているような気分を持っている彼女が羨ましかった。

 そんな彼女は鳥山さんに疑問をぶつけていた。


「って、その前にだけど……二人には何か動機があるかもってこと?」


 鳥山さんは「いや、別に……」と途中まで言おうとしていたが。すぐに首を縦に振った。


「そうだね。あるよ。特に咲穂には、動機が……」

「脅迫状の動機が……? それって、何?」

「咲穂のお母さん、なんだけど……中学生の頃に病気で亡くなっちゃったんだ」

「……それが今回の件とどう関係してるの? 病気なら社長さんが関係してるとは思えないんだけど」

「ううん、なんて言うかなぁ……。お母さんはずっと咲穂の前でお父さんに会いたいって病室の中で言ってたみたいなんだよね。でも社長との仕事で……お父さんは会うことはできなかった……あのお母さんの最期の言葉は……お父さんに会いたかったらしいんだ」

「……そういうこと」


 咲穂さんが抱いている重い物語は本当か。今の彼女からは想像もつかない辛い出来事だったと思う。

 

「言葉が頭の中を巡ってるとしたら、お母さんの願いを叶えられなかった無力感で……社長さんをどうにかしたいって思ってるのかも……いや、ワタシならそうしてたかも……咲穂は大事な友達だから、痛い程気持ちも伝わってきて……そうだね。今の話を踏まえると、友達の復讐を叶えてやりたいワタシも犯人の一人、かもね……」

「そ、そうなんだ……気持ちは分かるかも」


 気付けば、樹が拓けた場所を歩いていた。

 波が聞こえる程、海に近い場所まで来ている。そして、目の前にあるのは崖だ。断崖絶壁を連想させる程。高所が苦手な人は決して来れないであろう。

 その先で咲穂さんが立っている。

 嫌な予感がするような。まるで彼女がそこから飛んでしまいそうな、気がして。怖くてたまらなかった。

 だから宮和探偵は先に動こうとしていたのだが。

 鳥山さんが宮和探偵の服を引っ張って、叫ぶ。


「待って!」

「えっ?」

「走ったら、危険だよ。咲穂、咲穂もそんなところにいたら、危ないよ。戻ってきてよ」


 咲穂さんはじっと立ったまま、動かない。風の中、よろけでもしたら大変だ。僕も声を掛ける。


「おおい、咲穂さん! どうしたの!? な、何か……!?」


 先程の話を聞いてしまったせいか。咲穂さんが思い悩んでいるようにも見えてしまった。何かを衝動的にする。瞬間的に思うのだが。僕が動こうとしても、宮和探偵と鳥山さんが腕を掴んで離さなかった。


「氷河くん、危険だよ」

「うん。ここで待ってた方がいい」


 咲穂さんはその言葉が終わった後にこちらへとやってきた。そして、最初に鳥山さんに強い視線を向けている。


「何のつもり……?」

「何って……」


 僕達が見ているとハッとすると同時に「何もないわ……」と言って、森の中へと戻っていく。

 何をするつもりだったのか。否が応でも分かっていく。

 咲穂さんは助けに来る宮和探偵を落とそうとしていたのではないか、と。うっかり落ちていったと伝えるつもりだったか。

 ついでに僕一人。目撃者もいない中だから僕も口封じできると踏んだか。

 嫌な疑いを目の前で走る二人に掛けていく。

 宮和探偵は真実を分かっていないのか。それとも気付いていても、信じられなかったか。ただ風が吹く中を立ち尽くしていた。


「な、何だったの……今の……なんか、普通じゃないっていうか……やっぱ……あの二人、変だよ」

「散々行く前からそれは言ったのに……今頃気付いたのかって言いたいところだけど……まぁ、いっか。取り敢えず、宮和探偵、気を付けて」

「……あっ、うん……分かったよ」


 最中、何かが近くの茂みで蠢いた。何者かからの視線も感じた。獣ではない。意思のある生き物だ。


「誰だ!?」


 振り向いても誰もいない。

 これに関しては気のせいではなかった。宮和探偵も「誰かいなかった?」と聞いて来たのだ。


「こんな嵐の中に誰がいるの……?」

「少なくとも僕達へ殺意は向けてなかったとは思うけど……」

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