Ep.11 役者は揃った?

 ダイニングでは僕以外の皆が集まっており、談笑している形となっていた。その中で浅場さんが何処からか台車を取り出し、手巻き寿司セットを運んできた。

 これで今から手巻き寿司パーティーをやろうということらしい。浅場さんがそのまま手を出していた副社長の信さんに渡していく。

 箸は漆か何かの高級品を使っているようで。浅場さんが料理の近くに置いていたものをまたもや副社長の信さんに手渡していく。そこから流すように、隣にいた社長の竿本さんの手に持たせていた。


「はい、社長……いつもの箸です」

「ありがとう」


 社長だけではなく、こちらも結構上等そうな箸が渡されていく。樹の匂いがして、何だかゆっくり食事を楽しめそうだ。

 と言っても、手巻き寿司は箸を使うというよりは海苔を使って、刺身やいくらを巻いていくだけ。

 その中で海老やサーモン、まぐろ、きゅうり、かんぴょう、ねぎとろなど手巻き寿司に使える具材の量は多くあったのに、いくらだけが寂しく感じた。

 器にちょびっと盛られていて、皆の口に入れられるとは思えない。

 高級なために用意ができなかったのだろうか。自分にとっては他の寿司ネタよりも好きなものでもあったため、少々残念だ。

 疑念に感じているのは社長の竿本さんも同じで。


「あれ……いくらの量が……足りないな。他の奴はどうしたのか?」


 持ってきた浅場さんも同じく。


「いや、たぶん仕入れが足りなかったのでしょう。いくらは見当たらなかったのですよ……」


 深瀬さんが「お前が食べたんじゃねえのか」とはたまた喧嘩を売りそうになったため、僕が「ま、まぁ、ないものは仕方ないんじゃないですかね!?」と大声で邪魔をしておいた。

 後はもう楽しく手巻き寿司を進めていく感じとなる。宮和探偵は咲穂さんや鳥山さんと自身の巻いた寿司を見せあっている。

 自分も折角海鮮が目の前にあるのだ。楽しもうとぷりっぷりの海老の感触を味わっていく。マグロのスッキリとした感じも悪くない。口の中でとろけていることを察するに、どうやらお店で使われているものとは全く違うようだ。

 醤油やわさびも適当に使いながら、食事をしていく。

 その際だった。僕の後ろを何者かが通っていく。それも一人ではなく、二人、だ。そこに気付いた僕が振り返ると、中年の女性と二十代前半位の女の人がボトルを持って動いていた。

 彼女は僕に気配を察知されたことでこちらに歩いてきた。最初に来たのは中年の方。


「申し遅れました。ワタクシ、本日と明日の調理を務めさせていただく蟹江かにえと申します。ほらほら、貴方も皆さんに挨拶するのよ」


 呼び止められた方の女性もこちらに勢いよく駆けてくる。ボトルの蓋が空いていたため、中身の醤油らしきものが零れそうになり、僕に降りかかりそうになる。

 あわや、と思っている前に蟹江さんが受け止めた。


「ちょ、ちょっと……お客様に掛けてどうするのよ……」

「ご、ごめんなさーい! わ、わたしは海老沼と申します! 本日の皆さんのお世話を務めさせていただきます! な、何かあればわたしにお申し付けを!」


 今先程、僕がお世話になりそうなところである。そして蟹江さんに散々お世話になりそうな感じもするのだが。

 鳥山さんが苦笑いで海老沼さんに反応していた。


「今回は人の服、濡らさないように、ね」

「あ、あの節はす、すみません!」


 以前、何かをやらかしたこともあるらしい。咲穂さんの方は悪態をついて「何で彼女が選ばれてるの?」と信さんに尋ねていた。「こういうこと以外に関しては優秀だからだな」との返答は来ていたが、それでは不満のよう。

 溜息をついていた。海老沼さんが「あの時はお召し物を……ご、ごめんなさい」と言っているところを見るに、過去にトラブルがあったのだ。

 海老沼さんが意気消沈していると、すぐ蟹江さんが彼女の服を引っ張った。


「ほらほら、調味料の補充をしに行くよ!」

「は、はーい!」


 彼女達が通り過ぎた後に竿本社長がまた喋り出す。回転寿司館について更に説明をしてくれるそうだ。


「部屋での食べ放題は15時から18時、22時から25時まで。彼女達がお寿司を握って、レーンに回してくれるからその時に。明日の日程はまた調整してお伝えするよ」


 流石に一日中レーンに寿司が回っている訳ではないらしい。確かに人の労力を考えても、夜中もずっと回すというのは難しい話だ。

 とても甘い砂糖が入れられたと思わしき、玉子焼きを巻きもせず口に入れながら考えた。醤油が欲しくなる程、甘ったるい味。

 そこで一人、上から降りてきた。


「遅れてすみません」

「おっ、根津くん」


 かなり落ち着いた感じの女性だった。咲穂さんは暗めと表現していたが、これ位の冷静さが人にあってもいいのではないかと思う。髪の毛を結っていた彼女は眼鏡を指でくいっとさせてから、社長に話しかけていく。


「会合は15時からの予定でいいですね」

「あ……ああ。頼む……ほら、九番の鍵は取っておいたぞ」

「ありがとうございます」


 彼女は社長というのにも関わらず、ひったくるように取って歩いていく。やはりそんな態度が咲穂さんには気に入らないようで。怒鳴ったり、騒いだりはしなかったものの、少々変な感じを見せていた。

 ただそんな彼女から僕達に提案もあった。


「今からご飯流れてくるまでに時間あるし……腹ごなしついでにも散歩に行かない? 二人とも?」


 その二人に僕と宮和探偵が入っていた。ネギトロを手巻き寿司に詰め込んでいた彼女は突然として話をされ、固まってはいたものの。

 すぐ順応した。


「いいね。凪ちゃんも来る?」

「うん、ワタシも行こっかなって思ってるし……虎川くんはどうする?」


 今の外の状況を考えるに大雨ではないだろうか。そんな中、外に飛び出すのもどうかと思う。


「僕は……ちょっと別の件を」


 脅迫状のことを調べたいと伝えようとしていたが。鳥山さんが首を横に振る。


「大丈夫だよ。咲穂のお父さんもいるし……守ってくれるよ」

「う……ううん……」


 これにて全員が集まった回転寿司館。

 食事が終わり、皆が自由行動の時間となる。次に集まるのは夕食時だそう。といっても任意であるらしく、お昼と間食を食べ過ぎてしまった人は来なくてもいいとのこと。

 絶対集まる必要があるのは、明日の朝六時だそうだ。

 ふと宮和探偵が「そういえば、蟹江さんと海老沼さんは寝室がないんじゃ」と心配していたが。そこに鳥山さんが「二階にスタッフが泊まるようの部屋があるから大丈夫だよ」と。

 そんな会話をしながら用意されていた傘を使って、降りしきる雨の中へ咲穂さんが飛んでいく。

 振り返った先に見えた、その目。


「えっ、あれ……」


 宮和探偵も何か違和感を覚えたらしい。

 僕も、だ。あまりにも冷たすぎるものが見えた、気がした。

 

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