Ep.10 回転寿司館の仕組み(2)
マグロ、海老、いくらと一皿ずつ順に流れていく。一回間が空いたかと思えば、今度は卵、サーモン、鉄火巻、河童巻きとやってきた。
新鮮なネタらしく、刺身が一つ一つ輝いている状態だ。店舗でないから、クレームを気にすることもなく、衛生管理の蓋はついていない。
今はほとんどなくなってしまった回転寿司の光景が目の前にある。
当然、部屋の中に回転寿司のレーンが入っている事実に、事前に見聞きしていたのにもかかわらず驚いている。僕は言葉を失っていたが、宮和探偵は毛を逆立てていた。
「こ、これは凄ーい……! た、食べてもいいのかな……」
宮和探偵はまだドアの前にいる竿本さんに対し、確認を取る。そこにキランと眼鏡を光らせて、何だか怪しげに笑っている。
違和感はそれだけではない。
回転寿司の割には、同じネタがまとまって流れてきていない。普通は何個か同じネタをまとめて流すのが普通ではないか。刺身など塊のものを何枚か切ってシャリの上に乗せて寿司をレーンに放流しているのだから、マグロやサーモンが一皿分だけが流れてくることが不可解なのだ。
その上まだ作る人がいないのでは。朝から流しているものが、ここまで綺麗なはずがない。
彼女はおしぼりをじっと見てから、手を拭いていく。それから再び流れてきたいくらの皿を取って、口にしようとする。
そこで僕はふとあることに気付く。
「あっ、宮和探偵」
「まずは醤油を付けずに一口……!」
ガブリ。その音が聞こえそうな勢いで口に入れた彼女。すぐにその目から涙を流し始める。
「かたーい……なにこれ!?」
事実に気付いていた僕は呆れ、真実を知っていた竿本さんは白髪を揺らしておおいに笑っている。
「ははははっ! まさか、まさか……食品サンプルなんて気付かずに食べるとは、ね……あはは」
「宮和探偵……触って気付かなかったのかよ……?」
彼女はすぐさま自身の唾液が付いたいくらを皿の上に置き、両手の指をもじもじ絡め始めていた。
「だって……軍艦だから……こういう海苔の感触もあるかなぁって……お米の味とか……分からなかったから……」
「それ以前の問題だ……普通、誰も握っているはずがないんだから……偽物に決まってるじゃんか」
「それをもう少し早く言ってよー!」
「それよりも早く食べたんでしょうが……!」
あまりにはしゃぎすぎている。旅行気分でしかない彼女を横目に僕は辺りの様子を確かめる。
カウンターは普通のチェーンの回転寿司とほとんど変わりはない。カウンターに背もたれのついた椅子が一つあり、そこに座ってくつろげるようになっている。カウンターの上にはガリやお茶の粉、醤油にポン酢、甘たれと様々な味付けをするための道具がある。ただ中は全て空っぽだ。できるのは、お湯の蛇口で手を洗うこと位か。大火傷間違いなし。
竿本さんはいつその調味料が供給されるのかを説明してくれた。
「皆が後でご飯を食べているうちに供給されるから、待っていてくれ。取り敢えず、その二人が何か不自然なことをしないか……安倉くんに確かめるようには伝えとく……そこに罠があることはないだろう……で、罠はあったかい? 探偵さん?」
宮和探偵は気を取り直し、辺りを確かめていく。湯飲み、トイレや風呂に関しても何の異変もない。宮和探偵がベッドをバンバンと叩くも、何も意味はなかった。
「問題ないですね……」
僕も論理を付け加えていく。
「結局、お客さんや僕達が要求すれば部屋を入れ替えられちゃいますからね。ここだけに罠を置いても、脅迫状通りに社長を狙えるとは思いません。違う場所で犠牲者が出たら、警察を呼ばれちゃったり、社長に逃げられたりする可能性がありますし」
竿本さんはそこにポツリ。「だろうな」と。そこから彼は近くにあった小さな釣り竿を手に取り、糸をゆらゆら動かしながら、言葉の弾幕が始まった。
「つまるところ、やっぱり脅迫状はイタズラだったに違いないね。こういうのはよくあるし……もしかしたらライバル会社がここにいる人達を疑わせて内部壊滅をさせるためにしたものなのかもしれないな……一応、何日か前に別荘に来て、色々確認もしてる。その時も何もなかったからな! うん、きっと問題ない! だからもう気にせず、楽しんでくれたまえ! ほらほら、みんなダイニングで待ってるぞ」
釣り竿を近くの壁に当てると、いきなり当たった部分が光り出す。魚が壁に映し出され、その竿から逃げようとしていた。
どうやら、映写機と釣り竿の先にあるセンサーを利用したゲームらしい。
宮和探偵は「じゃあ、後で来ますね!」と。完全にもう遊ぶつもりのようだ。だからか部屋から出る前に、ここのカウンターの上にある真っ黒なタブレットとガチャポンとレーンの真ん中の真下部分に位置する皿を入れる用の穴について質問をした。
「あれ、時間になれば使えますかね? 注文用タブレットですか?」
「ああ! 後でしっかり使ってくれ」
「ここも食べれば食べる程、たくさんガチャポンが回せるんですか?」
「五皿で五枚。それはうちの店と変わらないからな。たくさん食べてたくさん回してくれ。ここでのお代はタダ、だからな」
「よっし! 食べまくるぞー! 氷河くん、後でどっちが多く食べたか競争しよっか!」
目の前にいるのは探偵などではない。ただ本当に無邪気に今を楽しもうとする女子高生だった。
女子というものは存外そういうものなのかもしれないと円系の廊下で追いかけっこをしている鳥山さんと咲穂さんを見て、更に思うこととなる。
先に鳥山さんが止まって、僕の登場に反応した。
「あっ、虎川……調べることはもう終わった?」
「ああ……特に変なものもなかったかな」
「じゃあ、脅迫状は一体何を示してるんだろうね?」
「さぁ……」
「一旦休憩したら、後で雨の中その辺、散歩してみよ。そうしたら、頭の中スッキリして、何か新しい発見があるかもしれないし」
「散歩……か」
雨の中わざわざ散歩に誘ってくるなんて。僕には憂鬱にしか思えないのだが。海の風を感じたかったのか、宮和探偵は「いいねいいね!」と賛成している。
僕達は早速、自分達の部屋に赴こうとする。その際、しっかり建物の中を見て確認するためにわざわざ遠回りをしていた。目視は大事だ。
実際その通りで、三と四の隣に番号は書かれておらず「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたドアがあった。どうやらここがレーンに寿司ネタを回すための厨房的役割がある場所なのだろう。
廊下には合計十一室があることを確認してから、八号室に入って荷物を置く。三号室を少し大きくしたような部屋。壁に映写機やゲームがないところ以外はほとんど同じ。
観察することもなく、ベッドの上にスマートフォンだけ取って、中央のダイニングへと向かっていた。
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