Ep.8 きっと脅迫状なんて忘れてる
「はい! もちろんです!」
手を合わせて、テンションハイマックスで答えた宮和探偵。今にも飛び跳ねそうな笑顔で竿本さんに挨拶をしていく。
彼は背広のポケットに手を突っ込み、「まぁまぁ、そんなに畏まらないでくれ。格式ばったのは嫌いなんだ」と。
そこからは宮和探偵のインタビューが始まっていた。
「しっかし、こういうのを作っちゃうなんて! 子供からの夢とかだったんですか?」
「そうだなぁ。子供の頃からずっとずっとお寿司を食べてみたいってのはあったな……だからといって、子供の頃の夢が寿司職人とか、そういうのではなくって、警察官だったかな。そういうのになりたかったんだが……やっぱり高校時代に寿司屋で感動したことがきっかけかな?」
「感動? お寿司に何が……いや、社長に何があったんですか?」
「いやぁ、お寿司屋をやっている女性の大将がいたんだけどな……」
夢、か。
一つの単語が出て、僕は自身を不意に振り返ることとなった。
自分の夢は何だったのだろうか、と。自分の幼馴染である女の子は推理ものの影響を受けすぎて「将来は探偵になろうかなぁ」なんて言っていたが。
僕はそんなものが無理だとずっとずっと思っていた。毎回事件を解決する名探偵は運が良いものだ。たまたま目の前に容疑者が集まっていたから、謎が解けただけ。現実だったら、そうはいかない。子供なのだから別に探偵は完璧なんだと夢を見ても良かったはずなのではあるが。あの時から実質、可愛くもない子供だったから、現実ばかり見つめていた。
今の僕の夢は何だろうか。
探偵ではないことは確定しているはずではあるが。今のままだと間違いなく、探偵に引きずられてしまう。
すぐ僕の得意なことだとか考えても、何になれるのかなんて答えは出てくれない。
宮和探偵の方は夢を自信満々に語っている。
「あたしの夢は探偵もありますが、それは副業でもいいかもなんて考えてたり……実際は他の人達に旅行をすることが楽しいって思ってもらえるものがいいな、なんて」
「自分の好きなものを仕事にしたいって気持ちはとっても大切だね。でも、大変過ぎてその好きなものすらも嫌いになるかもしれない……」
「確かに……言われてみて……好きなものを仕事にして、スランプで追い詰められちゃって自殺したって人も見てきたのよね……漫画家の先生とか……」
「君は君で大変だったんだね……でもそういう時のために好きなものを幾つも作っているのがいいかな。自分に逃げ場所を作るっていう意味でも大切なことだからな。人生は仕事だけじゃない!」
「社長さんが言うと、その重みが全然違いますね!」
金言を貰った宮和探偵が目をキラキラ光らせて、更に話を進めようとしていた。その時、僕達の真後ろにある扉が開く、ギギギと音が飛んできた。
それと同時に僕達に振りかかるのは男性と女性の口論だった。
「雨具を持って来れば良かっただろ!」
「そっちが準備しなくていいって言ったんじゃない?」
「いちいち、何日か前の話を掘り返すんじゃない! その時は晴れでも天気予報なんてコロコロ変わるんだから!」
「んなこと確認できる余裕なんてあると思う? 暇人はいいわよね! 色々調べられるんだから!」
「調べられないから、こっちも散々な目に遭ったんじゃないか!」
その二人の人影からは水のようなものが滴れている。鳥山さんが鞄の中にあったタオルを取り出して、二人に渡していく。
「お二人共、濡れたんですね……まずは喧嘩の前に拭いちゃってください!」
咲穂さんが二人の近くを素通りして、玄関の扉を開けている。
「あれー? いつの間に降り出したの? ポツリもしてなかったのに……!」
外から流れてきた音から察せられるに、だいぶ激しい豪雨に見舞われているらしい。空全体が光ったと思えば、すぐに勢いの良い音が響き渡る。
その音に驚いて、咲穂さんが「きゃあ!」と耳を塞いでいく。同時に扉が猛スピードで閉まっていった。
衝撃音の連続に驚いたのか、口論していた男の方がまず落ち着いていた。最初にタオルを渡してきた鳥山さんに注目する。
「あ……ああ……ありがとう……鳥山さんだっけかな。お久しぶりだね」
「ご無沙汰してます、深瀬さん」
一人の興奮状態が冷めたことによって、もう一人の女性も落ち着きざるを得なくなる。すぐに女性も鳥山さんに声を掛けた。
「見苦しいところを見せちゃったわね……。でも、悪いのはこいつよ」
「おい……」
二人のうちの一人の男、深瀬さんが女性の挑発に乗ろうとする。
刹那、喧嘩のきっかけを見逃さなかった信さんから少々厳しい声が入った。
「社長の前でなんという醜い争いをしているのか……そもそも、喧嘩のレベルが小学生じゃないか……」
「あ……す、すみません」
竿本さんは幼稚なやり取りに対して、怒っていると言うよりは笑っていた。
「二人が調子が良いなら結構結構!」
「社長、二人に甘すぎやしませんか?」
「いやぁ、まぁ……そこは……まぁ、プライベートでも」
「この二人は公私混同が多すぎます」
「確かにそれなら……きちんと、やんないとなぁ」
「二人の対立が時折、何かのヒントになることもありますが」
「じゃあ、やっぱ喧嘩させておいてもいいかも」
「しかし、険悪なムードが」
「喧嘩はやめた方がいいかな」
こちらとしては社長の優柔不断なところが見えて心配になった。更に信さんも厳しい提言をしているように見えて、社長で遊び始めている。
ここの経営は大丈夫なものか、と。
しかし、何とか儲けは出ているのだから、僕が邪推する必要もないはずだ。楽しい雰囲気が良いのだろう。
すぐ後に僕達は信さんから二人を紹介してもらった。
男性の方は
女性の方は
二人の苗字が深い、浅いの対照的なこともあり、性格も衝突しやすいこともあり、
今も尚、副社長に注意されたばかりであるのにまた喧嘩を始めている。
「深いって言うより、快くない方の不快ね。この男と一夜を共にするなんて考えられない」
「そんな考えが浅い人間にはなりたくないなぁ」
「言ったわね。殺すわよ」
「殺してみろよ。殺しかえしてやるよ」
脅迫状の「殺す」の意味合いが生温くなってしまう程に。熱烈に言い合いをする二人。参ったなぁと顔に手を当てて疲れた顔をしていく鳥山さんの横を通り過ぎて、僕は外を見させてもらった。
同時に来たのだからカーレースでもやってきたのかと思ったが。
駐車場には一つの車しかなかった。案外、二人は仲が良いのかもしれない。
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