Ep.7 限界突破の防犯意識

 聞いていると、さざ波の音が耳の中に飛んできた。ざざーっと、ざざーっと静かに何度波が打ち合っている。その音を聞いて、外を確かめた。潮風の匂いなども入っていることから、海が近いようだ。

 何だか不安な感じもするけれども。

 宮和探偵がスマートフォンを手に取って、口にする。


「電波はちゃんと来てるから、いつでも増援は呼べそうだね。電波がないっていうのはミステリーの中で最悪なことだからね……」

「ミステリーの中で……んなこと考えたくないんだけどなぁ……」


 そんな発言のせいで、ミステリーではよくあるパターン。電波が届かない感じで次々と怒っていく事件のことを予期することとなる。絶対今回はそんな目に遭いたくない。

 事件が起きないようにと気を引き締める。ここまで来てしまったからには、脅迫犯をさっさと見つけて探偵としてのお仕事を簡潔に終わらせたい。

 何事も起こらなければと思っているうちに、森が拓けた場所に建物が見えてきた。そこではしゃぐのが咲穂さん。


「見えてきたよー! あれあれ!」


 よく世間と離れた場所にある大きな建物を城と呼ぶこともあるのだが。見た目的には研究所、か。

 白い外壁の形を見て、館全体が円形であることが伺える。咲穂さん達が言っていた通り、一階には窓しかない。二階から入れるような階段が見て取れた。

 車が停まったところで、僕達はトランクから荷物を取り出していく。信さんが辺りを確かめている。


「どうやら俺達が一番乗りだったみたいだな」


 咲穂さんは「いえーい! 一番乗り」と言って、鳥山さんと楽しそうにハイタッチしている。ハイテンションにはついていけないと思っているものの、宮和探偵の方もそちらにつられて楽しそうになっている。


「あれが夢の回転寿司館か……ワクワクするなぁ……!」


 トランクから一通りの荷物を出そうとしたところで、僕は窓から中を確かめようとした。しかし、何処もカーテンが掛かっていて中が確かめられなかった。

 回転寿司館の特徴として外側にレーンが回っているとのことだったのだが。

 鳥山さんがそこをこそっと解説した。


「外から目立つとここに迷い込んできた人が勝手にここを住処にしちゃうことがあるみたいだからね……」

「あ……ああ……!」


 気付かぬ間に後ろに立たれていたことに驚いて、適当な返事をしてしまった。彼女が喋ると同時に過去に起きたトラブルについて、咲穂さんが父親に確認を取っていた。


「確かぁ……前にここで泥棒みたいな人達がパーティーみたいなのやってたんだっけ? 中に食べ物があるかもってことで探ってて……鍵をこじ開けて。たまたま通りがかった人が通報してくれたから良かったけどねー!」

「あ……ああ。そのまま荒らされたまま、お客さんを招待しなくて良かったよ」


 そのために他人が興味を持たないよう、カーテンは必ず閉めるようにしているらしい。

 宮和探偵は聞いた瞬間に僕と同じ疑問を持ったようだ。


「でもそれだけじゃあ、入られちゃいそうだけど……」


 質問があったことから防犯意識に関して、信さんから説明が始まった。彼はカードのようなものを鞄から出してきた。


「ここの鍵についてはカードキーで管理しているんだ。これなら鍵穴がないから、こじ開けられる必要はないな」


 ドリルなどで開けようとするなら、別の場所の方が効率が良いだろう。ましてやたまたま放置された館を見つけて壊せる道具を持ってるなんてことはそうそうない。

 更に大きな防犯意識を持っていると口にする。


「部屋ごとにもカードキーがあってだね。二階にある小部屋にも、ダイニングにも一階にある十個の部屋にも……カードキーが必要になるんだ。そのマスターキーがこれってことだ」


 そう説明すると寒い中立たせる訳にもいかないと判断してくれたのか、彼はすぐさま建物の外壁にある階段を昇り始めていた。咲穂さんも鳥山さんもついていく。僕も宮和探偵も共に進ませてもらった。

 早速マスターキーを使用して、館の中に入っていく。

 といっても、そこまで館らしさもなく、玄関は意外と小さかった。かといって、自分の家やアパートの一室と同じな訳もなく。地域の公民館などの玄関を想像すれば例えられるだろうか。

 近くにあった靴箱に履物を入れて、先にある廊下を見通した。廊下がただ一本伸びている。左右にカードキーが必要とされる形のドアが幾つかある。そこを見ていると、信さんから「ほとんどが寿司職人の寝室だ。お客さんの寝室は下だよ」と説明された。

 途中でその廊下の真ん中に下へ向かうための階段がある。

 咲穂さんは階段を使わず、右に逸れて廊下の最奥まで進んでいた。何だかそこだけ色合いの違う、威圧感のあるドアが造られていた。

 つい、気付けば好奇心のせいか、僕は宮和探偵と一緒に彼女と同じ道をたどっていた。そして口を開いていた。


「これが……社長室、なのかな……?」


 僕の問いに彼女はドアを見ながら語っていく。


「いや、会合を行うための会議室なんだけど……あれ、何か前と様子が違うような……パパ? 何かここだけ鍵が違うような気がするんだけど」

「企業に関する大切な書類とかもあるからね。金庫破りも入れないようにここだけ頑丈な作りとセキュリティーで守ってるんだ。もし泥棒に入られた際の損失は食べ物が無くなった、だけじゃ済まないからね」

「じゃあ、パパ! ここに社長さん、閉じ込めておけば? ここ、窓なかったはずだから……外からの襲撃とかもできないはずだし! その方が助かるんじゃない?」

「んなことしたら、社長が……」


 可哀想だろうと言おうとしていたのだろうか。その前に朗らかな男の笑い声が飛んできた。男は信さんと僕しかいないはず。

 誰だと思い、振り返ると見覚えのある男が歩いてきていた。


「わざわざここに来て、閉じ込められるなんて不運なこった。それなら、カラオケとかダーツとか、遊戯施設も入れておくべきだったかな」


 僕は反応をそこまで見せなかったものの。一番ここでヒヤヒヤしていたのは信さんだろう。


「し、失礼しました! 娘が失礼なことを!」

「いやいや! そんな突飛な話をしてくれた方がいいかもな。脅迫犯が『何だこりゃぁ』ってなって、やる気が失せてくれれば万々歳なんだからな」


 テンションの高い中年の男。眼鏡を見るだけで分かる。

 この人が命を狙われている本人、回転寿司チェーンの社長である竿本遊大さんだ。彼は僕達にこんなことを言う。


「話は聞いてるよ。探偵さん達? 犯人を見つけるなんて無理なことはしなくていい。この回転寿司館を心行くまで楽しんでくれたまえ。この寿司のテーマパークを、ね」

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