Ep.5 恨まれ憎まれ
「おっはよー!」
ロータリーに到着した直後。
暗雲が空に立ち込めている状況で底抜けに明るい宮和探偵の挨拶が飛んできた。彼女は黒いフリルが付いている音符が描かれた白のワンピースを着飾っていた。よくよく見ると、フリルが鍵盤の黒いところ、いわゆる黒鍵のよう。つまるところ、ピアノをイメージした服を選んだようなのである。
僕は青と白のギンガムチェックが入った服。ファッションセンスについては何か言われるかもしれないと微量の恐怖を覚えつつも、声を掛けてみた。
「おはよう。まだ安倉さん達はまだかな?」
「もうすぐ来ると思うよ! さっき家を出たってメールがあったから。氷河くんは見てないの?」
「そういや、メール来てたんだ……すっかりスマホ見るの忘れてた」
というのもメールやチャットアプリは知り合いからの余計な挨拶で溜まっているからである。特に僕とよく事件に遭遇する女子大生探偵なんかが「何かよそよそしいわね……隠し事でもあるんじゃないの?」などと言ってくる。
隠し事をして当然だ。
他の探偵を捜査に連れていって、もし犯人が逆上した時に守り切れる自信がない。こうして自分がどんな目に遭うのか分からない探偵一人でも、どうにかすることのできない僕には二人を防護するなんて到底無理な話。
今回はどれだけずるいと言われようが、女子大生探偵には留守番をしてもらおうと思う。
しかし、宮和探偵はスマートフォンを見て聞いてくる。
「そういや、先輩探偵はいないんだ」
「いつも一緒にいる訳ではないからね」
「なーるほど……わざと呼んでないんだね。守るため?」
「……いや、別に。一気に二人の探偵を挫けさせる自信がないから、だけ」
「まーだ、あたしの探偵を辞めさせる作戦、終わってなかったんだ……」
「ええ。どうせただ普通にやめろと言っても、やめないだろうからね……。僕が実力で探偵を辞めさせるしかないんだよ」
例え隣にいる宮和探偵と衝突しようとしても、だ。
しかし、彼女は別にバチバチと火花が飛び散るような感情を向けてこなかった。探偵へ喧嘩しようという対抗心は僕だけが持っているものらしい。
「アタシの探偵を辞めさせる作戦って、やっぱ脅迫状の謎をあたしより早く解明して実力差を見せつけるか、その脅迫状が来たのが罠ってところを暴いて隠して、あたしに恥をかかせるか?」
「無論、そこかな」
意地の悪い言い方をしても、彼女は「ええーそーなんだー!」と気軽に受け答えをしてきた。
彼女もまた僕の調子を狂わせる一人となっている。
早く何とかしなければ。
頭を抱えているところでやっと、僕達を目的地へ誘ってくれるらしい黒い車が僕の前に停止した。前の助手席の窓が開き、咲穂さんが手を出した。
「お待たせ―! 荷物はあるね。トランクに乗せちゃって!」
言われた通り、僕と宮和探偵は各々の着替えや雨具が入った手提げ鞄をトランクに入れさせてもらった。
予定としては一泊二日。そこまで大荷物にはならないものの、座席や足元に置いておくというのも邪魔ではある。
その後は鳥山さんが奥に座っている後部座席に宮和探偵から乗らせてもらう。最後に乗車した僕は宮和探偵と一緒に運転してくれる男へ会釈した。
「では、今日はよろしくお願いします」
「お願いします」
男は顔に皺があるものの、丸顔でそこまで老けても見えない。咲穂さんが「じゃあ、パパ、出発しちゃって!」と言うまでは彼女の父親だとは思わなかった程だ。
そのまま発進させた車と共に最初に鳥山さんが話し出す。
「今日は来てくれて、ありがとね。色々あるけど……。大変なことはあると思うけど」
「大丈夫。あたし達が来たんだから、黒船に乗った気でいて!」
今、ここにペリーが来航した気がするのだが。
ツッコミはしないでおいて、目的の人物がいるために僕から話し出す。
「で、安倉さんのお父さん……ええと、確か、
「よく、俺の名前を知っていたね……」
「咲穂さんがパパは副社長って言ってましたからね。調べましたらホームページに名前が載ってましたよ」
「流石は探偵だ。これなら、脅迫状の件も何とかなるかな」
今まで脅迫状が本当に来ているのか、疑っていた。
彼女達が一向に見せてくれなかったから。だから脅迫状は本当は嘘なのだとも思っていた。しかし、実際に脅迫状は存在しているようだ。
わざわざネームバリューのある人が嘘までついて、僕達を陥れようとはしないだろう。お偉い人がわざわざ自分の名誉を地に堕とすようなことはしないはずだから。たぶん。この男がたいそうな親馬鹿でなければ。
と言っても、咲穂さんが車の中にかんだティッシュを放ろうとした際、「ちゃんと捨てなさい」と言っていた。注意するところは問題なく、甘やかすことなく発言するようだ。親馬鹿の可能性は否定された。
脅迫状は存在している、で見て間違いないだろう。
その予測を彼女もしていたようで何だか嬉しそうにこそこそと語り出す。
「ほらほら……本当に脅迫状はあるんじゃない……! 罠って可能性は消えたんじゃない?」
「そうですね……じゃ、早速話を聞いてみます。あの……信さんは脅迫状が来るってことはその社長さんは結構何かやらかしてるってことですか? あっ、でも別に社長さんの悪口とか……」
相手の気が悪くならないように。慎重に話そうとしていたのだが。男は少しふっと息を何処かから漏らしてから、突拍子もないことを言い出した。
「ああ、いやいや、上司なんだから何処から恨まれててもおかしくないのは当たり前さ。接客業なら猶更。クレーマーを普通の感覚で対処したら、逆ギレ、逆恨みをされて社長宛に色々嫌がらせをしてくるなんて当たり前の話だ」
「まぁ、あり得ますよね」
「他にも他の会社から色々批判されるなんてことはある。恐ろしいことに商売の界隈は足の引っ張り合い。地域に密着しているようなローカルチェーンなら当然。大きな会社に狙われたり、同業他社に一緒にやろうななんて裏切られたり」
宮和探偵は「ありますよねー。ゴールまで一緒に走っていこーって約束してたのに、先にどんどん走って行っちゃったり」と。
その裏切りは知らない。後そんな約束は理不尽だから、やめてもらいたい。本来の実力が出せない約束相手が可哀想だ。
男が苦笑いをしている様子が斜め横から見て取れた。
「あはは……でもライバル企業は今回の会合には呼んでいないからね……つまり、今回来る誰かの中になるんだ……。そういうことは初めてだからね」
「じゃあ、その人からどういう風に恨まれるのか、シミュレートしますので来る人を教えていただけると助かります」
できれば見るだけで判断しておきたい。さすれば、館に行く前に全て解決できるかもしれない。
で、できることなら何か起こる前に帰りたい。
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