Ep.4 前向きな探偵さん
「何だか臭うな……」
彼女達がいなくなった瞬間、隣にいる宮和探偵にそう呟かせてもらった。しかし、勘が鈍いのか彼女は辺りを見回すだけ。
「お寿司の匂いしかしないけど……どうしたの?」
彼女はきっとこちらの嗅覚に異常があると思っているのだろう。首を傾げている。僕はテーブルに肘を付けて、顎を手の上に乗せてから説明をしていった。
「いや、そうじゃなくって、あの二人……怪しいと思わない? 何か無理矢理探偵を参加させたいみたいで、さ……脅迫状も来てるし」
「だから……?」
「えっ、だからって? えっ?」
「別に信じててもいーんじゃない? 嘘だとしても、回転寿司館に行けるんだし」
宮和探偵には警戒心が欠落しているのか。何か嫌な予感などはしないのか、とも思う。何だか無理矢理僕達を連れていって、嫌がらせのようなものをしようとしているに違いない。
探偵として何か解けない謎を出して恥晒しにしようとしていることだってあり得る。そう伝えてみるも彼女はポカンとした様子。
「解けない謎とかあるの?」
「普通にあるよ?」
まさか「氷河くんとアタシなら解けない謎なんてないよ?」とか言い出さないか。ヒヤヒヤしながら彼女を見守っていく。
一応、数々の事件に挑んできたものの全ての事件を解ける訳がない。出題者が勝手に答えを変えてしまえるものであったら、僕達は絶対に解くことができない。
しかし、彼女は結構能天気な回答をしてみせた。
「でも、そんな変なクイズを回転寿司館で出したら、会社自体の評判にも関わるんじゃない? 天才探偵を馬鹿にするような行動ってSNSで叩かれちゃうんじゃないかな……今のご時世、そういうのはご法度だし。大丈夫大丈夫」
「何で探偵が疑うことを知らないんだ……」
「そもそもアタシ達、彼女達とは初対面と言ってもいい位だし……恨まれる筋合いもないんじゃない?」
初対面にしては最初の邂逅があまりにも馴れ馴れしくなかったか、と回想する。そんな彼女の人懐っこい一面で危険な目に遭いやしないかと思いつつ、恨まれている可能性を教えていく。
「いや、普通に転校してから結構宮和探偵は目立ってるし……そもそも、僕は探偵として……探偵として目立ちたくないんだけど、目立っちゃってるし……何で自分より目立ってんのよ! とかって思われてても、変じゃないんだよなぁ……。まぁ、さっきの反応見てると、それだけじゃないみたいだけども……」
「まっ、もしその恨まれがあったとしたら、それを何とかするいい機会なんじゃないかな?」
本当は回転寿司館に行きたいだけでしょうと言いたかったが、そこまで無粋なことも言えなかった。
またもや彼女のハッピーエンド妄想が出た。僕にはあり得ない、明るすぎる思想。
「まぁ、いいや……」
僕は穴子だけではなく、エンガワに手を出し始めていく。宮和探偵はネギトロを「うまい」と言いながら口にする。そして、事件の話からもう寿司のことを考えている。
「そういや、ネギトロってネギがのっているからネギトロじゃないんだっけ? ねぎ取るとかって言葉から生まれたんだとか?」
彼女の楽しいを邪魔することはできなかった。何だか喜んでいる姿は幼馴染に似ている。その姿を見とれてしまっていたのか、気付けばトイレに消えてた二人も戻ってきた。
「ただいまー!」
元気溌剌との言葉を彷彿とさせる声を出した安倉さん。とは逆に鳥山さんは手をもじもじとさせて何だか落ち着かないよう。しかし、それを誤魔化すかのように安倉さんが話をしていく。
「やぁやぁ、困ったね! 別荘に行くの、今週末なんだけどさ! 結構凄い嵐が来るみたいなんだよね。だからちゃんと雨具とかは忘れないように、ね」
「えっ、嵐……?」
「虎川くん、嵐でも会合とかはしなきゃいけないし。天気予報もすぐに止むでしょうとかって言ってるから、全然大丈夫だよ! 嵐になる時間があるってだけ! でもくれぐれも、海とかには絶対に近寄らないように、ね」
その話し方が妙に気になった。
まるで僕達を心配するかのような物言い。先程、悪意がバレたと思って、わざと優しいふりをしているようにも感じてしまう。
僕がただ疑り深いだけなのか。ネガティブなだけなのか。
宮和探偵の方から「怖い顔になってるのと……後、テーブルに肘を付けるのは格好悪いよ」と言われてしまい、僕はそれ以上何も言えなかった。
その後は回転寿司館とはまた違った話題となり、僕はただただガールズトークに置いてかれていくばかり。
姉のためにテイクアウトの準備をする位しか、やることはなかった。
ワイワイの時間も安倉さんの「あっ! もう帰る時間だ!」で終わることとなる。二人の方は当日の集合時間を決めた後にささっと自分の代金を払って消えていった。
お金を払ってテイクアウトの寿司を貰った後で宮和探偵がついてくる。
「結構こういうのって楽しいね」
「今までこういうことなかったの?」
「探偵ってやっぱ忌み嫌われてるってことが多いでしょ。だから、誘われることも多くなかったし……部活とかも入ってなかったからね……」
彼女の前向きの理由が分かった気がする。彼女達のことをもっと知りたいと言った理由も少しずつ見えてきた気がする。
宮和探偵はそんな自分に悪意を持った人だとしても、何とかして仲良くなりたいと思っているのだ。つまるところ悪意はチャンスだと捉えている。
あまりにも探偵として向いていない。探偵は嫌でも疑わなくてはならない。仲良くなってしまったら、彼女はどうするつもりだろうか。
「……まっ、その時は僕が何とかすれば……いや、何で僕が何とかしなきゃいけないんだ……」
「とにかく、楽しみだね!」
週末までの時間はとにかく早い。
嫌な予感はしつつも待つしかない。
脅迫状の対策を考えるも、そもそも存在しているのかどうかも不明。実際、安倉さんの父親に話を聞かねばならないと思いつつも仕事が忙しくて会えないとのこと。
話を聞くチャンスも何もかもが回転寿司館に行く日のこととなる。わざわざ探偵のような行動を予定されているというのは、かなりストレスが溜まるものだ。
本当の名探偵ならば楽しくて楽しくて眠れないのかもしれないのだが。
ならばやはり、宮和探偵の方が探偵として向いているのか。
考えていたら、気付けば当日の朝になっていた。迎えの車が来るため、駅のロータリーまで向かうこととなっていた僕は特にお気に入りでもない黒い靴を履いて歩き出した。
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