Ep.3 憧れの回転寿司館

 宮和探偵をそこまでワクワクさせるものなのか。回転寿司館の会合というものがハッキリ分からなかったがために彼女に疑問をぶつけていた。


「そこまで……? ただ営業成績とか、次の営業目標とか……色々聞かされるとか……じゃなくって?」


 旅好きの宮和探偵は首を横に振る。


「そんな素人が分からないような仕事の話は別の場所でやるんだよね。会合の真の姿は、回転寿司館での寿司食べ放題に高級海鮮丼が食べれるってところにあるんだよ」

「寿司食べ放題……」

「他にもお寿司に関するイベントがあったり……まぁ、以前はお寿司の格好をした社長さんが何かしたりとかってあったみたいだけど! お寿司好きにはたまらないんだよね」


 つまるところ、お寿司のバイキングか何かを楽しめるものなのか。そう考えつつ、湯飲みに入れたお茶を口にし始めた。平常に、冷静に。

 安倉さんがレーンの手前にある注文用のタブレットを手に取って、とんでもないことを話しだすまでは。


「まっ、普通の食べ放題と違うところは部屋の中にまでレーンがひいてあるところかな。昼夜問わず食べ放題だね」


 あまりにも不思議な話に思わず、口からお茶が漏れてしまった。恥ずかしいため、それがバレないように手で口を覆ってみせる。


「へ、部屋の中にレーン……?」


 とんでもない部屋になっているのだろうか。

 なかなか想像できない僕に対し、安倉さんは館の説明をしてくれた。


「まさに回転寿司館って感じで、他の建物とは違った構造になってるのよ。二階から入れるようになっていて。二階から一階の中央にあるダイニングやキッチンに降りられるようになっているんだけども」

「二階から入る建物って、それだけでも珍しい作りだけど……」

「ダイニングから十部屋だったかな。円形に並んでいる寝室に入れるようになってて。部屋に入って奥。窓側に壁にレーンが回ってるってことになってるの。だから、会合のお客さんはそこでご飯を食べれるようになってるの。まっ、この話が理解できなくとも実際に行ってみた方が分かるでしょ!」

「部屋の窓側にレーンが回ってるのか……」

「ここで使われてるものとは全然変わらないわよ」


 そう言うと、彼女は寿司のネタが回るレーンを指差した。タブレットを使っていたはずの彼女は説明を終えると、蓋の付いている皿からマグロを取り出した。


「ああ……頼んだ後に限ってほしいのって回ってくるのよね……」


 続けて鳥山さんがタブレットを取って僕達に「欲しいものはないか?」と聞いてきてくれた。取り敢えず、僕は「穴子」を注文。宮和探偵は僕を隔てて、「回ってくるのを眺めて取りたいから……」と言う。早速流れてきたいくらを取っていた。

 寿司の到着を待つ間に僕は更に詳しい話を聞いていた。


「そのゴールデンチケットやらは普通は抽選とかで当たるのか?」


 この質問に安倉さんは「あはは!」と笑ってから、不敵な笑みも見せてくる。


「実はね、レーンのこっちを見てよ」

「ああ、ガチャポン……?」


 レーンの真下には食べ終わった皿を入れるところがある。そこに皿を三枚流し込むと抽選が始まるのだ。何処かの回転寿司チェーンにそんなシステムが会ったような気もするが。ここでパクリだのなんだのとやかく言うつもりはない。

 この席の番号が書いてある皿に乗ったマグロと穴子を回収しながら、話を聞き続けていた。


「ガチャポンでは色々出るでしょ?」

「確かに面白グッズとか入っていることがあるけど」

「その中にごくまれに会合の招待チケットが入ってることがあるのよ。その確率、たぶん8000分の1だったかな」

「えええ……そんな確率で出たんだ……そういや、あの人、何か似たようなこと言ってた気がするな……今になって思い出してきた。そのために僕の口にたらふく寿司を詰め込まされた……と」


 ガチャポンをひたすら回すためだけに寿司を頼み続けた先輩の姿を思い返す。考えていると少々腹も立っているが。彼だとしたら、僕や一緒にいた幼馴染を連れて行こうとしてくれたのだろう。

 穴子を食べて怒りを抑えることにする。

 あまだれの掛かった身。油がのっているのかとろっと、とろけるような感触がたまらない。甘味が旨味を引き出しているようで酢飯との相性も抜群。魚として本来ついている塩味もあって、これだから穴子はやめられない。

 僕は無意識にレーンにあるもう一つの穴子を取っていた。そこにツッコミを入れたのが宮和探偵。


「意外と好きなものをたくさん食べるタイプなんだ」

「あっ……確かに回転寿司に来るとそういうこと多いかな」

「色々こういうとこ来ると、個性出るよね。タブレットで即注文する人とか……逆にずっと選べなくて待ってる人とか……後々、勝手にアレンジを考える人とか……後、食べたお皿にガリを大量に山積みにする人とか」


 僕は食べたお皿の方は醤油皿にするタイプだった。ガチャポンを回すのは最後だ。

 そんなことを考えているうちに彼女が少々悲壮感に漂う顔になっている。


「こんな個性が出るの、今の回転寿司じゃあんまりないよね……」

「何で?」

「衛生的問題とかって言われて……ここはともかく、他の回転寿司じゃレーンにお寿司が流れなくなっちゃってるじゃん……」

「ああ……」


 ここは流れている寿司に蓋が付いているから、誰にも触られない。衛生面的には問題ないからと寿司が今も流れている。

 しかし、他は注文しなければ寿司が来ないようになるところも多い。

 衛生的問題の根源のニュースが今も尚、鮮明に思い返される。

 マナーの悪い学生がした、ふざけた行為の数々。食べきれない量のガリを手を突っ込んで食べたり、醤油の瓶に口を付けて飲もうとしたり。それをSNSに上げて、人気になろうとしていた。当然、そんな手あかのついた席で飯を食べようとは思わない。たくさんの人がその店から離れていってしまった。

 承認欲求が色々な人の破滅を招いていった。

 そんなことを考えて食べたためか、二度目の穴子はあまり味を感じ取れなかった。もったいないことをしてしまったかと後悔していると、目の前の二人が妙に固まっていた。そして、引き攣った顔で変なことを言い出した。先に口を開けたのは安倉さんだ。


「ちょっと……お手洗いに行ってくるね」

「二人共、気にせず食べててね!」


 残された僕達は変な感覚を味わいつつ、回っている寿司を食べていくことにした。

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