Ep.2 みんなが羨む
彼女の声がどんどんと弱まっていく。しおれていく彼女の姿に僕の心が絞りつけられるような気分になっていた。
「酷いよ……アタシはただ……社長さんを守りたいのに……それに社長さんが殺されたら、きっと次は副社長のうちのパパなんだよ……パパが殺されちゃうんだよ……そんなの嫌だから、やってるのに……やってるのにさ……何で……」
今度は他にも気配がした。どんどんと増えていく。闇が流れる廊下の中からゾクゾクと人間の気配。その何人かが僕のことを呟いている。「あんなに頼んでいるのに酷いんじゃない?」とか「行ってあげたらいーんじゃない?」とか。
アイツら、全員無責任だ。
脅迫状が来ていたとして、僕が守り切れる保証なんて何処にもない。それなのに、行けだとか本当に酷すぎるのはどちらだか。
できない約束をしろだとか言って。どうせ守れなきゃ、そこでやいやいと言ってくる。
だから人間は嫌いだ。
ただそんな人間の考えに答えなくては、僕は正しく生きられない。
「わ、分かったよ。分かった。行って、守ればいいんだよな……」
「ほ、ほんとう……?」
咲穂と呼ばれる少女はあまり泣いているようには見えなかったのだが。それでもきっと廊下の外にいる連中は彼女のことが可哀想だと思っているのだろう。
今は嫌々でも彼女の思い通りになるしかない。
「ただ約束がある。本当に守れるか、犯人を見つけられるかなんては保証できない。何が起きても時の運ってこともある」
「名探偵みたいに必ず犯人を見つけてやる! ってことはできないの?」
「アニメだって事件が起こる前に犯人を見つけるのは困難だし……それにこの世界はアニメやドラマじゃないから……何が起こるかも分からない。探偵が必ず勝てるとは限らないし……」
「でも来てくれるんだね!」
「う、うん……」
どうやら廊下からの痛い視線は無くなったようだ。「やっと頼まれたか」と捨て台詞を吐いた相手にはゴミでも投げつけてやりたいが。振り返った瞬間にはもう消えている。
咲穂さんは何処からか取り出していたスマートフォンで僕に動画を見せてきた。
「じゃあ、これでOKね」
『う、うん……』
完全なる僕が同意する姿を撮った彼女はもう満開の笑みを出していた。やられた、しまったと思った。
彼女の策略にハマって、酷いことをしてしまったと思う。
探偵が嫌なのに、また探偵として行動しなければならない。悲しいなぁと思う最中のこと、更に悲しい存在が現れた。
その存在は僕が視認する前に鳥山さんの両手を握っていた。
「あたしもそこ、行っていい? あたしも探偵だからさ、何かお手伝いできるかも!」
太い眉が特徴の柔らかい表情をした女の子。
彼女は僕のクラスに転校してきた宮和探偵だ。旅好きイベント好きの彼女はきっと別荘との言葉を得意の地獄耳で聞き取ってしまったのだろう。
それでこの教室にやってきた、と。
いきなり宮和探偵が現れて戸惑っている二人をよそに僕が腕を組んで、反応した。
「宮和探偵、何やってんだよ? 何でこんな時間まで学校に……」
「あたしは見るのが得意な探偵だけどさ、この学校で何かあった時のためにいろんな場所で情報を知っとかないとっていろんな部活を見てるんだ」
「部活巡りをしてるんだ……」
「結構みんな優しいんだね。見学してたら、もてはやされちゃった……」
「それはきっと宮和探偵を部員にしたいがためでしょう。数を増やしたいためですよ。優しいのも最初だけ」
「ぬー、何か夢のない奴-!」
宮和探偵は口をすぼませて僕に抗議するも聞く気はない。自分で言っていることに間違いはないと確信しているのだ。
変な僕達のやり取りを間近で鑑賞してやっと気を取り戻したのだろう鳥山さんと咲穂さん。
鳥山さんが先に喋り出す。
「えっ、いいの? ってか、まぁ、宮和探偵まで来てくれるのは予想外だったんだけど、来てくれるのなら本当嬉しいから!」
咲穂さんも思った以上に喜んでいる。
「おお! 二人なんだね! 二人探偵がいるなら、安心だね。ボディーガードにもなってくれるし! 楽しそう!」
最後に言った楽しそうが僕の唇を横に逸らせる程に引っ掛かった。本当に脅迫状が来ているのだろうか。
宮和探偵がちょうど良く疑問を言ってくれた。
「で、聞いてたんだけどその脅迫状ってあるの?」
副社長の娘である咲穂さんが応じていく。
「ううん、親が心配する必要はないって言って見せてくれないんだよね……ってか、今回なんて連れてってくれないって言うんだよ! すっごい心配なのにさ! ずるいし!」
僕が更に疑問を覚えていく。
「ずるいってどういうこと? 社長さんのことが好きで自分達が守りたいってこと……?」
「ああ……そうだ。別荘やうちの会社のことについて説明してなかったね……そのことについてなんだけど、一緒にお寿司を食べながら話さない?」
突飛もない提案に対し、宮和探偵は柔軟に「いいねー!」と答えていく。いきなりのスケジュール変更に困る僕とは正反対。彼女は突然計画が変更になっても臨機応変に楽しめるタイプのよう。正直、宮和探偵の性格が羨ましい。嫌味でも何でもなく、だ。
少女三人、少年一人との少し居心地の悪さも感じるメンバーで学校近くの回転寿司へと訪れた。それまでは本当に僕は蚊帳の外。ガールズトークで賑わう彼女達の後ろを淡々と歩くだけ。
だけれども、回転寿司の店に入り、待つこともなく席に付けた咲穂さんの開口一言目は僕宛てのものだった。
「で、虎川くん。うちのお店にようこそ、だね」
「えっ?」
確か、名前は「すやすや寿司」だったか。僕達が住んでいる地域に集中している回転寿司だったはずだ。思い出の中にもまぁまぁ、この寿司屋が入っている。
美伊子と行ったのも。今は疎遠になった家族と行ったのも、この場所だった気がする。
「そういや、ちゃんとした自己紹介がまだだったね。鳥山凪の方は同じクラスだから分かると思うけど……虎川氷河くん……後もう一人は宮和江咲ちゃんだったかな! アタシは
「ずるいっていうのは、そのゴールデンチケットが手に入るからってこと?」
「そういうこと! 脅迫状のこともあるけど、こっちもいいものだからね!」
僕が皆の分のお茶の粉を魚の漢字が至るところに書かれている湯のみに入れていく。皆が美味しく飲める準備をしながら聞いていると、隣に座っていた宮和探偵が目に入る。もうとてもワクワクを超えて、腕両方を上下に揺さぶっている。
「事件のことを調査したいって立候補したけどさ……ま、マジで……マジで……本当にあたし達、回転寿司館に行けるの!? 会合に参加できるの!?」
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