Ep.1 招待状はいらない
教室がいつもよりも暗く感じる。おまけに視界も安定しない。窓から吹き込む冷たい風がビビッと自分の体に当たって気を取り戻した。
どうやら僕は放課後の教室で眠ってしまっていたらしい。
今はもう部長と他の部員もいなくなって廃部となった部活のことを考えているうちに眠くなって、そのまま微睡の淵に落ちたようで。
教室の誰もが謎を解いていない寝ている僕よりも部活や家に帰ることを優先したのだろう。ひねくれすぎたかとすぐに考えを改める。きっとぐっすり眠っている僕を起こすのが申し訳なかったのだろう。
「ふぁああああああ……!」
「いいお目覚めだね」
解放した欠伸をすぐに止めてみせた。まさか人がいるとは思っていなかったのだ。随分間抜けなことをしたと恥ずかしながら、言い訳を考えていく。
「あっ、いや、その……」
僕に声を掛けた相手は笑っている。少女の声だと分かり、よく見ようと集中してみせる。そんなところで彼女も月明かりが照らす場所まで移動してくれた。おかげで彼女の姿がよく見える。
クラスメイトの
髪の中にはキラキラと輝く校則違反のイヤリングなんかが付いている。その上、よくよく髪を観察すると赤いメッシュなんかも一、二本隠れている。頭髪検査なんかがあったら、一発アウトのお洒落であるのだが。本人達はきっとその時になって、引き抜けば良いと考えているのだろう。全く教師に恐れる様子もない。
「いいよ。取り繕わなくたって! 虎川くん! 名探偵は毎晩、殺人事件に挑んでお疲れのようですから!」
「そこまで……事件は解いてないけど……何の用?」
今話している相手はクラスの中でもかなりのカーストランクにいるのだ。僕が普段話す相手でもない。
その彼女がどのような目的で僕に声を掛けているのか。どうしても気にしないことができなかった。疑問に思う点については僕の探偵としての知りたがりが発揮されているのではなく、人間の生存本能として出すべき一種の用心だと信じている。
彼女はコホンと咳払いをしてから、僕の警戒を解こうとしているような可愛げな声で語り出す。
「ねぇねぇ、そんな肩の力を入れる必要はないでしょ? ワタシは単に相談があるってことなんだけどさ!」
「相談……?」
「虎川くんって、回転寿司って好き?」
突然の質問に驚かざるを得ない。そこでクラスメイトの皆と親睦会か、クラス替え前のお別れ会を開こうとしているのか。
少しだけ、いなくなった幼馴染とその兄と行った回転寿司のことを回想していた。
「嫌いって訳じゃないな……。いなくなった美伊子とはよく行ってたし……時折、今も一人で行ってるな」
「一人? 楽しいの?」
「別にワイワイして、食べるだけなのが回転寿司じゃないでしょ? ワサビを中に仕込む訳じゃあるまいし……」
幼馴染の兄はよくやっていた。僕に当たることがあれば、何故かその兄自身にも当たることがあった。あのワタワタしていた姿は吹き出してしまいそうだ。
そう言えば、幼馴染の彼女だけは当たったことがなかった。もしや、何か不正をしていたのでは。
過去のことを考えていたところで鳥山さんの声が聞こえてきた。
「ロシアンルーレット寿司。それはまた面白そうだけど、そうじゃなくってね。そういう施設に来てもらってもいいかなぁって思って」
「施設……?」
「し、施設というか、回転寿司のための別荘、みたいな感じなのかなぁ? そこに来てほしいってことで!」
訳が分からなくなってきた。
回転寿司のために別荘が作られているとはよく分からない。それに別荘という響き、何だか僕にとっては嫌な予感しかしないのだけれども。
「何で僕なの? 鳥山さんなら結構男子でも仲いい人いるでしょ……僕なんて……!」
「いや、その別荘の中に面白い仕掛けがあるってことで、探偵さんに調べてほしいんだよねってことになってて……あれ? 何か、興味ない? 凄い興味なさそうなんだけど……そういうの探偵なら……」
その言葉を口にしようとしているのだが。何だか目が横に逸れている。まるで何か偽りを吐こうとしているか。それとも、何かから監視されているのか。
彼女に直接、そのことを尋ねようとした瞬間。
「あのさ」
僕の後ろに言いようのない寒気を纏う何かが立った。
「ダメだよ。ちゃんと言わなきゃ。脅迫状が届いているって。うちの親の会社の社長に対して殺害予告が届いているの。決行日は皆で別荘に行く日だから。そこで探偵さんに殺害予告の犯人を見つけてもらいたいの」
後ろにいた相手を振り返る。そこには鳥山さんの倍以上は派手な顔つきで、豪快さを感じさせる髪の長さを持つ女子が立っていた。
同じクラスではないから名前は分からないのだが。鳥山さんが名前を叫んでいた。
「さ、咲穂!」
その咲穂さんとやらが探偵を呼びたがっていたらしい。そんな彼女に僕は異論を放つ。
「それならその決行日に別荘に行かなきゃいいんじゃ」
「すると、また別の場所で人が死ぬって書いてあったのよ。それだったら、社長が別荘にいた方がいいでしょ? 人は限られてるから、犯人だって見つけやすいし」
「だったら警察に言えば……」
「警察はダメって犯人に言われてるわよ。脅迫状にはそこも書かれてて。そこまで考えて探偵を呼んでるのよ。探偵だったら、そこまで顔割れしてないし。警察以上の実力を見せてくれるから!」
脅迫状に対して探偵で対抗する。つまり、僕の持っている力を利用したい、と。
彼女の眼力に逆らえなくなっていく。下手に反論すると、蔑まれそうだ。
ただ何だか助けてあげたくもならない。時に僕の力でないと助けられないと思うが、今回に関してはその感情が一切湧かない。
だから僕は「NO」と言えたのだろう。
しかし、だ。鳥山さんが声を出した。
「美伊子ちゃんだけでいいかも……虎川くんは無理に連れてかなくてもいいし……」
美伊子の名前が鳥山さんの口から放たれて、体から一気に眠気が消え失せた。
美伊子は消えたはずの僕の幼馴染、だ。僕の前で死んでしまったはずの彼女だ。
「美伊子が……いる?」
咲穂さんが大きく頷いた。
「そうね。もう準備してるんじゃない? だから虎川くんが適任だと思ったんだけど……」
「美伊子が行くなら……本当に美伊子なんだよな……画面とかじゃなく……」
「ええ。美伊子ちゃん、帰って来てるわよ」
美伊子が来ること自体あり得ないはずだ。今までも彼女は何処を探しても会えなかった。
彼女がいるなら僕は招待状なんていらない。彼女のために僕は何かが起こりそうな別荘へも勇ましく進んでいく……。
「そんな訳、ないじゃないかっ! 二人共僕をからかって、何がしたいんだ……!?」
僕はそんな幻想を自身で全て潰していく。
あり得ない。美伊子が戻ってこないことは誰よりも僕が知っている。誰かに来てるよと言われて、「はいそうですか」と騙されることは絶対にない。
僕は彼女を睨みつけようとした。だが、逆に今度は咲穂が顔を下に向けた。
「酷いよ……」
「えっ?」
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