Epilogue.7 チャンスを逃すな

Ep.1 探偵を殺せるならば

 僕とクラスメイトとの溝が増えていく。今場さんも今までは僕が波佐見と一緒にいたため話しかけていたのだろう。裁判の後からすっかり大人しくなって、僕とは一言も会話をしなくなった。

 クラスの中では誰も裁判のことは指摘しない。喋ったら禁忌になるような雰囲気があるのだ。

 特に裁判を提案した探偵が黙って、下を睨みつけるかの如く恐ろしき表情になる。それを二、三回繰り返したものだから「これは触れちゃいけないんだ」と判断して、誰も聞かなくなった。嬉しいことに僕にもなのだが。

 宮和探偵がまたボソリ口にする。


「……どうすれば良かったんだろ……真実を見つけることが正しかったのかな? 真実を見つけなければ、気付かなかったのかな……」


 放課後もただ机に突っ伏している彼女に言わねばなるまい。

 僕はあの時の宮和探偵を許せてはいない。真実を知る場を報復のチャンスにしようとした彼女を。


「……真実を追い求める形は一歩誤れば、いつでも悲惨な結末を誘うんです。それをましてや復讐に使おうとしていたのは貴方でしょう……貴方も状況を考えて、きっと波佐見が被害者を突き飛ばした犯人だと気付いていたんでしょうが……」

「……だからっていなくなってほしい訳じゃなかった。そうです。自分がやりました……お兄さんは無実ですって言ってもらいたかっただけなのに……」


 その願い。持っていてはダメなのだ。


「ダメなんだ。探偵が感情的になって動いちゃ、ダメなんだ。感情的に生きたら……絶対に判断を間違える……僕も何度もやってきて、間違ってきた……だから、今回宮和探偵のやったことは……」


 彼女は一旦僕から目を逸らしたかと思えば、すぐに視線を戻してきた。


「ごめんなさい……巻き込んでしまって、ごめんなさい」


 「分かってくれれば、それでよい」と言いたいものの。それを話してしまえば、何だか偉そうになってしまう。ぐっと気持ちを堪えていた。

 その間に彼女が僕のことについて尋ねてきた。


「そういや……君って……探偵が嫌いだったんだって?」

「えっ?」

「知影さんから聞いたんだ……探偵が嫌いでどうにかどうにか殺したいとか何とかって……あたしもやっぱり殺されるべき探偵なの?」


 余計なお喋りを、と知影探偵のことを心の中で睨みつけておく。

 探偵を殺すことについて、また考えることとなった。


「……まぁ、こういうことがもう一度でもあれば探偵失格って判断して、殺しますかね。相手を探偵として……絶対に真実を追い求めることを復讐としてやってはいけないんだ。本当に冷静に……落ち着いて……って言っても、それを僕ができていればいいんだけどなぁ……」

「探偵としてか……探偵になるって難しいね。事件を解くだけじゃなくって……事件を解いて、誰かを幸せにするなんてことをしたいんだけどなぁ」

「殺人事件の関係者が幸せになることなんてあるのかな……あったとしても、被害者が死んで喜ぶような人の幸せをめでたいと思う気はしないし……」

「探偵で誰かを幸せにしたいっていうのは……無茶なのかなぁ」


 探偵が幸せにする。その流れから彼女は何故、自身が探偵をやっているのかを語り出した。


「探偵になった理由、聞いてくれる?」

「……あの兄貴の死の真相を知りたいとかじゃ、なくって?」

「それもあるけど……でも他の理由。昔、旅行中に窃盗事件が起きたんだよ……小さい女の子が親から見てもらっててって言われてた荷物が無くなっててね……それを探し当てたんだ……犯人を見つけて。逮捕してもらって。そしたら、その子とってもいい笑顔をしてたんだ……そこからああ、自分って探偵として誰かを喜ばせる才能があるのかな……って思ってさ」

「幸せにできたのか……」

「そっ……今回やったのは違ったけど……。誰も、兄貴のお母さんすら、幸せにできなかったし……ハッピーエンドにはなってくれないけど……あたしはあたし自身のハッピーエンドを目指したいんだ……そのために、探偵として生きていくのが一番だと思ってる……」


 応援するべきか。いや、応援はしたくない。ただただ、彼女の誰かを幸せにしたいとの気持ちだけはどうにか支援したかった。

 なんたって、誰かを幸せにしたいなど僕には考えられない。自分が探偵として動いて言うことに嫌悪感を覚えていることだけで精一杯。関係者のことなんて最近は何とかできる余裕もなくなっている。

 だから彼女のスーパーヒーローみたいな考え方が妬ましくて、羨ましくて、少しだけ尊いと感じてしまった。

 宮和探偵とはその会話で終わらせて帰宅をすることにした。

 今までは騒がしかった帰り道が一層静かになっていく。

 みんなみんな消えていく。

 それでか、妙な視線まで出てくる始末。


「誰だ……?」


 と思ったら、それはそれでとんでもない奴の登場だ。


「氷河……」


 春日井だ。珍しく、僕のことを追ってきたのかと。こいつに自分の学校を教えたかどうかと思い返しながら、事情を聞いていた。


「どうしたんだ? 知影探偵の裁判について何か文句でもあったのか?」

「そっちじゃねえよ。ちょっと気になったことがあったから聞きに来たんだよ」


 事件の後、何をしていたかだろうか。知影探偵と宮和探偵と本当の真実について語り合っていたことに関して何も聞いてこなかった。

 ただ、そのことではないらしい。


「裁判の後、まぁ、少人数で打ち上げみたいなのがあったんだ……」

「えっ、僕呼ばれてない……どうでもいいけど……」

「まぁ、氷河の知り合いで初対面の人と仲良くしようなって的なノリの奴だ。みんなお前やねぇさんの話をしてたぜ……その件については後で話をしようじゃねえか」

「嫌だよ。どんな気分でそれ聞けばいいんだよ……」


 ただ、皆にはどんな評価をされているのか気になってしまうのは内緒だ。僕は冷静を保ちつつ、彼の話を切り開いていく。


「で、その中でちいせぇ探偵がいたんだけど……そいつが……氷河のこと言ってたんだぜ。『裁判の場にアイリスがいたのに気付いてないのか……』と……よく分からんけど、お前はもう気付いてんじゃねえか?」

「えっ……『アイリス』?」


 たぶん話や内容からして、その探偵は映夢探偵だと思われる。

 色々考えてからハッとした。裁判の中にアイリスがいた。つまるところ、アズマのことを知っている人物が僕の知り合いの中にいたのだ。

 美伊子を取り戻すための、大きな鍵が近くにあったのだ。

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