Ep.16 貴方のいない世界で
「謎って何だっけ?」
知影探偵は顔を下に向けて思い出そうとしていたのだった。この調子で色々と謎を見逃していたのか、と余計なことを考えつつ、説明をしていった。
「まず、ブレーキ痕がなかった理由について。これが宮和探偵が宮和順二を犯人ではないと思った理由でもあったはず」
「そ、そうだね……もしかして……」
「大人だとしたら、ハンドルを持って……ブレーキも踏めるって形にはなりますでしょうが……。たぶん、運転し慣れていない、その上ブレーキに足が届かないことの二つが合わさって、ブレーキができなかったんだ……!」
「で、でもそれだと……車は暴走したままじゃあ……どうやって止まるの!?」
人を轢き殺す位までに暴走した車を停めた場所。僕はもう考えはついている。
「カーブを曲がらず、そのまま土のある部分……僕が転んだ部分があるのは覚えてる? あそこで止まったんだ。土の上ならブレーキ痕が残ったとしても、消せるから……。波佐見はきっと慌ててハンドルから手を離し、ブレーキを踏んだか何かしたんだろうな」
「そんなことが……」
知影探偵が口を開け、胸を抑えている間に僕は謎について話し続けていく。
「後、もう一つの謎。何故波佐見はトラウマに苛まれなかったのか。簡単だ。波佐見は車に乗っていたから、だな。フロントガラスからは小さすぎた少女の姿が死角になってたんだ……! だから気付かず、波佐見はそのまま車を運転したのがバレるとヤバいと思ったか、そのまま逃げだした……その足跡を見て、宮和順二はああ、子供が起こしてしまったことなんだって気付いたんだと思う」
この理論以外に他の推理の余地はなかった。僕にとってはそれだけで考えるのは精一杯。
もう推理は終わりにしたい。これ以上生産性のない探偵ごっこはしたくない。
宮和探偵を納得させできれば、それでお終いなのだから。
「……じゃあ、兄貴が自殺したのって……女の子を轢いちゃったってことじゃなくって……」
僕が黙っていると、宮和探偵は肩を震わせながら自分で答えを見出した。
「何か用があって……鍵をつけて、車を停めてたせいで……子供が事故を起こして人を殺しちゃったから……波佐見くんを犯人にしちゃったから……それを悔いて、波佐見くんを庇って自殺しちゃったってこと……?」
「僕はそう考えた……」
今の推理が事実ならば、あまりにも残酷だ。
大人ぶった子供が無理に大人の真似をしたがために起こってしまった悲劇。
彼女達が親の真似をするために子供を連れ去りなんてしなければ。
波佐見が車に興味を持って、動かそうとしなければ。
幼さ故の過ちであり、取返しのつかないこと。
「で、これどうするの……?」
知影探偵が僕に問い掛けた。
「どうするって、この事件のことはどうやっても証拠で証明はできませんから……あくまで宮和探偵にせめて順二さんがそんな人間ではなかったということを証明するだけのものです」
宮和探偵はそのまま膝を折って、床に手を付けた。
「兄貴……兄貴……責任を被りすぎてるんだよ……確かに責任は重いけど……死んで償ったって意味がないじゃん……兄貴……兄貴……何で……兄貴が生きていれば……」
彼女の涙が心を抉ってくる。彼女を見ないようにしていた時に知影探偵が質問をしてきた。どうやら、先程の解答は間違いだったらしい。
「そうじゃなくって……氷河くん……波佐見くんは君の友達でしょ……友達をずっと殺人犯って憎みながら生きていくの……?」
ただどうやっても答えられない問いだった。
僕は許せない。人の命を奪ったことが許せない。ただ、今の状況では何も証明ができない。
だから僕は波佐見を何もやっていない人として見なければならない。罪がなかった可能性を考えて、彼と向き合っていかなければならない。
そう思いたいのだが、簡単に頭が動いてくれない。あの人は無実だとは思ってくれない。
宮和探偵が更に僕の頭を掻きまわすようなことを口にした。
「兄貴が生きてちゃんと言えば……償うチャンスはあったのに……何であの子達が償うチャンスを全部消してまで……兄貴のいない世界でどうやって……あの子達に償わせるのよ……!」
大事な友達なのだから、罪を償ってほしいと思ってしまう。罪を犯した意識がないからこそ、何をしたのかを知ってほしい。幼さ故に取り返しのつかないことになったことを自覚してほしい。
しかし、そうさせるのは無理だ。証拠も何もない。
どうすればいいのだろうか。
宮和探偵のこのどうしようもない憎しみや後悔は何処へ行くのだろうか。
「……うう」
その場はもう嗚咽することと宮和探偵に「これは確定じゃない。可能性だ。くれぐれも波佐見を恨まないでくれ」と頼んでおく。
同じ殺人事件に立ち向かった人として、分かっているはずだ。きっと復讐殺人の愚かさは知っているはずだから。
ただ申し訳なさも感じている。彼女はクラスは離れたとしても同じ学校に憎しみの相手がいるとの事実を知りながら、過ごすこととなるのだ。
宮和探偵の心を救いたい。その一心でやってしまった。
知影探偵に「どうするのよ」と言われて、今の僕が言えることは一つ。「何も考えていなかった」だ。
最低だ。
有罪判決を下せないのであれば、何も言わなければ良かった。
犯人の証拠が分かるまでは誰にも名前を言わない。探偵の大切なことを実践するべきだった。
「……ごめんなさい」
僕はただただ立ち尽くして謝ることしかできない。
知影探偵はそんな僕の愚かさよりも、精神を心配してくれた。自身の腕をさすりながら、少し虚ろな目で。
「氷河くん、大丈夫?」
「……何とか頑張りますよ」
ただこの世界は頑張れば頑張る程非情な仕様になっている。
真実を突き詰めようとすることがどれだけ最低なエンディングに繋がるかも。
知っていたのに分かっていなかった。
『裁判の中であの日のことを思い出してしまいました。女の子を轢き殺してしまったこと。申し訳がございません。今の自分では何をどうしても償いきれないのです。遺族の皆様、本当に申し訳がございませんでした』
遺書、なのかどうかは判断できない。
裁判から数日経った時のことである。
僕の友人であった彼は書き置きを残して、行方を眩ませた。
そこで宮和探偵も観衆も気が付いたのだ。
僕達の輝かしい学級裁判が導いたのは、明るい未来なんかではなかった。
怪しげな真実を手に入れただけ。それなのに友人を一人失った。
僕の高校生活は少し静かになった。僕が「静粛に!」と叫んだあの時の法廷のようだ。落ち着いているといえば聞こえはいいが……心に通る隙間風がいつもより多くなったように感じられた。
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