Ep.7 さくっと揚げられた謎に
「何だか、ややこしいのよね……」
僕にセクハラの疑いを向けるとは失礼だ。ムスッとして、僕は知影探偵とは違う場所に顔を動かした。すると、容疑者の三人が座っていた場所が目に入る。更に、その椅子の下に落とされた二つの鞄を発見した。
「あれ?」
「どうしたの?」
素早く反応した知影探偵と大将に告げておく。
「あの……さっきの二人が鞄を忘れてるんですよ。たぶん、さっき友人の死を知って動揺して出て行ったから……」
大将はそちらを覗き込んで、「ああ」と納得する。それから、その鞄が誰のものかを言い当てた。
「あんなところに……こっちからじゃ、気が付かなかったよ。たぶん、長髪の男と女性だな」
その点について違和感を持つ知影探偵。
「えっ、何で分かるんですか? 鞄を見てたんですか?」
「いやいや、そうじゃないんだ。三人の中の短髪の方がここを出る時、お金を出していったからさ。後は残りの二人の分じゃないかって」
「なるほど……なるほど。じゃあ、あの二人に持っていってあげましょ」
僕は彼女の言葉に頷いた。まぁ困っているだろうし、助けた方がいいよな。
「ですね」
知影探偵は率先して、黒く大きな鞄の方を持った。「化粧道具が入っているわね。へぇ、こんなものも」と勝手に荷物の中身を覗いている。言葉の内容からして赤羽さんのものらしい。
僕が葉加瀬さんの方のバッグを持った時、彼女はこちらの中身まで見ようとしてきた。そんな時、彼女が傾けたバッグの中身を全てぶちまけてしまった。ハンドミラーやハンカチは当然のこと、口紅やら、ファンデーションやら、油取り紙やらが落ちていた。
「何をやってるんだ……」と呆れる僕も馬鹿。同じことをやらかした。財布から葉加瀬さんの免許証や小銭まで落とす始末。猛省しなくては。
拾いながら、探していくと妙に分厚いきつね色のサクッとしてそうな物体がハンドミラー、口紅の上や下に幾つか落ちていた。
僕はその点に違和感があった。見てきた居酒屋のメニューに、あった覚えがないのだ。自分の記憶違いが上にあったお品書きを見直しても、フライ系については全く書かれていない。
「ちょっと……何ぼさっとしてるのよ」
「すみません。ちょっと調べたいことがありまして」
「調べたいことって、何か注文すること? ワタシ、ネギマ追加ね」
いや、頼むとか、そういうことじゃないのだが。大将に話をするついでに頼んでおこう。
「すみません。ネギマとたれを追加で焼いといてください。後、裏メニューとかでこの店、フライとかはやってませんよね?」
「悪いね、兄ちゃん。自分の気に入ったフライが作れなくてね。やってないんだ。それ以外ならな、今度来たらいいの教えてやるよ」
「あ、ありがとうございます」
その会話の流れから知影探偵も床に落ちていた衣のことに気が付いたみたいだ。
「あれ……。今の話からして……。ここで何で衣が落ちてるのかってこと?」
「ええ。一体……誰かがつまみの種に持ち込んで食べたのか」
「でも、見たところ、あの人達は何か持ち込んでたのはなかったからね。前のお客さんのものかしら?」
「あの人達をじっと見てたんですか……何ですか、その好奇心は」
「氷河くん、人のこと言ってるけど……床に落ちてるコロッケのカスについて調べようとする人も大抵よ……」
それを言われてしまったら、何の異論も出せない。と思ったが、一つだけ指摘させてもらいたいところがあった。
「えっ? コロッケ?」
「うん、コロッケ」
「いや、ただの衣ですよね。何で衣が……」
「だって、このコロッケ、島鉄ストアの揚げたコロッケよ。この厚さはそれ以外にないって……あそこ、妙に衣が多いのよね。でも、まぁ、美味しいからいいんだけど」
僕はそう言われても、ピンと来なかった。
「いや、自分は島鉄ストアの揚げもの、ちょっと油っぽいのであんまり食べないんですよね」
「ええ……!? 何かもったいない!」
「もったいないも何もないですよ……まぁ、ともかくこの衣が何かなのが分かったのでまぁ、スッキリしました」
知影探偵との言い合いを終わらせ、用意してもらった焼き鳥をいただくことにした。
こってりとした、その塩味を噛みしめながら、もう一度考えてみることにする。
墓場で起きた殺人事件について。
誰が犯人か。何故、こんな殺人事件が起きたのか。アリバイがある容疑者に春日井は疑いの目を向けたのか。
僕の思考を邪魔するかのように叫ぶ知影探偵。
「ああ! そういや、氷河くんって箸で一回全部取ってから食べちゃうタイプなの? 串ごと一気にいかないの?」
無意識に自分でやっていた行動だった。しかし、その方が合理的だとは思う。ここには白飯はないのだけれど。うちで白飯と一緒に食べる際、串に刺さっていたままでは食べにくい。白飯と鶏肉、同時に口へと含むためには一回、串から取ったものを食べる方が良い。
それに、豪快に食べて口に串が刺さると言う事例が前に一回。もう、あの痛みは懲り懲りだ。
僕はそんな持論を含め、彼女に伝えた。
「焼き鳥はこれでいいんですよ」
「何でよ。焼き鳥はこうやってまとまってるからこそ、美味しいのよ! 食べる時もまた、こうやって料理本来の姿の方がSNS的にも映えるし!」
「それは知りませんよ」
またSNSの話を出されてしまった。大将はそういうことを不快に思うことはなく、「おお、やれやれ! うちの宣伝をしてくれ!」とSNSの投稿をお勧めしていたが。
……まとまっているからこそ?
何か今の言葉が妙に引っ掛かる。
まとまっているからこそ、役割を持つものがある。そんな情報と今までの調査を含めた考え。自分が口にした発言。
『理解不能の動機を地縛霊が犯人に囁いたぁ、だとか騒ぐんでしょうね』
それらが全てまとまった瞬間、閃いた。
突然立ち上がった僕は、こう喋っていた。
「そうか! それでアイツはあんなことを……! そうだっ! この事件のアリバイはああやって……! なるほどね……犯人も……うん。でもあれ……このままの考え方だと、何かしっくり来ない……」
アリバイ、犯人。各々が分かった僕に最後の難関が襲い掛かる。
証拠だ。犯人がどのようにして犯行をして。どんなミスを犯し、犯人を指し示す証拠を残したのか。この点を考えないと一生犯人を逮捕することはできないのだ。
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