Ep.6 幽霊のせいか、人間のせいか
それから赤葉刑事は世間話をするかのように知影探偵と空き巣のことについて語り合っていた。
「まぁ、取り敢えず、その男の子の親御さんが留守中に入ったみたい。被害としては鍵を壊されて家の中を荒らされてたって感じ」
「じゃあ、怪我人はいないんですね。良かったぁ」
「そうだね。しっかし、特に荒らされたのは残してあった子供部屋だったんだけど、何を考えてたんだろ」
「普通は子供のお小遣いなんてパッとしないでしょうし……そもそも亡くなった子にの部屋にその子のお小遣いが残ってるかなんて分からないし。奇妙よね……」
彼女は僕の方にもチラリと視線を向けた。どうやら気になっているから答えを話してよこせと。無理だ。僕も今、その答えが全く思い付かない。
殺人事件の謎も解けていないから、そちらの件に関しても考えないといけないのだ。幾ら何回か事件の真相を暴いてきたからと言っても、脳を二、三個持ち合わせている訳ではない。
そう考えた最中だった。知影探偵が変なことを喋ってきた。
「さてさて、ここで考えをまとめるのも何だし、竜くんを待ってる間にさっきの店にもう一度行ってみない?」
何を言うかと混乱した。先程、一番食べていたのは知影探偵ではなかったか。まだ腹が減ってどうしようもないのか。
僕が呆れそうになったところで、ふと彼女の後ろに見えた変な視線に気が付いた。
探偵嫌いの陽子刑事が発した全てを威圧するものだ。彼女は事件現場や殺人犯ではなく、こちら探偵側に向けている。
「ああ、そうですね……あれは幽霊より怖い……」
知影探偵の真意が分かり、汲み取った。赤葉刑事を見送ってから早々、僕達はこの寺を立ち去った。
居酒屋に行くまでの途中で先程の「幽霊」の単語について、知影探偵は語り始めた。
「そういや、こういうものって、よく幽霊が被害者を殺したんだぁ、って話題が出るわよね。今回は出なかったけど」
「まぁ、お金が無くなってるってのもありますからね。みんな、強盗犯が原因だって分かってますし。これで不可能犯罪とかであれば、人は騒ぐんでしょうね。これは誰にもできない幽霊の仕業だって。人は正体不明のものに何かしら理由を付けようとします」
「ああ……なるほど。じゃあ、今回は幽霊はいない訳ね」
「しかし、何で強盗犯に魔が差したか、犯人がどうしてこんなことを起こしたかって話になると、人の心なんて推測できませんからね。理解不能の動機を地縛霊が犯人に囁いたぁ、だとか騒ぐんでしょうね」
「人って面白いわね」
知影探偵はそう呟き、クスッと笑う。それから少し経った後に下に顔を向けた。突然の挙動に違和感を覚えた。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、氷河くんは幽霊とか信じないかぁって思って」
「……信じて、出てきてくれるんですか。信じれば、もう一度会えるんですか?」
言葉を吐いた後にハッと気付く。こちらの挙動も情緒も酷くおかしくなっている。何故、彼女を責めているのだろうか。彼女の気持ちはよく分かっているはずだ。
本当はまた会いたい。僕の元から離れていった大事な人と亡霊でもいいから話がしたいはずだ。それが僕にできないからって、他に希望を持っている人のものを打ち砕く必要はない。完全に八つ当たりだ。
すぐに謝罪をした。
「す、すみません」
「いいわよ。たぶん、氷河くんが思う通りだもん。思えば、思う分、本当に会えないと分かった時、心が痛くなるだろうから」
「……そうですね」
「って、しんみりしてる場合じゃないわね! もう一度、食べ直しましょ!」
勢いよく放ったその言葉に違和感がある。指摘させてもらった。
「あれ、陽子刑事に見られて集中できないってことじゃないんですか?」
「お腹空いたってのもあるわよ! 何か悪い!?」
「い、いや、ほんとっ、すみません……」
知影探偵はまた居酒屋に入って、様々な調理を大将に注文した。カウンターに座った知影探偵は彼から話を持ち掛けられた。
「で、さっきのはどういうことだったんだ? 人が死んで……って」
「ああ……それはですね」
彼女は今回の事件に関する簡単な事情を口にした。それから大将が反応したのは、陽子刑事のことだった。
「ありゃあ、あの人、てっきり何かお金や経営に関する犯罪を取り締まる警官だと思ったから、殺人とは思ってなかった訳よ。だから人が死んでたってこと言われた時、めっちゃ驚いたなぁ」
「へぇ、何でです?」
知影探偵は何故そう思ったのか不思議に思い、その謎を解かんと大将に理由を尋ねていた。僕も少々気になっている。
「この前、ここで食い逃げ未遂があった訳よ。本当危なかったよ。来てたあの人が即座に見抜いてその手を取ってくれなきゃ、食い逃げの存在すら分からなかったところだ。その後、彼女その犯人にくどくど、ここの経営がどうなるだとか、金のことを説教してたからな。やっぱ、金についての重みを語る系統の警察官じゃねえかって思った訳だ」
「ああ、それ単にそう言うのに厳しい人ってだけだと思います。警察官であるかないか関係ありませんね」
知影探偵が出されたソーダ片手に談笑している最中、僕は口を挟ませてもらった。
「あっ、そうだ。大将さん、その食い逃げ犯って男性だったんですか? 女性だったんですか?」
「女性だったよ」
その後に知影探偵は「なるほどねぇ。あの人、凄い同姓にも厳しそうだからねぇ」とくだらないことを口にする。
僕の方は大将にある一言を話してから、「お手洗いに行ってくる」と告げる。そして席を立った。当然、男子トイレで用を済ます。ついでにもう一つのトイレにも入っておいた。
僕が戻ると、知影探偵は「長かったわね」との一言。何も考えていなさそうな彼女にこう返答しておいた。
「女子トイレに入ってたんですよ」
「へぇ……女子トイレに……って、えっ!? ちょっ!? 何やってんのよ!? この変態!」
ほんの少しふざけた僕に鉄拳が飛んでくる。制裁されてたまるものかと避けてから、大将に確認を取った。
「ちょっ、言いましたよね! 大将、笑ってないで。僕はちょっとトイレの内装がやけに凝ったものだったってのを思い出して。ちょっと確認させてもらっただけです! 覗きとかの意思は全くありませんからって! もう、信じてください!」
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