Ep.2 ピリッとした空気の中で
僕は知影探偵の好奇心を非常に鬱陶しく思っていた。
「何でそんなの調べてるんですか……」
彼女はそんな僕の問いをほぼスルーに近い形でいなして、勝手に情報を拡散していった。
「いやぁ、ちょっとだけね。何度もその子の話をしてるから、気になっちゃって。ええと、この日は川の周りを遊んでいた女の子が転落して。その子を助けに行こうとしたところで、その男の子が川に流されて。その子が流されたのにも関わらず、大きい声で助けを求めたから女の子は助かったものの、男の子はその後……数時間後に下流の方で見つかって。そのまま病院に担ぎこまれたものの、そのまた数時間後に亡くなったそうよ」
「悲しい事故ね……水難事故には気を付けないとね」
赤葉刑事もそんな話題で浮かない顔をする。僕を元気付けるための飲み会的なものなはずだったのだが。どうして、こんなに暗い雰囲気にしたのだろう。
僕は少々愚痴を吐いてしまった。
「今、その話をしても……何だか」
すると、知影探偵も自分の過ちに気が付いたよう。ハッとして気を取り戻したかのように喋り始める。
「ああ! ごめんごめん! 癖と言うか、何か……この話がちょっと自分の前に似てた……と言うか、いや、あっ、その、何でもないよ!」
「そうですか……」
そう明るい雰囲気で出たところでやっと楽しい空気になっていく。そう思っていた僕達に後ろの席にいた例の三人から嫌な話が飛んでくる。一番最初に女性が話していく。
「にしても、今の不景気はどうにかならんものかねぇ……結局、彼女もお金に困ってて忙しいって話でしょ……」
長髪の男性が頷きながら、お通しとして出された塩キャベツを食べていく。それから溜息を吐きつつ、言葉を口にした。
「確か部下にお金を持ち逃げされたって話だよね? アイツはアイツでプライド高いし、遊ぶとかって言ってたけど、本当は大変なんだろうね」
短髪の方はそれに疑問を持つ。
「そうか? この前、ホストに幾ら貢いでお金が足りないから貸してくれとか、なんとか言ってたけど」
「嘘!? じゃ、ぼく、騙されたの!?」
「そうかもな。アイツの嘘を真に受けるんじゃねえぞ」
「ううん……でも、あの頃は違ったよね。みんな、
そこからまた三人がしんみりした話になっていくため、近くで話を聞いている僕は気が気ではなかった。また何か起こってしまわないかと心配になる程に。
もうそう言うドロドロの人間関係を見るのは、嫌なのだ。もう少し楽しい話をしてくれないかなぁと焼き鳥を食べていて思うのである。
その後、三人は入れ替わりにトイレに行っては戻ってきて話をするだけ。こちらもそれ以上は耳を傾けることなく、こちらはこちらで楽しい話を繰り返していた。そうでないと、また嫌なことを思い出してしまうだろうから。
そうして三人で盛り上がること数十分。
楽しめていると思った途端、会いたくない人物が居酒屋に入ってきてしまった。持っていた焼き鳥の串を皿に落としてしまう程の衝撃。
ここの大将は相手を客だと思い、呼び掛けた。
「いらっしゃいっ!」
ただ彼女は首を横に振り、警察手帳を提示する。
「悪いが、今日は客としてじゃねえんだ。大事な大事な用があって、ここに来た!」
「よ、用って!? うちは営業も衛生法も守ってるはずだし、脱税だってしてな……」
「いや、そんなことを言いに来た訳じゃねえ。そこの寺の坊さんが三人が法事が終わった後、ここで食べていくみたいだって話を聞いたから、来たんだよ」
そこで法事をやっていた三人が「何の用なの!?」と警察に対し、警戒の意を示してみせた。短髪の男は固まって「自分は何もやってないし、この前車でぶつけた件では和解しただろうし……」とぶつぶつ言っている。
ただ、そんな彼等の考えを違う方向から飛ばすような言葉、僕達にとっては自然過ぎる報告をしてきたのである。
「アンタらの友人であり、同じ法事に出ていた乙骨だったか……彼女が墓地の中で遺体として発見されたんだ」
三人の驚く声の中で僕は息を呑み、知影探偵は汗だくになる。そこでやっと、遺体を見つけた刑事は赤葉刑事に存在を知る。
彼女がぽかんと口を開けて、「本当に……」と言っている間に声を掛けていた。
「あっ……何でこんなところに赤葉が……ってか、後、何で探偵もいんだよ……!?」
「そ、それは……」
知影探偵がその刑事の顔を見て、突然情緒不安定となる。当たり前かもしれない。この鬼、陽子刑事は探偵嫌いの人間で散々僕達を威圧してきた。完全に悪い人ではないと分かっていても、今まで叱られてきたことがフラッシュバックして恐ろしく感じているに違いない。
何故、そこまで知影探偵の気持ちが分かるのかと言うと……僕も同じだからだ。そんな怯えている僕達に追撃するかのように言葉を掛けていく。
「事件現場に何度も何度も探偵がいるって、怪しいことこの上ねぇじゃねえか。本当にやってねえんだよな? 疫病神か死神じゃねえんだよな?」
その上で、今一番言われたくないことを彼女は告げてくる。
「……まぁ、何でもいい。今回の事件に手出ししようとか考えるなよ。絶対に、だ。話は聞いている。危ない事件にわざわざ身を乗り出して関わったことが原因で、変な輩に目を付けられ……お前等の仲間が死んだって話をな。これ以上、同じことが繰り返したくないって思うんなら、探偵なんてやめてさっさと家に帰れ。そうでなきゃ、仲間が死んでもいいから、捜査に参加したいって意味で大歓迎してやるが……どうだ?」
後者の言葉はからかいの意味も込められているのだろう。最低だ。これでは僕がこのまま犯罪が許せないからと事件に挑んだら、知影探偵や赤葉刑事をどうでもいい人と思っているように捉えられてしまう。
そうは思われたくなかった。
だから、僕は陽子刑事の言う通りになるしかない。
「……陽子刑事」
「何だ? 今の言葉が何か間違っているか? と言うか、さっさと返答しろ。こちとら、容疑者や関係者を待たせてんだ」
「いえ、間違ってません……僕は探偵行為なんてやりませんから、ご安心ください。このまま帰ることにします。そろそろ、夜も更けてきましたし、ちょうどいい時間でしょう。では……さよなら、陽子刑事」
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