Ep.1 夕暮れの墓参り
そろそろ日が暮れようとしているために空が真っ赤に染まっている。辺りの風景も夕陽の光に至る所に反射して、目が痛くなる程に眩しかった。
そんな中で何故僕は他人の墓参りをしているのだろうか。自分の家から少し歩いた丘の上にある寺の中にある墓場の中で疑問に思っていた。
知影探偵は僕に持たせたバケツから
「……ははは」
自分が脳内で変なダジャレを呟いたことに呆れ笑っていると、知影探偵が振り向いて笑顔を見せてきた。
「良かった。何か、久しぶりにアンタの笑い声を聞いた気がする。ここにいる、人がアンタに明るさを持ってきてくれたのかしら」
「あはは……」
いや、それは亡くなった人とかの不思議な力ではない。目の前で知影探偵が強引な形で墓参りをしていたがためにおかしくて気が緩んでしまったのだ。強いて言えば、彼女のせいで笑っているのだ。
そこを毎度のように指摘してやろうと思ったが。彼女は何だかロマンチックな感傷に浸っていたため、否定するのをやめた。
どうやら久々に亡くなった人の力に触れて、再び会えたような感覚を味わっているらしい。
「ここに眠っている人はそういうのが本当に巧かったから。大事な人を失って、落ち込んでる君にも、あの人なら何とかできるかなって」
「知影探偵、随分
「そりゃあね。大切な人の墓だから」
「そうなんですね……」
墓石には「
彼女とその女性の関係を聞こうと思ったけれど、やめた。人の領域にそこまでずかずか踏み込むのは悪いし。この好奇心がまた、どんな悲劇をもたらすか分からない。知らなければ、起きない悲劇もあるのだ。
二度と、惨劇を繰り返さないためにも。今は日常生活だけに集中していれば良い。たぶん、僕が下手に動くから最悪なことになる。
僕の大切な人の行方もきっと警察が何とかしてくれる。それを頼って、僕は独りで生きていこう。
そう決心していると、彼女がラベンダーの香しさ漂う線香を渡してきた。
「はい。アンタもこれ、やって」
「は、はい……」
線香を置いて、目を閉じ、手を合わせてみる。それが終わった後もまだ知影探偵は何かを唱え続けている。その間に僕は辺りのものを見回していた。墓場を囲う高い塀や雑草だらけで荒れ果てたスペースが目に入る。そこに自分の興味を惹くものはなく、ただただ何をしていいか分からない気持ちでいた。
彼女が花を飾って「さて行きましょ!」と言ったところで、退屈という封印から解き放たれる僕。突如、その耳に騒がしい声が飛び込んできた。
「こんなの終わらせて早く遊びに行かないとなんだけど……!」
何だか傲慢そうな女性が墓場の入口で駄々をこねていた。黒装束ではあるものの、何だかそれに合わない程度に煌びやかだ。そんな彼女を後ろから短髪の男性、長髪の男性と一人の落ち着いた女性が
「まぁまぁ、友人の命日位ちゃんと向き合えよ」
「そうだよ。アイツがいたから、今のお前があるんだし」
「そうよそうよ。せめて、恩を返すのが義理ってものよ」
「はぁい」と渋々従っている割にはシャキッと歩いていく。今の言葉だけで心を入れ替えたのだろうか。
まぁ、良い。僕達には関係ない話だな、と思っていたら、知影探偵がコメントをしていた。
「あの人達、確かさっきまで寺の中にいたのよね? 法事をやってた人達かしら?」
「ああ。表で大きなバンが停まってましたが、あの集団でしたか……しかし、身内ではなさそうですし。知人だけでやるなんて珍しいですね」
「そうねぇ。まぁ、家族っぽい人はいなかったから……家族が出られない状況で。でも、大切な友人だったから、自分達だけでもやりたいって感じじゃないの?」
「きっと、そうですね」
彼の墓は奥の隅にあったようで、彼女達はそこまで移動していた。そんなことは本当の他人事。
知影探偵は既に薄々暗くなる空を見上げながら、次に行く居酒屋の話をしていた。
「さてさて、そこの居酒屋はまさに焼き鳥が一番。前に赤葉刑事と一緒に行ったんだけど、彼女も絶賛していてね。そうそう。彼女の鬼上司であるらしい、陽子刑事もそれを褒めてたとか」
「そんなに美味しいんですか。あの鬼刑事は、偏屈なことしか言わなそうなイメージがあるから……何かすっごく意外です」
こうして僕達は赤葉刑事を交えて居酒屋での飲み食いを始めていた。
カウンター席で僕を挟んだ彼女達は無理をしない程度に話題をどんどん出して、僕がネガティブになる暇すら与えてくれなかった。
きっと、これが彼女達なりの励ましなのだろう。それを素直に受けとらなければ。
「二人とも、ありがとうございますね。これからもどうか、よろしくお願いします」
まだ建前なのかもしれない。心の中でスッキリ自分の中で整理することができていないし、まだ頭の中に陰った部分もある。
ただ、彼女達はそれを信じてくれて
そんな盛り上がる中で三人の人間が居酒屋へと入店した。
黒服だからやたらと目立ち、一瞬で墓場にいた人達だと言うことが分かった。ただ、あの傲慢な女はいない。
長髪の男がテーブルに着いた途端、ぼやいている。
「で、アイツは帰ったと?」
一人の女性がテーブル席に用意しておしぼりで顔を拭きながら、答えていく。
「ううん。そうみたい。やりたい放題で本当に困ったものね」
短髪の男性は同意していた。
「そうそう。本当に……あの日助けてくれなければ、アイツの命はなかったのにな」
そんなことを僕は気にしもせず、貰った焼き鳥を味わおうとしていたのだが。隣に座っていた彼女が突然制止した。
えっ? この食事会みたいなものは、僕を励ますために開催したようなものではないのか。何故、そんな僕がお預けを喰らっているのか。僕を止めた彼女はスマートフォンの画面を見つめている。
「食べると集中できなくなる位に美味しいから待っててね」
「冷めたら、恨みますよ」
「そうなるまでには調べるから……ほら、あの人達が言ってるのって、この事件かしら。法事って言うと、だいたい十三か十七でしょ? ほら、調べてみたら十七年前のこの日。十歳の男の子が近所の川で亡くなってるのよ」
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