Ep.2 探偵が終わったら、狂ってやる(終)

 部長の家族が失踪した。そこに疑問よりも後悔が僕の頭の中に充満していく。もし、僕が危険なことに足を踏み込まなければ……探偵なんてやっていなければ、こんな別れを味あわずには済んだのか。大事な幼馴染と共に笑って過ごすことができたのか。

 もとはと言えば、僕が部長を助けたせいなのかもしれない。もし、警察に捕まっていれば。僕が彼の無実なんて証明しなければ。

 部長が殺されることなんて、なかったんだ。

 

「あ……あ……」


 目の前にいる赤葉刑事はまだ何か言いたそうに口を動かしている。まだ、何か惨劇があるのだろうか。

 

「ごめんね。氷河くん。これで酷い現実は最後……護送中に白百合くんが亡くなったわ」

「えっ……?」

「隠し持っていた毒を飲んで……って。自殺って断定されたけど……」


 嘘だ。彼はまだ目的があったはず。生きる理由があった。

 そうだ。彼は消されたんだ。アズマに関する何等かの真実を知っていたから、警察に告発される前に息の根を止められた。彼にまだ何の反省もさせていない。受けるべき罰すら与えられていない。その前に死ぬなんて……!

 やはり、僕が探偵として推理を口にしなければ。部長を彼等から助け出すことだけしていれば、誰も死なずに済んだ。

 僕もこんな思いをせずに、生きていられた。

 胸にぽっかり穴が空いたかのように悲しい。隙間風の冷たさが心に染みて、とても痛い。胸を抑えても抑えても、この苦しさはどうにもならなかった。

 今、僕は何をすればいいか。


「赤葉刑事……」

「何? 今回の事件に心当たりがあるんだよね?」

「ええ……」

「教えて。辛いかもだけど、お願い。これ以上、犠牲者を出さないためにも!」


 隠していたことを全て、警察に伝えるしかない。誰も傷付けまい、信じてくれないと話さなかったアズマの情報を全て撒き散らす。

 美伊子のことも、部長のことも。僕が受けた仕打ち全てを語る。

 知影探偵は隣でその話をうつろな目をして聞いている。彼女は「何で、あの時何もできなかったんだろ……」とうつむいて泣き始めた。


「隠していた僕も同じ。いや、それ以上の罪です……赤葉刑事……僕が隠していたことはこれで全てです……本当にすみませんでした……」


 話が終わると、赤葉刑事は僕の頭をそっと撫でる。僕が隠していたことを怒りもせず、ただただ優しい声を流していた。


「……謝ることじゃないよ。今まで話せなかったことを教えてくれてありがとう。次からは絶対教えて。わたしが必ず君達を守るから」

「でも、赤葉刑事が……」


 また他の人を危険に晒したくない思いを口にしてしまった。僕はなんて愚かなのだろう。そう喋る癖に誰一人救えないのだから。


「安心して。その時は何十人だって何百人だって警察を連れて行くから。絶対にわたしも命を捨てて立ち向かうことなんてしないから。みんなで最後、生き残って笑えるためにも……全力でアズマって探偵を追うから」

「お願いします……」


 彼女がこのままでは暗い空気が続くと考えたのか、違う話を持ち出してきた。


「そうそう。梅井ちゃんはもう、すっかり治って君達が元気になるのを待ってるよ。二人とも、立ち直るのは難しいのは分かってる。大事な人がいなくなっちゃったから。でも、君達が笑うのを見たいって人がいるのは忘れないで。自分が生きてたら必ず誰かを不幸にするとか、勝手に考えて自滅するのだけは絶対にやめて。君が生きてくれて幸せになる人はそれ以上にいるんだから!」

「でも……でもっ!」


 今度は知影探偵が何かを言いそうになっていたところに赤葉刑事がある気、手を取った。


「でも、じゃないよ。知影ちゃんだって、今までたっくさん頑張ってくれた。みんなを明るくしてくれた。これからも明るく笑っているのを期待してる。みんな、みんな……願っているから。事件に挑まなくてもいい。だから……お願い。元気になって」


 元気になれ。

 そう僕のかたわらで言ってくれた人はもういない。彼の笑顔が何度も頭にこびりついて離れない。

 忘れたくとも、何かの拍子にフラッシュバックしてしまう。

 ダメだ。

 僕は最低な探偵だ。

 しかし、それでも運命は僕に事件を連れてくるのだろう。分かっている。落ち込んでいる暇なんて、与えられていない。僕ができることをやらされる。


「……美伊子……美伊子!」


 美伊子のことも思い返す。

 警察が捜索に介入することで彼女に危険が及ぶことは間違いない。このまま彼女が普通に戻ってこれることをもう期待はできない。

 戻ってきたとしても、彼女は絶望的な真実を知ることになるはずだ。自分の兄や祖母が殺され、両親が失踪した史上最低な事実を。

 ただ、彼女には言わないでおくことにしよう。今はまだ彼女の悲しむ姿を見たくない。

 入院生活の中、彼女と何度か通話することはあっても「事件のせいでちょっとした怪我を」としか言っていない。家族についての情報は入ってきてはいないようだから、知影探偵と共に伝えないと決めた。

 まだ、今は笑っている姿を見たい。いや、たぶんバーチャルだとしても、その笑顔を見ていないと心が全く満たされない。失くなってしまったら、自分達がどうなるか分からないことが怖いのだ。

 何日かして、僕達は日常生活に戻っていく。

 知影探偵は心が安定して、毎日僕の家まで尋ねて会いに来てくれていた。玄関でおかしなことを喋っては帰っていく。

 例えば、こんなことを。


「氷河くん。明日もまた、会おうね。いろんなところにアンタを連れてって、見せてやらなきゃってものがいっぱいあるんだから! だから、明日もちゃんと、ワタシの話を聞きなさいよ! いっぱいいっぱい話したいことがあるから! いなくなったら、絶対やだからね! 後、少しやつれてるから、ちゃんとご飯を食べなさいよ! ほら! 今日も持ってきたから!」

「あ、ありがとうございます……忙しい人だなぁ……」


 ……知影探偵はタッパーに入った卵焼きを置いて、今日も家を出て行った。

 さて、その後に家の中で引き籠って考えることは一つ。

 探偵が終わったら、何がしたいか。探偵を全滅させた後に美伊子が戻ってきたら、僕はどうなるのか。

 そうだな……狂ってやる。

 いなくなった人達のことを思い返して、存分に狂うことしかできないだろうから。


 これはもうハッピーエンドが確実に叶わなくなった僕の物語。

 誰がいなくなるのか、もう神様すらも知らないであろう。

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