Epilogue.5 四苦八苦、九死に一生の狂気乱舞
Ep.1 間違えた真実のその先に
誰かに殴られた、なんて考えた瞬間には女子二人の悲鳴が響き渡っていた。辺りは田畑だらけで幾ら地声で助けを呼んでも、反応はない。
恐怖で震えて、縮こまっている彼女達の前。そこにいたのは、僕が殺したかった相手。
「……うう……あっ、アズマ……」
穴だらけで血塗れのコートを着た奴はもう常人の姿ではない。獲物を刈る悪魔だ。逃げようとする知影探偵の首根っこをひっつかむ。「やめろ!」と声を出そうとしたものの、喉から出たのは血反吐だけ。一回の衝撃で僕の口内が血に塗れているよう。
すぐさま部長が飛び出した。
「おい! お前……お前がアズマなんだなっ!? おい、答えろっ! オレの妹を何処へやった!? 美伊子が何処にいるのか、教えやがれっ!」
なんて言って答えてくれると思っていたのか。彼は金属バッドで顔面を殴打され、振り払われた。「邪魔だ」と呟いたアズマは再び知影探偵の首を狙うも、今度は梅井さんがアズマを勢いよくぶん殴る。
そのまま倒れることもせず、アズマがポケットの中からスタンガンを取り出した。梅井さんは知影探偵を連れて逃げようともするも、もう遅い。僕の目の前で、二人は意識を失った。
アズマはそんなことも構わないと言うような口調で語り始めた。
「何で生きてんだよ。猫を殺しておけば、あの女が復讐のついでに口封じとして殺すはずだったんだがなぁ。猫を毒殺しておいたのに……何で……」
アズマが事件の裏にいた……?
理解できない状況の中でもう一度、僕の頭を狙う金属バッド。避けようにも、あまりの痛みに頭が動かない。足に動けと指示を出してはくれなかった。
いや、まだだ。今まで何とでもなった。
こんな危機でも切り抜けてきた。
そう、今だって部長が横から飛んで、アズマを突き飛ばしていた。
「氷河に気持ち悪い言葉を言いながら、近づくなぁああああ!」
部長が本当にキレている。鼻や額から血が垂れ、頬が凹んでいる。痛いことは間違いがないのだ。その状態で、彼は僕以上の精神力を持って戦っていた。
しかし、アズマは口調を変えない。
「聞いてるぞ。達也だったかなぁ。君は最近家族がいる時に家に帰ってないんだっけ? 家族に勘違いされたんだっけ? 妹を行方不明にさせたのは自分。美伊子を襲ってどうにもできなくなったから、山に捨てて帰ってきちゃったとか」
部長はそれでも心を揺るがせはしなかった。僕の前に立ち、決意を告げる。
「氷河……」
「ぶちょ……」
「安心しな。必ず笑顔で帰れるようにしてやるからよぉ……」
刹那、もう一度部長の頭に金属バッドが振り下ろされた。「ぐがあああああっ!」と悲鳴を上げるも、まだ部長は立っていた。
立って、僕の前で守ってくれている。
「何だよ……それ。氷河が今までに受けてきた差別や探偵としての辛さを考えれば、全然効かねえじゃねえか。核爆弾でも持ってこい!」
「じゃあ、スタンガンでどけっ!」
それを部長は歯で受け止めた。舌から血が出ても、歯が落ちようと気にしていない。
「どくかよ。人が来るまでこの三人には指一本触れたりはさせねえからなっ!」
「じゃあ、死ねっ!」
「生きてやるっ!」
そう答えるも、運命は非情。アズマは振った。振り落として、彼の崩れていく体を何度も打ち砕く。足が、手が、僕の前で血に染まる。
彼の肌が目の前で蒼くなっていく。何もできないまま、終わる。
「やめ……」
涙は零れていくのに体が言うことを聞いてくれない。大切な人が残酷なことをされているのに指一本出せないなんて……!
なんて……!
アズマは一通り終わらせると、僕には見向きもしなかった。僕を通り過ぎて、そのまま前へと歩いていく。
手が少しでも伸びれば、邪魔ができる。だからと手を伸ばそうとするも届かない。
酷く静かな常闇の中で彼の足音だけが響いていく。
少し時間が経って、足が動き始めた。最初に触ったのは、部長の肌、だ。
体中の至る所が潰れて、息をしていなくて、心臓も動いていない。
「ぶちょ……起きてくださ……」
意識は途切れ、視界から彼の姿が消えていった。
病院の中で意識を取り戻した僕が最初に目を合わせたのは同じ部屋にいた知影探偵だった。先に起きていたらしく、彼女は最低な真実を全部、全部全部体の中に入れてしまったらしい。
「あっ……ああ……」
僕を見てから「ああああっ!」と壊さんばかりの勢いでベッドのテーブルに拳をぶつけた。それから泣き叫ぶ。喚いて、狂った中で飛んできたナースが僕が起き上がっているのを発見した。
心が空っぽになった状態でナースに連れられ、頭の検査をさせられる。通りすがりに見えた病院内のテレビ。また信じられない惨劇を目の当たりにしてしまった。
「……な、何で……」
チラッと見えただけだが、情報は全て入ってきた。
部長の祖母が経営する己読荘。そこが昨晩のうちに全焼し、アパートの中から二人の遺体が出たとのこと。
一人は連絡がつかない部長の祖母。もう一人はアパートに入居していた一人の男だと。
意味が分からなかった。
部長と共に部長の祖母も亡くなった。
ナースに聞いてみるも、僕達の心情を考えたのか何も伝えてはくれなかった。
「今はとにかく治すことに専念してね。君が意識を失ったのは目の前で信じられないことが起きたからってことだけど。頭の打撲が問題ないってことじゃないから」
「は、はい……」
ただナースは避けたかっただろうけれど。
これは事件だ。
警察がやってくる。検査が全て終わった後のこと。
赤葉刑事が僕達の部屋に入って、何を言っていいのか分からずにただただ顔を下に向けていた。
当たり前だ。
部長が犯人の魔の手から助かって、万々歳。全てこれで解決だと思っていたところに最悪な出来事が起きた。彼女だって信じられず、苦しかったに違いない。今だって、僕達にどんな声を掛けていいか、分からないだろう。
どんな言葉がパニックにさせるか、断定することは不可能なのだから。自分自身でさえ、何を言われたら頭がおかしくなるか、考えられない。
何時間が経っただろう。そう思わせる位、長い沈黙の後で口を開く。そこで、これでもかという程に残酷な真実を突き付けてくる。
「君達はこのことを知っといた方がいいんだよね……達也くん、含め関わる三人の人が亡くなった……だけじゃないの……警察が……警察が、達也くんの家を向かってみたんだけど……そこには家族の姿はなかった……まるで最初からいなかったかのように、消えていた……」
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