Ep.21 最悪な形

 白百合探偵が紡ぐは、社会への恨みであった。


「そう。わたし達の性別ってまだまだ認められてないんですよね。ずっと、この性格のせいで、わたし、いろんな人から差別を受けてきました。それはわたし達があやめた別府教授や草津くんとも、何度も理解してもらえずトラブってきました」


 彼の話が一旦、止まったところで次に有馬が語り出す。


「あたしの場合は女性が好きってことかな。それが親にすら理解されてなくってさ。本当に嫌だった……好きな女の人にすら馬鹿にされ、両想いになりそうになった人は世間体にみっともないから、と親に引き離された。別府教授も同じような語り口で。ずっと思ってたんだ。何であいつが恋愛なんて研究して、世の中に知らしめてるんだって思った……だから、あたし達はあたし達の形で恋愛を研究した。研究した末に生まれた最後の発表が殺人計画だった」


 彼等の動機は差別への復讐だった。

 僕達では想像できない位の苦痛を味わったことは間違いない。何故に誰も止められなかったのかも悔やまれる。

 ただ、絶対に殺人は許せない。僕は厳しいことを承知で言い放つ。


「そんなことで、そんなことで、殺人を犯すなんて。被害者が幾ら悪かろうと、絶対彼等を必要としていた人間がいた。悲しむ人間がいたはずだ。アンタらはもっと他の方法で自分達の気持ちを衆知させる方法はなかったのかよ!? その思いが、正しい思いだったら、その助けを求めている誰かに……寄り添って、助けられなかったのかよ!?」


 白百合探偵は僕の質疑に応答した。


「わたしの研究にそんな疑問があったのですね。何だろう。それではわたしは納得できなかったんですよ。それでも氷河くんが納得できないと言うのなら、カンニングのことで脅されたからってことにしてください」

「か、カンニング?」

「カンニング疑惑のこと、赤葉刑事がたぶん話したと思いますよ」

「ああ、それは知ってるが」

「草津くんの成績が悪く担任なのにとぐちぐち文句を言われ、悩んでいた別府教授をそそのかしたんです。カンニングをする方法を伝えてね。そしたら、本当にテストの模範解答を隠し撮りしてきちゃいまして。それで、もしばらしたら同罪だってことで、そのことでもずっと脅されてたんです。それで探偵をやってて見つけた何かいい女の情報とかを持ってくるよう言われてたんですよ。昨日も別府教授はわたしが来るのを待ってました。こっちの動機の方がいいです?」


 動機の方がいいとか、の話をしている訳ではない。そもそもどちらの動機を説明されても、「それで殺人を許そう」と思うことは絶対にないのだから。

 彼はそれだけ言うと、「話は終わりです」と赤葉刑事の方へ歩く。そして手錠を掛けるよう要求していた。

 そのまま有馬と共に連れて行かれる白百合探偵に一つ、聞きたいことがあった。何故、部長を犯人にすることが彼等の目的を衆知させることが繋がっているのか、理解できていない。


「白百合探偵……」

「何?」

「さっきのことですが、つまるところ、僕が活躍することを望んでたってことだよな?」

「うん。そして謎が暴かれれば、君の名声と共にわたし達の考えが雑誌やテレビニュースで報道されるでしょう。それが目的でもあったんです。ただ、もし、君が強引に解いたら部長は逮捕。だから、わたしは焚きつけたんですよ。君が部長を守ろうとするようにと」

「……アンタの行動は僕を行動させるため……か。白百合探偵みたいな、人の行動を操れるような頭脳があれば、こんな結末だけが待っている訳ではなかったと本当に思います」

「そうですね。でも、まぁ、わたしは」


 ここだけ僕の耳元でこそっと答える。「刑務所でもこの活動を死ぬまで続けるつもりです」と。

 耳に残った言葉が離れぬまま、彼等の姿は見えなくなった。また部長も事情を聞くためにと警察官と同行することとなる。

 残されたのは、僕、知影探偵、梅井さん。梅井さんが僕に頭を下げた。


「……助けてくれてありがとう。本当にありがとう」


 知影探偵も事件解決を喜んでいた。


「……ふふ、ワタシのお手柄よね! 今回も」


 いや、何さらっと人の功績を奪おうとしているんだ……。僕と梅井さんは彼女の意気込みに苦笑い。

 そして、最後にはスッキリとした笑顔になる。

 僕はこの事件の中で大切なことを守り通せた。自分の信じる人を、思うように信頼しよう。きっと、大丈夫。

 今の僕なら何が起きても理解できる。きっと大切な人をこれからも守り通すことができる。


「じゃあ、氷河くん、知影ちゃん、達也が戻ってきたら飲みに行こうよ。ちょうど七時だし……あっ、お酒ダメだったね。みんな」


 今回もまた亡くなってしまった人がいるものの、僕達ならではの答えは出せた。たぶん、ある意味ハッピーエンドなのかも、だ。

 今まで僕達が積み上げてきたものが自信となって帰ってくる。


 だから……これからも宜しくね。

 部長。

 知影探偵。

 赤葉刑事。

 梅井さん。

 そして、美伊子。


 戻ってきた部長と共にたわいもない話をしながら、午後十一時のファミレスで盛り上がる。部長はずっと僕達のことを賞賛してくれていた。

 この感覚が心地良い。

 冬の中、ずっと冷えていた僕の心を溶かしていく。


「もうすぐ春ですね、部長」

「だな! きっと、もうすぐ美伊子も見つかるはずだぜ。ここまでレベルアップした探偵に負けるものなし。オレ達、四人がいれば猶更だぜ!」


 知影探偵も共に「そうよそうよ!」と。梅井さんはもっと事件のことを理解できるよう、「ミステリー小説をもっとたくさん読んでおこう」と今年の目標を立てていた。

 ……そういや、僕、探偵が嫌いだったな。倒すべき人がどんどん増えていくような気もするが。まぁ、いっか。

 飲んでもいないのに酔った心地で暗い中を歩き、進んでいく。

 一歩一歩、明日への希望に近づいている。そう思った途端、部長が告げる。


「ああ、そう言えば、アイツ……変なこと言ってなかったか?」


 変とは? 僕達が聞き返す前に語られる。


「あのさ、猫にリードを付けていた、とか……さっきは言いそびれたが……あの亡くなった猫なんだが……そんなものもなかったぞ……」

「えっ」


 その瞬間、コンクリートの地面に何かが落ちる音。何かと思ったら、顔から眼玉が飛び出るかと思う位、酷い痛みを喰らった。僕から零れ落ちる鮮血。落ちていく血の中に顔がべしゃりと入っていく。

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