Ep.15 怪しき二人の女子大生

 現場に落ちていた赤く光る液体のようなもの。全く以て、分からない証拠だそうで。彼女は赤葉刑事に鑑定を依頼すると言って、倉庫を出て通話をやめた。

 調査は終了。

 次に頼るべきは誰だろうと考えていく。赤葉刑事はたぶん知影探偵の要請によって、動けない。なると、一番僕に協力してくれそうなのが梅井さんだ。

 彼女とは電話で繋がっていなかったため、先程まで一緒にいた研究室へと戻ることにした。

 廊下を歩きつつ、思考を回転させる。

 不思議なことがあった。

 もし白百合探偵が犯人だと仮定すると、妙なことがある。彼は僕に怪我を負わせたことを訴えて捜査を邪魔してくると思っていたのだが。彼は僕に直接倉庫に行くことだけを禁止させるだけで知影探偵が倉庫にいるのに関しては全くの妨害工作をしなかった。

 彼の目的がいまいちピンと来ない。

 ただ、逆に証拠を見つけさせることが狙いだと考えることもできる。十分用心する必要はあるだろう。


「あっ、いたいた……梅井さん」


 研究室にはまだ梅井さんだけが残っていた。彼女に早速話し掛けてみる。


「そう言えば、白百合探偵は?」

「赤葉刑事と一緒に歩いてったわよ」

「そっか……何をしたいんでしょうかね、彼。本当に部長を陥れようとしているだけなのか、本当に真実を見つけたいだけなのか、僕達を罠に嵌めようとしてるのか」


 僕が様々な可能性を並べていると、脈略のない「ごめん」が聞こえてきた。何が、と思っているうちに彼女の言葉が次々と飛んでくる。


「ごめんね。氷河くんが頑張ってるのに……うち、一回途中で諦めそうになっちゃった……本当にちょっとだけの気の迷いってところだけど……ううん、ごめん、言い訳にはならないよね」


 どうやら、白百合探偵の推理に納得させられそうになったことを僕に謝罪しているらしい。僕はすぐさま首を横に振る。白百合探偵に言われるまでずっと証拠がなければ、確かな絆があっても信じられないなんて主張していたのだ。最初から彼を信じられなかった僕に彼女を責める資格はない。


「気にしないでください。梅井さんは僕よりも強く想ってたんですから。それに仕方ありませんよ。証拠も部長が怪しくなっていくものばっかりでしたし」

「……ありがとう」

「じゃあ、取り敢えず、事件のことについて知りたいことがあるんです」

「何?」

「昨日の聞き込みってどうなりました? やはり、箱根さんにアリバイはあったんです?」


 彼女はすぐ答えてくれた。


「あったわ。だから、たぶんゼミの女子には全員アリバイがあるってことが分かりましたね」

「逆に怪しい人ができたけど……」

「えっ?」

「白百合くん。その女子達がゼミのことについて、ついでに教えてくれたんだけど……彼、女子トイレに入るところを見た人がいるって」

「事件当時?」

「いや、事件当時じゃなくて……」


 そこまで言いそうになった時に、研究室に二人の女子が入ってきた。きつそうな顔の有馬さんがいきなり話に割り込んでくる。


「ちょっと待ってよ。それ、見間違いじゃない? 似たような黒髪の女子はいるし」


 後ろから彼女に隠れて、箱根さんも同じ主張をする。


「も、もしかして……白百合さんをそんな悪い人だというんですか? そんなに訴えるなら、出るとこ……出ていいんですよ」


 また箱根さんは喋った後に有馬さんの顔色をうかがっていた。有馬さんが「そうよ!」と言っているのを見て、ゆっくり息を吐いていた。

 確かに彼女達の言う通り、白百合探偵が女子トイレに入るのはあり得ない、か。この件について返せる証拠もないのに言い争っても何の得もしないため、別の話をさせてもらう。

 何故、二人が僕達の元に来たのか、だ。


「あの、二人ともいいですか? 何で僕達の元にいるんですか? 何か、凄いタイミングよく来られましたが」


 そこを有馬さんが代表して答えてきた。


「白百合に頼まれてに決まってるでしょ。ああ、あの草津の奴が死んだってのを調べてるみたいなのよね。はぁ、心底どうでもいいっ! あいつが死んだところで何でうちの猫探しに影響が出るのって話よ」


 また僕の怒りが胸の奥で主張する。命を軽々しく扱っていることが分かると、どうしても熱い感情が抑えられなくなってしまうのだ。

 梅井さんの方は……僕よりも暴走していた。


「ねぇ、白百合くんがその犯人だったって場合もその調査を続行したいの?」

「何言ってんの、アンタ。有名人だからって調子乗らないでくれる?」

「いや、実際に警察でも白百合くんが犯人かもしれないって話が出てるみたいよ」


 梅井さんはそっと嘘を付いていた。きっと有馬さんを困らせたかったのだろう。しかし、彼女は「はぁ?」と大きな口を開けて、反論した。


「残念ながらそれはないでしょ。彼は利き手が大怪我してるのよ。片方の腕が使えないって状態でダンベルで頭を何度も殴って殺すってのはできないと思うけど。もし、そうだとしたら利き手じゃない方の腕が大変なことになってるはずよ。筋肉痛とかで。で、どうなの、見てるところ、腕が辛そうだった? 白百合」

「うう……あんまりそういう風には見えなかったかも」


 となると、犯人と考えられるのは白百合探偵以外の人。梅井さんを論破して優越感に浸っているだろう有馬さんのもう一つ問い掛けてみた。


「ちょっと聞きたいんですが、お二人、身に着けるもので赤いものを持ってませんか? 真っ赤な奴です」

「何で、そんなことを聞いてくるの? まっ、何か疑ってるって訳ね」


 彼女は意外にも抵抗せず、互いの趣味を断言していた。有馬さんが箱根さんのものを。


「まぁ、あたしの場合、住んでるのがシェアハウスだから調べられても分かると思うけど、一応証人として言い合った方がいいわよね。一応、箱根は持ってたはずよ。で、箱根、言ってあげて」


 箱根さんが有馬さんのものを。


「た、確かに自分は真っ赤なの、持ってます……で、彼女は……赤が嫌いみたいなので、全然そういうの付けてるの見たことないです……!」


 ついでに彼女達の昨日のアリバイを聞いてみた。草津殺害の時間を隠して聞いてみたものの、二人とも「外でぶらぶら歩いていた」とのこと。

 たぶん、少しずつだけれど情報は集まっている。

 しかし、部長がどうして事件現場に行ったことを隠しているのか、分からないためにモヤモヤしてモヤモヤしてどうしようもなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る