Ep.8 もう一人の探偵

 赤葉刑事は僕達の推理に納得して、有馬さん達にアリバイを尋ねてくれた。だから有馬さんにアリバイと共に責められることとなってしまう。


「へぼ刑事ね! 草津がその約束を聞いていた時間は、アリバイがあんのに! 最重要容疑者がいるんだから、そっちを連れてきなよ」

「いや、だから、そのアリバイを知らないから教えてもらいたいんだけどな。その最重要容疑者が、本当にそのことを言ってるのかどうか、調べたいし」

「ふんっ! 残念ながら、その日の講義は休んだのよ! うちの猫を探すために頼まれたのよ。猫用の罠を仕掛けるために自動餌やり機をね!」

「自動餌やり機? それで猫を捕まえようと……」

「ええ! 証拠のレシートならあるわよ! うちの近くの御砂糖電気でちょうどその時間、買い物をしてたんだから!」


 草津さんの方はそんな主張に鼻で笑っていた。


「ふんっ、まだ二人でそんなに勤しんでんのかよ」

「はっ?」

「死んでんのかもよ」


 軽いブラックジョークのつもりだったのか。有馬さんは素早く手を出し、草津さんの首根っこをひっ捕まえた。そのまま押し倒そうとする。


「アンタ、よくもそんなことが言えるわね! うちの子を死んでるだなんて! よくも! よくも!」

「アンタのような高飛車な飼い主に飼われるなら死んだ方がまだ幸せかもなぁ!」

「だったら、アンタが死ねっ!」


 そのままだと流血しかねないと赤葉刑事が「やめなさい!」と叫び、辺りの警官が二人を力づくで止めていた。

 ただ有馬さんは暴れ続けるわ、草津さんはそれを笑い続けるわでどうしようもない。

 事件現場でやることではない。ここで亡くなった人がいるという事実を全くとして受け止めていないどころか、馬鹿にしているよう。許せないが、ここで僕も一緒になって大声を出したら同類になってしまう。

 だから、落ち着いて行動だ。

 部屋の隅に逃げていた箱根さんの方へと近づき、彼女のアリバイも聞いてみる。


「で、すみません。箱根さんは」

「……じ、自分は一応、講義に出席して……はい。そのまま他の女友達と一緒に図書館にだから、友達に聞いてくれれば、分かると思いますけど」


 何だかおどおどした感じで何度か有馬さんの方に目線を向けたり、こちらに戻したり。今の証言に信ぴょう性があるかどうか、早速確かめてきたいところ。

 すると、そばにいた梅井さんがその役を買ってくれた。


「ああ……じゃあ、行ってくるよ。うちの方がたぶん、話が速いし」


 学校の中でも有名な梅井さんがそうしてくれるのであれば、心強い。と言っても、僕の心だけだ。彼女は心配で心配で仕方がないに決まっている。彼女のアリバイが成立していると、また部長が犯人とされてしまうのだから。

 彼女はそのまま部屋を飛び出していく。入れ替わりにもう一人、見慣れた人物がやってきた。

 突然の登場に驚きを隠せない僕は、彼女を指差していた。


「何で、知影探偵が……」


 ふんわりヘアーの茶髪女子大生は今日もスマートフォンを手に参上する。彼女はSNSでしていた彼女との連絡をこちらに見せて、説明していた。


「何でって、この事件、達也くんが一番の容疑者ってなってるんでしょ? プラムンさんが事件の内容を詳しく教えてくれたし。で、ライバル探偵が登場して、とか本当?」

「ま、まぁ」


 僕が固まった顔を縦に振ると、今度は彼女が説明を求めてきた。


「で、今どうなってるの? ええと、何で殺人現場で男女が睨み合って『殺す殺す』って言い続けてるの?」


 そう言って、知影探偵はジロジロ二人を見つめている。事実を言葉として口に出され、自分達のやっていることが恥ずかしいことに気が付いたのか。草津さんは「けっ、俺にもう用はねえよな」と言って部屋を出ようとする。その直前、唾を吐こうとしていたみたいだが、警官と目が合って気まずかったのか、飲み込んでいた。

 有馬さんはまだ興奮冷めやらぬ状態で鼻息を荒げている。そして、箱根さんを近くに来るよう怒鳴り、今度は僕の方へとやってきた。


「ねぇ」

「えっ?」

「刑事に入れ知恵をしたのはアンタよね!? これ以上、変なことで疑うなら、訴えるよ」

「えっ……」


 僕が突然の文句に困る中、さっと知影探偵が中に入った。彼女は近くにあった紙を手に取る。有馬さんが持ってきた猫の写真だった。


「これ……SNSで見掛けたわよね」

「あっ、アンタ知ってるんだ」

「ワタシも探偵なの。SNS専門だけど、受ける?」

「白百合の方が信用できるからいいわよ」


 有馬さんは知影探偵が割って入ってから急に大人しくなった。知影探偵が「うむむ……」と依頼を断られ、悩んでいる間に箱根さんを呼ぶ。


「じゃあ、箱根行くわよ。はい、警察もレシート。ほら!」


 彼女は財布からくしゃくしゃのレシートを出し、近くのテーブルに叩き付ける。それから部屋から出ていってしまった。

 任意の事情聴取のようで赤葉刑事も「戻ってきて」とは言えなかったらしい。そのままレシートを手に取った。それから、こう呟いた。


「一応、店員に調べて裏取っとかないとだよね。このレシート、単に他の人が捨てたのを拾っただけかもしれないし」


 警察はアリバイの裏を取りに行くよう。

 で、僕が次にやるべきことは、知影探偵が決めていた。


「じゃあ、行こ! 猫探しに!」

「えっ?」


 つい声に出したが、慣れていることだった。彼女の用事、部長の用事、僕は毎度勝手に振り回されている。


「だって、彼女に恩を着てもらえば、もしかしたら事件の解決にもっと協力的になってくれるかもでしょ。今、心が落ち着いてないのも、もしかしたら、猫が見つかってないからかもしれないし」

「やっぱ、梅井さんと知影探偵は違いましたか」

「何? プラムンさんは優しくてワタシは厳しいとか?」

「ああ、そういうことじゃないです。プラムンさんはそういう損得では考えないのに、知影探偵はそうやって考えるところが違うんだなぁ、と」

「そういうことね。そうよね。まあ、いいじゃない。それでいい結果が出せれば! 取り敢えず、SNSの情報は普通に集めてたから、役に立つかもしれないわね!」

「例えば?」

「この猫ちゃん、ふやけた餌しか食べないとか! 探してる本人がそう言ってたみたい! 他には……他には……あれ、あんまないなぁ」

「……その情報の何が役に立つんですか? それで猫の位置情報が分かるんですか」

「まぁまぁ、今まだ全部情報を集めきれてないだけだから! SNS探偵としての本領が発揮されるまで、ちょっと待ってなさい!」


 待ってる間に他の人が猫を見つけたらどうするんだ……という疑問は知影探偵には言わないでおく。

 

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