Ep.7 信じることにするよ
白百合探偵は手すりに寄りかかって、傷付いた体を上に運ぶ。それから僕の元へと手を伸ばしてきた。
体が硬直して動けない僕の肩に手を置くと、笑顔で言い放つ。
「気にしないでくださいね。事件のことでお疲れでしょうから、早く家に帰って休んでいてくださいね」
心の中ではこう告げたことだろう。「この事件にはもう関わるな」と。皆には良い顔を見せ、心中では随分と下種な顔を見せているかと思うと、腹が立つ。
恐怖と怒りが混ざり合うも、抵抗はできなかった。大勢の野次馬がこちらに痛い視線を突き付ける。
「は、はい……」
「じゃあね」
ここにはもういられない。そう思うもほんの少しだけ抗ってみたかった。少しでも調べて、そこで部長の無実が明かせることがあれば。逆に有罪を決定的にできるものがあれば、それ以上事件を気にすることはできまい。
トイレで部長と別府教授がした約束を知っている人が犯人。だとしたら、トイレに他者が情報を知ることのできる何かがあったのではないかとも推測した。そこを一応調査しておきたい。
「トイレに行ってから、帰りますよ」
一瞬、彼の表情が酷く
「まぁ、したいならすればいいじゃないですか。いちいち報告しなくてもいいでしょう」
「そうでした……」
僕は大勢がその場を立ち去っていく中、トイレへと向かった。そこで一人、入ってきた学生らしき人に問い掛けた。「別府ゼミは何処の教室でやっているのか」と。最初は不思議そうな表情をしたため「警察の中に知り合いがいまして……聞いてきてと言われたので」と説明。すると「すぐそこ、研究室のそば」と教えてくれた。
つまるところ、ここが部長と別府教授が約束をしたトイレである可能性が高い。そこに話を聞いていた草津さんもいたのだから、講義が始まる前か終わった後だと思われる。そこでトイレに行くとしたら、講義した部屋に一番近い場所だと考えるのが妥当だろう。
他の人がトイレから出た後に個室を念入りに調査した。盗聴器などがあれば、いいが。と思うも捜査がそんな生易しいものではないことはよく知っている。
そもそも、白百合探偵の
大学の中のトイレに行くことを許可したと言うことは何もないことが調査済みなのだ。しかし、それなら僕が「トイレに行く」と発言した途端見せた異様な表情は何だったのだ。僕が単に大学に残っている事実が嫌だったのかなんて思えば、辻褄が合わないこともないが。
結局、何も見つからず。
別府教授の体に盗聴器が付いていた可能性も否定できないし。これ以上、調べても何の得もない。
諦めて外に出ようとしたところであった。
「もう、何なのよ……!」
「えっ? この声は、梅井さん」
壁の向こうから聞こえてくるハスキーな声による愚痴に僕は反応をしてしまった。彼女もそれに返答してくれた。
「そうだよ! 本当、有馬さんと草津さんが本当、文句言ってばっかりだし。箱根さんはうんうん人の言うことに頷いてばっかだし。ううん、達也が犯人じゃないって言っても相手にしてくれなくて」
「ああ……それは……って」
「どうしたの?」
危うくそのまま愚痴に付き合いそうになっていた。ただ、今はそこに同調している場合ではない。たった今知った最新の事実について、尋ねてみなければ。
「このトイレって……声が女子トイレの方まで届くんですか? 防音とかにはなってなくて?」
「ああ、ここだけね。壁が薄いみたいでさ」
「ってことは草津さんは部長と別府教授しか、あの話は聞いてないって言ってたけど……この話を女子トイレで聞けた人がいるんじゃないか? そこから殺人の計画を練れば……!」
「そっか! ここのことを忘れてた! じゃあ、有馬さんと箱根さんのどっちかが犯人ってことに?」
「まぁ、それか、彼女が犯人にそのことを伝えたってことになるだろうけど」
「じゃあ、聞き込みだね! まだ部屋に残ってるかなぁ。あの女子二人! 君も行こ!」
彼女は男子トイレにずかずかと入って、僕を誘ってきた。彼女がまた手を伸ばした瞬間、白百合探偵の言葉がフラッシュバックした。「早く帰って休んでくださいね」と。
もし、この約束を破ったら自分はどうなるか。自分がどうなってもいいが、それ以上捜査ができなくなってしまう。信用がなくなって、幾ら部長が無実の証拠を見つけたとしても聞いてもらえなくなる。
「どうしよう……」
「えっ?」
「いや……自分、白百合探偵に……こんなこと言って信じてもらえるかどうか分かりませんが……」
白百合探偵とのやり取りを正確に伝えていく。
僕とよく共にいる知影探偵ならば、この発言を信じてくれただろうか。白百合探偵が僕に傷害の罪を擦り付けようとした事実を。
彼女の場合はどうか。いや、虫が良すぎる。部長のことは信じなくて、僕の話を聞いてもらおうだなんて……。僕は図々しいのだ。
「知影ちゃんなら、きっぱり違うって言いそうだね」
「……ええ」
「普通だったら、うちは分からない。優柔不断だし。でも、達也のことを信じてるから。達也が信じてる君を信じたいな」
「えっ」
「達也、まいっかい、君の話をしてさ。褒めてたよ」
「あ、ありがとうございます」
「お礼なら達也に言ってよ。無実を明かした後で、ね」
「はい……」
彼女は僕を幾多もの言葉で勇気づけてくれる。繊細な言葉選びだ。流石、曲を作るプロ。
「大丈夫だと思うわよ。例え君が無実で捕まったとしてもさ、うちは真実の追及を諦めはしないから。君が調べたいって思うものを心の中が満たされるまでしっかり教えてあげる。そして、誰かを信じさせたいって言うなら協力するね」
「助かります……そうですね。では、行きましょう。きっと女子の二人のどっちが聞いていれば」
「達也だけに犯行のチャンスがあった訳じゃないって証明できるよね!」
二人で意気込んでいったものの、現実は甘くなかった。有馬さんと箱根さんには部長と別府教授の会話をしている時間に完璧なアリバイがあったのだ。
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